Novels 短編
□幸せの青い鳥
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今日もあたしは空を見上げる。
空からやってくる想い人を待ち続けて…
「幸せの青い鳥」
「エースぅ!来てたのかァ!」
「よぉルフィ、元気そうだな」
久しぶりの兄の登場に嬉しそうに走り回るルフィが二言目には宴だ宴だと強くねだるものだから、
さっきからキッチンで大忙しのサンジくんに思いっきり蹴られたのを見るのはもう何回目だろうか。
「よ!ちぃ、隣いいかい?」
「エース、どうぞ」
微笑ましく見つめていたあたしの隣に、律儀にクルー全員に挨拶を済ませたエースが話しかけて来た。
「あ、マルコのやつ仕事が終わり次第こっちに来るって言ってたぜ」
「え!マルコが?」
その名前をきいただけで胸が高鳴るその人は白ひげ海賊団の一番隊隊長であり、あたしの恋人でもある。
半年前に彼から想いを告げられてからはクルー公認の仲で、
忙しい仕事の合間には船に会いに来てくれたりもする。
でも最近はその数も減って来て、もう四ヶ月ほど会っていないのだ。
さみしいけど仕事熱心な彼をすきになったわけだし、なによりマルコはちゃんと大切にしてくれていた。
「早く会えるといいな!」
隣で眩しいほどの笑顔を見せるエースの言葉に嬉しさを隠し切れずに大きく頷いた。
早く会いたくて、たまらずキッチンの小窓から見上げた空は
どこまでも青く澄んでいた。
「…………うそつき、」
日が沈んで宴が始まり、夜もだいぶ更けて甲板で何人か雑魚寝をし始めても、マルコが現れることはなかった。
きっと仕事にのめり込んでいるのだろう、こういったことが最近は少なくない。
もう来ないんだろうと半ば諦めている反面、期待して待つあたしはこうして船縁に身体を預けて空を見上げていた。
大丈夫、よくあること。
マルコはあたしを想ってくれてる。
大丈夫、平気よ。
そう心の中で言い聞かせるたびに、見えない不安が波のように押し寄せて来て糸も簡単にあたしを引きずり込もうとする。
じわっと瞳が濡れてきたとき、後ろから暖かいものに包まれた。
「…ひでェやつだな………」
「サンジくん…」
サンジくんはタバコを咥えながら、キッチンから持ってきてくれた毛布を冷えた夜風から守るようにあたしを包み込んでくれたあと、
少し離れたとこであたしと同じような体制でもたれ、フーっと反対側に煙を吐き出した。
「………こんなクソ可愛いレディを泣かすなんて、許せねェな」
そう言ってフッと目を細めて笑うサンジくんがこちらを心配そうに見つめていたので、慌てて涙を拭いた。
「い、忙しいんだよマルコは…」
「…………」
「あたしは平気だよ!もう慣れたっていうか、仕事一筋なひとだから…そういうところがまたかっこいいっていうかさァ……それに、」
「…………」
「………マルコのこと信じてるから…」
「……そっか」
すまない、と困ったように笑ったサンジくんの柔らかい雰囲気に寒いのも平気なくらいあったかい気分になった。
ありがとう、といったあたしの肩から落ちかけている毛布をサンジくんはまた強く巻いてくれたんだけど、
風が吹いたことで少し震えるあたしの背中に手を当ててキッチンに入ろうと促した。
「まって……もう少し、ここにいたい」
「………あいつを待つつもりかい?」
思わぬ質問に顔が少し熱くなるのがわかった。
「それもあるけど……もう少し、この空を見ていたいの」
見上げた空には無数の星が散りばめられていて、吸い込まれそうな黒にはやはりマルコの姿は見えない。
しばらく上をみてたあたしにサンジくんが声をかける。
「………あいつはァ、君をしあわせにしているのかい?」
いつものヘラヘラした顔のサンジくんはかけらもなくて、月の光に照らされた金髪はとても綺麗で、
目を細めて海を見るその姿は夜のせいか、なんだか……色っぽい。
「………大事にしてくれてるよ?」
「………いつも君を待たせている。放ったらかしにして辛い想いをさせているじゃねェか」
「それは、仕方ないよ……それにね、まってる間もあたしは楽しいよ?会えたとき喜びが倍になるの」
そう言って、持ってたグラスを口につけようとしたとき熱く大きな腕があたしの手首を掴んだ。
「ダメだ……今日結構のんでるよね?これ以上はやめといた方がいい」
より一層近くなったサンジくんに内心ドキッとした心をごまかすように笑って、
「……ヤケ酒ってやつ、かな…」
サンジくんの真剣な瞳から目をそらしておどけてみせたが、いつもと違う彼に調子が狂う。
それよりも、手を掴んだまま離さないでぐっと近づいてきた彼に胸が騒いだ。
「…………」
「……っ、」
見つめられるといたたまれない気持ちになって、慌てて俯いたあたしにいった彼の言葉に耳を疑った。
「なんで…あいつと付き合ったんだよ」
「…サンジくん?」
「……あいつなんかより、君と親しかったのは………おれだったじゃないか」
「………っ、」
そうだった、マルコと出会う前まではこうして二人でよく話たり、出かけたりすることが多かった。
クルーの中で一番あたしは彼を頼りにし、彼もまたあたしを特別扱いしてくれてるのがすぐにわかった。
「…お互い、惹かれあっていた……違うかい?」
「…………」
「君のことを誰よりも想っているのはおれだ。あいつじゃねェ……おれは君にこんな顔させない」
苦しそうに眉を寄せて声を絞り出す彼に心が揺れだすのがわかった。
「…なんで今更そんなこというのよ………あたしは今幸せなのに…」
大丈夫、大丈夫、マルコはきっとくる。
大丈夫、大丈夫、あたしは………
「じゃぁ…………なんで泣いてるの?」
気づけば頬を冷たいものが流れていた。
本当は知っていた、サンジくんのことが好きだった自分自身も、
マルコと付き合ってからサンジくんが笑ってくれない理由も、
ずっと知っていた……あたし、さみしいんだ。
「……おれは君を独りにはしない、誰よりも大切にする……」
「…サンジ、くん…っ、う、」
「……ちぃちゃん」
ためらいがちに伸ばされた手はあたしの頬に当てられ、流れる涙を受け止めてくれた。
言わないで、お願い……その先の言葉を言われると…
「……おれじゃ…だめ?」
戻る場所を間違えてしまうから。
「………おれじゃだめかい?」
大きくて温かいサンジくんが優しく抱き寄せてくれた。
振り払わなきゃいけないのに、それができない…
「……だめ、だよ…っ、」
「…ちぃちゃん…」
隙間もなく、切望するようにぎゅうぎゅう抱きしめてくるサンジくんの想いの大きさに胸が痛い。
「ダメ……マルコを裏切れない…」
必死で抵抗しようと彼の胸に手を当てたが、それを握り返されてそのまま唇を合わされた。
「今日だけ……おれのものになってよ」
「……サンジ、くん」
「おれに……愛されて…」
もうその頃には空なんかみていなくて、夢中で目の前の人と吐息を分け合った。