Novels 短編

□世界を敵に回しても
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「俺ら…別れようか」




サンジくんに言われたその一言は



またたくまに世界をひっくり返して




あたしを暗闇に落っことした。





「世界を敵に回しても」





side ちぃ----





別に海賊になりたかったわけではない。



グランドラインに浮かぶ小さな島に暮らしていたあたしは、冒険の途中で港に着ていた変な海賊たちに出会った。


この島で結構有名な歌唄いだったあたしは、陽気な麦わらの船長に気に入られたようで、


彼らの船 「メリー号」へと招かれた。


彼らが海賊だと言うこともあって、初めは警戒したものの、いつも賑やかで暖かい彼らに心惹かれていった。


ふと、宴の中でただ一人慌ただしく動き回るスーツ姿の男のことが目に止まった。


さっきから賑やかを通り越してうるさいこの連中に、口悪く成敗をかましているようで、その目はとても穏やかで優しかった。


宴も終わり、ひとり後片付けをしている彼を手伝った時が、初めてまともに会話をした時だった。



この一味のコックをやっているという男は名をサンジと名乗った。


なにも素性も知らないあたしに、当たり前のようにサンジくんは優しく接してくれた。


時には彼の夢の話や、今までの冒険の話を語ってくれた。


そんなサンジくんの瞳は誰よりも輝いていて、


あたしは彼から目が離せなかった。



そして船が停泊して7日目


その時にはもうとっくに彼に恋をしていた。



ーーーーーー



あれから少し時が経って。
一味はもっと賑やかになった。


小さくて臆病だけど、強くて優しい心を持っているチョッパー


始めは敵だったけど、今は一味の大切な仲間のロビン


変態だけどスーパーにかっこいい、船大工フランキー


陽気な音楽家でガイコツのブルック


もう船はメリー号じゃないけれど、その魂を受け継いでいる頼もしい新しい船 「サニー号」


辛いことや悲しいこともあった。

その分楽しくて幸せなことも。


あの日なんの夢もなく、ただただあなたに恋したあたしは、


今こんなにも大切な、家族みたいな、仲間がいる。


もちろんその中で特別な存在の彼は、同じ気持ちでいてくれた。

あたしに愛を囁いて、船に乗らないかと言ってくれた。


あなたがいたからこそ、あたしはここにいる。


ここがあたしの居場所なの。







……なのに






「別れようか…って…」




なに?



思考は停止したままだったけど、なんとなく彼を困らしたくなくて、問いただすこともせず、


わかった、と首を縦に振った。


あれからもう二週間経つけど、全く実感がないの。

クルーになったその日から、当たり前のように隣にいたサンジくんは今はいなくて、

ただ、船の縁に乗り出すように身体を預けているあたしに、冷たい秋を知らせる風が頬を撫でた。



「はぁ…」


嫌われちゃったのかな…



「デっけぇため息だな。」


突然上から降ってきた声にビクリとしたけれど、その声が待ちわびていた想い人ではないことがわかると振り向くのでさえおっくうだ。


「なによ〜、盗み聞きとかサイテー」

「アホ。聞こえたんだよ、仕方ねえだろうが」

相変わらずの仏頂面で見張り台からおりて来たゾロは、あたしの隣に同じように船縁に寄りかかった。


「なにが原因か知らねぇけどなァ、ただの痴話喧嘩だろ?早く仲直りしやがれ、眉毛の機嫌が悪いと八つ当たりされるのはこっちだぞ」


その事実に驚いて目を大きく見開く。

彼から別れを告げられたあたしには、今のゾロの発言は腑に落ちない。


ひとつ分かったことは、サンジくんは別れたことをクルーには言っていないということだ。


「はぁ…」


またしても盛大なため息が出たあたしに、ゾロもまた呆れたように息を着く。


「そんなにツれぇなら、別れちまえばいいんだよ」


もう別れてるよ…


「喧嘩してるのが嫌なら、自分から声かけたらいいだろうが」


うるさいなぁ…



ゾロの言葉に耳を塞ぎたくなったとき、強い吐き気に襲われた。




「お前が元気ねぇと…その、なんだ…俺も…」


「気持ち悪い」


「きも…っ!あぁ?なんだと?!」


「気持ち、悪い…」


立っているのもやっとなほど、強いめまいと激しい吐き気に力なくその場にしゃがみ込んだ。



「お、おい。どうした?」

ゾロが心配そうに顔を覗き込んだときには、吐き気は限界まで達していた。



「ごめ、ゾロ…吐きそう」


「ちょっと待ってろ」


そういうと、軽々とあたしを持ち上げて脱衣所の洗面台まで連れて行き、優しく背中を撫でてくれた。



「おい、大丈夫か?…おまえ…」


「……うっ……ごめ、ゾロ」


「なんだよ、らしくねぇな…」

少し収まったかと思えば、またすぐに襲う吐き気。


あたしなんか悪いもの食べたかな…



「ごめ、…こんなの汚いのに…」


「うるせぇな、だまって吐いてろ」


申し訳ない気持ちでいっぱいになったけど、ゾロの冷たい言葉の中にある優しさがあたしの心に染みていく。


「……なにがあった。コックと…」

ここで出されると思わなかったその名前に、忘れかけてた悲しみや痛みが次々と降り注いできて、本当はもうすでに大丈夫じゃなかった心は震え涙となって頬から流れた。


「……ふ…っ、ゾ、ロ…」


「………」


「あたし………っ」


「言いたくねぇなら言うな、けどな…」


嗚咽をあげながら泣くあたしの肩をしっかり抱いて、彼ははっきりと、




「俺の前では泣いとけ」


ポンポンとあたしの頭を叩いたその手は思った以上に温かくて、


いつも何かあったら駆けつけてくれるサンジくんの優しい手を思い出して、また涙腺は刺激された。



「……おせっかいだなぁ、ゾロは…」


可愛くない返事をして、泣き顔を見られたくないことを理由にゾロの胸に顔を埋めた。



この時煙草の匂いがしたのは



きっとあたしの思い違い。
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