Novels 短編
□ここだけの話
1ページ/2ページ
秘密と言われるほど誰かに言いたくてたまらなくなる。
そんな衝動を誰もが味わったことがあるはずだ。
ダメと言われれば言われるほど、
話すなと言われれば言われるほど、
その衝動はおおきくなるばかり。
それが人間特有の心理だと思っていた………
「ここだけの話」
「あのね、…さっきね…」
いつからだろうか、こうやって午後の穏やかな時間はそれぞれが好きなことをして過ごす中、
だれにも知られないように船尾の柱の影でいつもあたし達の秘密の時間が始まったのは…
「ね、……ここだけの話だよ?内緒だからね?」
あたしの話を聞いてくれる彼がとても居心地良くて、ついつい頼って何もかも話してしまう。
辛いとき、嬉しいとき、
なんでも彼に話していたことがあんなことになるとは後にも先にも想像できないような出来事だった。
「クエエエエーーー!」
「ちょ、…っ、カルー!静かに!」
昼食を終えて、少し眠くなったころ、
いつもの秘密の場所に訪れたあたしは今日もこうやって話し相手のカルーにあたしだけの秘密の話をしていた。
「もう…ここだけの話だってば………ね?」
「クエー…」
少しヘコんでるその姿がなんとも可愛くて、その暖かい身体に身を寄せてみる。
「…ふふ、秘密よ、秘密。絶対にふたりだけのひみつだからね?」
そういったあたしにキリッとした表情でクエー!と高く鳴いてみせた彼がどこまで話を理解してるかはわからない。
ただこのやり場のない想いを聞いてもらうだけで、少しだけ、ほんの少しだけ気持ちが楽になるのだ。
「それにしてもほんっと鈍感なんだから……」
あたしの悩みはただひとつ。
意中の相手である人が全くもってこの想いに気づいてくれないことだ。
「……今日もナミさんは世界一お美しいってさ…」
なにかといえばナミさん、ナミさん…
さっきだって、パラソルの下で読書をするナミにドリンクを届ける彼はとても嬉しそうにクルクル回っていた。
「ナミさん、ナミさんてうるさいのよ」
わかってる。ただの嫉妬だって。
一方のナミはなんとも思ってないことも。
でも、もしナミがその気になってでもしたら…
はぁ、っと大きなため息を吐き出すが、心は全然晴れないままメリー号の揺れる帆を眺める。
遠くに聞こえるクルー達の声が騒がしい。
確か今日は鬼ごっこをするとか言っていたルフィたち。
まぁ、そのうちサンジかナミ辺りに怒られることだろう。
「……………」
ふわふわと揺れるカルーの毛はいつも太陽の匂いがする。
彼の背に頭を乗せてぼんやりとしてみるが、考えたくないことは無意識のうちに考えてしまうものだ。
「………ナミのことが好きなのかな、サンジ」
ぽつり、と零した不安は少しだけ弱気なあたしの涙腺を刺激した。
「クェー…」
うずくまるあたしの隣で心配そうに喉を鳴らすカルーは、ツンツンとあたしの服をひっぱって慰めてくれてるようだった。
「ごめんごめん、弱気はだめだよね!」
慌ててなみだを拭いて笑ってみせると、満足気にするその様子に少しだけ癒される。
それからひとしきりカルーに話を聞いてもらった後、昼下がりの天気の良さにうとうとし始めて、
気づけばそのままカルーに覆いかぶさるように眠りについた。
「……ちゃん、ちぃちゃん」
「……ん、……………サンジ!!」
「こんなとこで寝てたら風邪引いちまう」
どのくらい経ったのだろう、辺りは夕陽に照らされて甲板はオレンジ色に染まっていた。
気づくと目の前にしゃがんだサンジが優しく目を細めて肩を揺すっていた。
そっと後ろからジャケットをかけてくれる、そんな優しさで胸がきゅうっと苦しくなるのが分かった。
「もうすぐ晩飯だからキッチンにおいで………な?」
促されるままにキッチンに連れて行かれ、椅子に座るとあったかい飲み物が出された。
「カルー、お前もなんかいるか?」
「…………」
サンジにそう聞かれたカルーは、なぜだかクエー!と一声鳴くと
一目散にキッチンから飛び出してってしまった。
「……びっくりした、なんなんだあいつ」
苦笑いしながら頭をかくサンジには言えないけど…
多分気を利かせてくれたのかな…
「最近、カルーと仲良いな」
「…っ、そ、そうかな?」
「あぁ、いつも一緒にいるだろ、…………妬けちまうな」
「…っ!!」
まったく……この人は、思わせぶりが上手な人だ。
「あはは、その言葉ナミが聞いたら怒るよ〜」
不自然にならないように、あんまり嫌味にならないように、
一生懸命笑顔をつくってみせたけど、どうだろうか。
言葉とは裏腹に、なんてサンジが答えるのか気になって仕方なかった。
「ん?あー……やっぱり?いやー、ナミさんに妬いてもらえるなら幸せだろうな〜」
「………」
本当だったらこのふたりきりの状況を喜ばなきゃいけないはずなのに、
全然喜べない…
ごめんね、カルー
今すぐにでもこの場から抜け出したくてたまらない。
「…あ、ところでさ、ちぃちゃん…女の子ってさなにをプレゼントしてもらったら喜ぶ?」
「え?」
向かいのカウンター越しにこちらに振り向いたサンジは恥ずかしそうに頬をかきながら、持ってるタバコをくるくると手で弄ぶ仕草が余計その言葉をリアルにさせる。
「…ちょっと、プレゼントをしたい子がいてさ…」
少しだけ顔が赤い…
そんな彼の仕草はきっとあたしに対してではないんだろう。
きっと、ナミだ。
そういえばこの前、キッチンで二人が話しているのを聞いた気がする。
ナミからは聞き出せなかったのだろう、だからって…こんな
「………好きな人から…もらったらなんでも嬉しいんじゃない?」
「んー、でもその子がおれを好きかは分かんねぇんだよなあ〜」
困ったように眉を下げる彼に泣きそうになるのをぐっとこらえる。
「……っ、それでも、気持ちを込めたら…きっと喜んでくれるよ」
まっすぐサンジの眼をみて言ったあたしに、サンジも真剣な顔で聞いてくれた。
あたしだったら、あなたからもらえるものはなんでも嬉しいです。
届かない想いだからこそ、欲張るものなんてなにもない。
「あたしだったら、絶対そうだから」
「…そっか、ありがとな」
そういって傍に歩み寄った後、ポンポンと頭をたたいてきたサンジに余計胸が締め付けられ、
彼が夕飯の仕上げにとりかかったのをみて少しだけ泣いた。