black and white 本編


□05.土翁と空夜のアリア
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4人は汽車を降りるなり「神に見放された地」マテールに向かって、ひた走った。

足を止めることなく、ゆめは思考を巡らせた。

五百年経った今でも尚動き続け、マテールの亡霊と恐れられた人形たち――――――。

(一体何を思って唄い続けているの・・・?)

マテールを一望できる岩山に辿り着いた刹那、背筋に何か冷たいものが走り、ゾクリと体を震わせた。

「チッ、トマの無線が通じないんで急いで来てみたが・・・殺られたな」

見下ろす街からは生気が感じられず、冷たい空気が渦巻いている。
ゆめは唇をキュッと噛み締めた。

「おい、お前」

やるせないような表情を見せているアレンに、神田が言う。

「始まる前に言っとく。お前が敵に殺されそうになっても任務遂行の邪魔だと判断したら、俺はお前を見殺しにするぜ」

堂々とそう言い放つ神田に、アレンが険しい表情をつくる。

「戦争に犠牲は当然だからな。変な仲間意識持つなよ」

この言葉はゆめも初めての任務の時に言われたことがあるが、言われて嬉しい言葉でないのは確かだ。
だが、神田の言っていることは正しい。

「・・・嫌な言い方」

正論が故に素直に認め難いのか、アレンがそう返す。

ドンッ!

途端、爆発音が辺りに響いた。
発信源を見やれば、もくもくと灰色の煙が立ち込める中、数体のアクマが大砲を撃ち鳴らしているのが分かった。
4人の顔に緊張感が走る。

アレンはその光景を目前にして居ても立ってもいられなくなったのか、何も言わずにその場を駆け出した。

「え、ちょ、アレンくん!?」

そんなゆめの声は聞こえているのかいないのか、アレンは振り向くことなくイノセンスを発動しながらアクマの元へと走る。

「チッ、勝手な行動しやがって・・・。俺たちも行くぞ」

盛大に舌打ちしながらも駆け出す神田にこくりと頷いてから、ゆめとトマも後に続いた。

バアアアンッ

アクマの居る場所に一番近い建物の屋根に降り立った時、又もや大きな爆発音が響いた。
そこからひっそりと下の様子を伺う。

「今までの白い奴らとは違ったな。黒い奴だった」

考えるような素振りを見せながらそう言ったのは、ピエロのような出で立ちの何か=B
左手が損傷しているのはきっと、アレンの攻撃を受けたからだろう。

「あ〜〜分かった!この破壊力(チカラ)・・・お前が『エクソシスト』って奴だなぁ?」

伯爵が造り出した直後のアクマは基本的に球状で、体中にキャノンを備えた禍々しい姿をしている。
だが、大勢人を殺して一定の経験値が溜まるとレベルアップを果たし、より強力な個体へと進化するのだ。
それが、目の前にいるこの何か≠ニいう訳だ。

(これがレベル2のアクマ・・・)

レベル2のアクマは自我を持ち、それぞれ特殊能力も兼ね備えている。
殺人衝動もレベル1と比べてかなり強くなっているだろう。

「探索部隊の人達を殺したのはお前か・・・!」

自らの上に積もった瓦礫を掻き分け、そう言いながら立ち上がるアレンが見えた。

(そうだ、探索部隊の人達は・・・)

アレンの言葉にハッとして、ゆめは辺りを見回す。
そして少し離れた場所で張られている結界に目を留めた。

結界の中に2つの人影が見える。
結界の外には、数人の人が倒れていた。
トマと同じフード付きの白い服に身を包んでいる。
その出で立ちから探索部隊だと分かった。
間に合わなかったことに悔しさが募る。

「・・・結界が4つ。そう長くは持たないな・・・」
「イノセンスの回収が先みたいだね」

神田の呟きに、状況を確かめながら返事する。

「・・・行くぞ」

神田はそう言いながら背負っていた自身の対アクマ武器である刀に手をかけ、勢い良く抜き放つ。

「六幻 抜刀!!」

刃の根元から先端にかけて手を滑らせば、刀身が輝き出す。

「六幻 災厄招来!界蟲『一幻』!!」

その声と共に、六幻の刃が月夜の空を舞う。
そして結界近くに居たアクマを容易く薙ぎ払った。

その間にゆめは、倒れている探索部隊の元へと急いだ。

「き、来てくれたのか・・・エクソシス・・・ト」

まだ息のある探索部隊の1人が必死に言葉を紡ぐ。

「遅くなってしまってごめんなさい!イノセンスを護ってくれて有難う。後は任せて・・・」

「結界装置の・・・解除、コードは・・・は、HAVE A HOPE・・・『希望を持て』・・・だ、ッ」

最期に探索部隊は、儚げな笑顔で『頼んだぞ』と息絶え絶えに遺してから息を引き取った。

(『希望を持て』・・・か、)

探索部隊の皆は、アクマ達を前に何度「もう駄目だ」と思ったことだろうか。
そしてその度に、何度「必ずエクソシストが来てくれる」と思ったことだろうか。

――――――必ずエクソシストが来てくれる、だから最後まで希望を持て・・・――――――

ゆめには、この解除コードがそんな探索部隊たちの心の声に聞こえてならなかった。

「おい、解除コードは聞けたのか」

無事アクマを破壊し終えたらしい神田が、ゆめに声を掛ける。

「・・・解除コードは、HAVE A HOPE・・・『希望を持て』」
「・・・、行くぞ」

神田にも何か感じる物があったのか、少しの沈黙の後、そう言った。
そんな神田にしっかりと頷いて立ち上がった。

数歩歩いてから後ろを振り返る。
探索部隊の人達は、未だあの状態のままである。
後ろ髪を引かれる思いだったが、今は探索部隊の死を無駄にしないためにも、イノセンスを護ることの方が優先だ。
ゆめはぶんぶんとかぶりを振ってから、神田に続いて走り出した。

「こここ 殺じたい 殺じたい 殺じたい 殺じたい 殺じたい 殺じたい!!!」

丁度結界装置に辿り着いた時、そんなアクマの声が聞こえてきた。
その声に耳を澄ませる。

「とりあえずお前を殺じてからだ!!そっちは後から捕まえるからいいもん!」

お前、というのはアレンのことで、そっち、というのはきっとゆめ達のことだろう。

(アレンくん、大丈夫かなあ・・・)

「おい、いつまで突っ立ってるつもりだ」

神田に言われて、はっと我に返った。
気付けば、神田は既に結界装置を無事解除し終えて、中にいた2つの影を抱きかかえていた。

「あ、ごめ・・・」

屋根や瓦礫を飛び越えてさっさと行ってしまう神田を、慌てて追いかける。
と、神田がふと立ち止まった。

「うおっ、」

急に立ち止まった神田にぶつかりそうになりながらも、何とか足にブレーキをかける。

「助けないぜ。感情で動いたおまえがわるいんだからな。ひとりでなんとかしな」

神田がそう言った先に居たのはアレン。

「ちょ、神田、そんな言い方はないんじゃ・・・」
「本当のことじゃねぇか」
「うぐ・・・」

確かにアレンの単独行動のせいでアクマに目を付けられたのは間違いない。
本当のことだと言われればそれまでで、流石のゆめもグウの音も出ずに押し黙る。

「いいよ、置いてって」

そう言ってどこか覚悟を決めたような表情をみせるアレン。

「イノセンスがキミの元にあるなら安心です。僕はこのアクマを破壊してから行きます」

神田はそんなアレンを一瞥してから、こちらを向いた。

「・・・で、お前も残る気なんだろ?」

神田の言葉に、こくりと頷く。
何故神田が、ゆめの考えていることが分かったのかは見当もつかないが、今はそれどころではない。

神田はそれを見届けてから、その場を駆け出した。

「ゆめ・・・、」

アレンは何か言おうと口を開いたが、ゆめの真剣な表情を見て、押し留まった。

「ヒャヒャヒャヒャ――――!!!」

そんなアクマの笑い声を合図に、戦いの火蓋が切って落とされた。
アレンがアクマに向かって攻撃を仕掛ける。
それを見やりながら、ゆめは静かに目を瞑った。
心を落ち着かせて、記憶を探る。

(!・・・そうだ、)

確かこのアクマは偽者だったはず。
何やら様子がおかしいアクマを見て、ゆめはそう確信した。

「アレンくん、後ろっ!」

アレンに向かってそう叫んだが、一足遅かった。
ゆめの言葉に振り返ろうとしたアレンは、背後から攻撃を受ける。
アレンに攻撃を加えたのは・・・

「僕・・・っ?」

アレンの姿をしたアクマ。

「・・・く、そっ!」
「へへへへへ、移したぞぉ。お前のチカラ・・・」

そう言って笑うアクマの外見は、まさにアレンと瓜二つ。

「お前、私をナメてただろ。さぁ、殺すぞん!!」

(いやあ!アレンの顔でそんなこと言わないでよっ)

心の中でそう思うゆめだが、今はそれどころではない。

「イノセンス発動!」

そう唱えると、左手の刺青が煌々と輝き出す。
それに連れて、ゆめの瞳が漆黒からシルバーグレーに変わった。
明らかに、先程とは取り巻く雰囲気が違う。

「――――――夢ノ銃(dreaming gun)」

そう言いながら、左手の親指と人差し指を使ってピストルの形を作る。
そのままピストルを撃つ仕草をすれば、そこから本物の弾丸が飛び出した。

「うぉっと、あっぶないなー!」

それをするりと交わしたアクマは、そう言いながらアレンに向かって攻撃を加える。
それが命中してアレンは遠くまで吹き飛ばされた。

(あちゃ、てっきりこっちに来るかと思ってたのに)

ゆめが攻撃したのだからゆめに攻撃し返してくるだろうと思っていたのだが、その勘は外れてしまった。

「アレンくん、大丈夫ーっ?」

ふわりと屋根から飛び降りてアレンの元に向かった。

「あ、はい・・・何とか大丈夫で、ええええっ!!!」

大丈夫ですと言おうとして、アレンは大声をあげた。
アレンの目線の先には、傷が付いた左腕。

「またコムイさんに修理される・・・うう、」

そうぼやきながらずーん、と落ち込むアレンに、ゆめはただただ同情するしかない。

ビキビキビキビキ

その刹那、床が軋むような音がして思わず眉をひそめる。

「?何だろ、キシむような音が・・・」

(しまったああ――――――っ!)

そう思っても、もう手遅れだ。

ドゴォォオオオッ

「お!?おおぉおおぉおおおぉお」
「い、いやあああああ〜〜っ!!!」

マテールの家は、長い年月の間に脆くなっていたようで、崩れた床に急落下してゆく。
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