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□愛を紡ぐには、まだ遠すぎるから。
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原作1年前設定

『后ー、早く行こうぜー』

うんっ!元気良く返事をしたかと思うとこちらを振り向く。

『瑞宮も行こうっ』

そう言って繋がれた手はひどく暖かくて。

自分の手はなんて冷たいのかと思い知った。

『・・・僕はいいから、后と甘雨二人で行って来なよ』

どんなに高く手を伸ばしても、きっと君には届かないから。

離れ難くなる前にせめて、と。

そっと自分から繋がれた手を離した。






もしも、僕が後鬼ではなかったら。

もしも、后が次期闇皇ではなかったら。




ピンポーン。

インターホンを押すと、はーい。という声がして后の母親が出てくる。

「こんにちは、后いますか?」

「瑞宮君こんにちは、后なら2階におるから上がり」

「はい。おじゃまします」

丁寧に挨拶をして階段をのぼっていくと、ギシギシと軋んだ音がする。

かなり年季が入っているのだろう。

「后、来たよ・・・って」

天気もいいので良いお昼寝日和なんだろう、座布団を枕にして寝ていた。

「まったく、しょうがないな」

困った様な笑みを一つ浮かべると・・・その表情が徐々に冷めたものになってゆく。

完全に無表情になった頃には、先程の温厚そうな様子は微塵も感じられなくなっていた。

眠っている后の頬に手を添える。

何も知らないもう一人の幼馴染。

すやすやと、とても幸せそうに眠っている姿は普通のオモテと何ら変わりない様に見える。

「さて、どうしてしまおうかな」

冷たい声音とは裏腹に、そっと、まるで慈しむかの様に頬を撫でる手はとても優しい。

そのまま手を滑らせて首に手を添える。

「今は君を守ってくれる甘雨もいない。ほら、起きないと僕はうっかり君を殺してしまうかもしれないよ」

女の様に細い首。本当に自分の『うっかり』という加減で、この首は簡単に折れてしまうのだろう。

それに、

(ここで后を殺したら、僕はどう思うんだろう)

自分の感情を推し測る様に、親指を喉仏にあてたり離したりしてみる。

「・・・温かい」

生きているから当然だけど。

『僕はいいよ』
何度も言い続けた言葉。断っているのに、馬鹿の一つ覚えの様に自分を呼び続ける声。

最初は煩わしいとさえ感じていたのに。

・・・どうして、

「ここで殺しても、きっとつまらないよね」

誰に言うわけでもでも無く呟かれた言葉は言い訳じみた響きになってしまい、顔を顰める。

そろそろ、甘雨も来る頃だろう。

カチャリ、眼鏡のブリッジを上げいつもの優しい幼馴染の顔に戻る。

「后、起きて。そんな所で寝ていると風邪ひくよ」

優しく揺さぶると「んー、瑞宮ぁ?」と寝ぼけた声がする。

「ほら、もう甘雨も来るから」

立って。と手を伸ばすと驚いた顔をされる。

「何?」

「んー、なんか珍しいなと思って。ほら、いつもは逆だっただろ。でも瑞宮は『僕はいいから』って断ってさ」

「・・・そうだっけ」

「うん。だからこうして瑞宮から手を伸ばしてくれて嬉しいよ」

少し照れたように頬を掻いてから、よいしょ。
と瑞宮の手を取るのと同時に「后ー、瑞宮ー」と下の階から甘雨の声が聞こえてきた。












もしも、僕が後鬼ではなかったら。

もしも、后が次期闇皇ではなかったら。

答えは簡単だ―――出会っていなかった。

ただそれだけだ。

・・・だけど。

どちらか一方が欠けてしまっていても、交わらない世界で

『瑞宮も行こうっ』

后が僕の正体を知っても、変わらないでいてくれたら。

自分が、

(僕が――――だったら)

握ったその手を、離さなくてもいいかもしれない。







愛を紡ぐには、まだ遠すぎるから。

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