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□冬来たりなば春遠からじ
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『・・・楔』
自分より一回り大きな手が楔の手をとる。
剣術の練習で所々マメが出来ていたが、楔は誰よりもこの手を誇らしく思っていた。
温かくて、大きな手。
これから先も、ずっと。ずっと、この優しい手に引かれて行くと思っていたのに。
はなやぎおにいさま、
「大嫌いよ、お兄様なんか」
この手がずっと、繋がれていたら良かったのに。
もしも、あの幸せな日々に戻れたら。
「・・・ハァ・・・」
楔が溜息をつく。
・・・節分。
その単語が先程から頭をチラついている。
本来ならば鬼である楔には関係の無い行事だが、昨年父が節分に鬼門を開いて鬼歓迎の体制をとっていたことから、もしかして今も・・・と考えてしまい、家に帰り辛くなっていた。
こんな時に限って任務も終えてしまっているし・・・。
どうやって暇を潰そうか、と考えながら歩いていると。
「・・・らっ、さくらっ・・・あの、
さくら・・・妹を見ませんでしたかっ」
途方にくれた様な声が辺りに響いている。
どうやら妹とはぐれてしまったらしい、楔と同い年位の少年が目に止まった。
『・・・さま、おにい、さま・・・』
・・・そうがいえば。
昔は自分も、よく迷子になったっけ。
まだ楔達人間だった頃、幸せだったあの日々。
・・・兄も、あんな風に自分を捜しまわってくれたのだろうか。
「・・・妹を、捜しているの・・・?」
気づけば楔は声をかけていた。
「ぜ、前鬼様・・・!?あ、あの、妹を知っているんですか!?」
自分の出現に驚きながらも、必死になって妹の居場所を聞いてくる少年を見る。
「知らないわ。けど、困っている様だったから・・・どんな子かしら・・・?」
妹の名前は『さくら』と言うらしい。
二人でおつかいを頼まれたらしいのだが、少し目を離したらいなくなってしまったようだ。
「僕が妹をちゃんと見ていなかったから・・・」
自分を責める少年をなんとか宥めて、捜しているのはいいが。
(・・・見つからない。)
どこまで行ってしまったのだろうか。まだ幼い様だからそう遠くへは行けない筈だが・・・
もう日も暮れてきたし事だし、危ないからこの子だけでも先に帰らせないと。
声をかけようとすると、「さくら!」という声が。
ようやく見つかったようだ。
良かった。ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、妹だという女の子の傍にいたのは・・・
(お兄様・・・!)
自分の兄である朱雀華がいた。
バッ、兄だと分かった瞬間、条件反射でなんとなく隠れてしまう。
こっそりと、植え込みに、しゃがみこんでから様子を窺う。
なんとなく、出て行くのが憚られて隠れてしまったが・・・。
(・・・別に、隠れる必要ないじゃい・・・)
しかし、隠れてしまった手前、今更出て行くのも気が引ける。
もうあの子たちは大丈夫だし、いきなり消えてしまって悪いが兄達がいなくなるまでここに隠れていよう。
暫くたった後、もういいか。と植え込みから顔を出そうとすると。
「楔」
背後から声がかかる。
「!」
普段の自分では考えられない失態だ。
慌てて振りかえると、先程まで自分が隠れていた相手がいた。
「こんな所にいたんだ」
「・・・愚兄には、関係ないでしょう」
植え込みにしゃがみこんでいる自分を、訝しむ様に見て来る兄の視線を避ける様に目を反らす。
「僕には関係ないけど・・・あの子の妹を捜してくれてたんでしょ。お礼言うのを頼まれていたからね」
その後、「まあ、僕からも・・・助かったよ」と呟くと、ほら、と楔に手をさし出した。
「・・・何・・・?」
さし出された手の意図が分からず、首をかしげる。
「もう暗くなってきてるから、一人じゃ危ないでしょ」
「・・・私より弱い愚兄に、言われる筋合いはないわ」
だったらますます意味が分からない。
前鬼である自分を襲う奴なんかいないだろうし、たとえいたとしても、瞬殺できる自信がある。
(そんなことよりも、お兄様自身のことを、少しは気遣うべきだわ・・・)
フイ、と顔を背ける。
「相変わらず可愛くない妹だね!・・・人が送って行くって言っているんだから、好意は素直に受け取っとくべきだよ」
そう言って、少し強引に腕を引っ張って楔を立たせて、服に付いてしまった砂埃を軽くはたくと屋敷の方向に無言で歩いて行ってしまう。
二人で無言で屋敷まで歩いていると、後数十メートルという所で立ち止まる。
「ほら、ここでいいでしょ」
いくら父とのわだかまりが少しは解消したとはいえ、まだ屋敷には戻り辛いのだろう。
じゃあ、と立ち去ろうとした兄の服の裾をあわてて掴む。
「・・・華、お兄様・・・」
・・・ありがとう。
最後の方は尻すぼみになって消え入りそうな声だったけど、兄には伝わったらしい。
「仕方がないね、楔は」
微かにだけど、笑った気配がした。
もしも、あの幸せな日々に戻れたら。
いや・・・戻れなくても。
兄がもう一度自分を捜し出してくれるのなら。
『一緒に帰ろう、楔』
自分が、
(・・・私が、お兄様の手をもう一度とれるのなら。)
『はなやぎおにいさま、』
過ぎ去ってしまったあの日々には戻れなく
とも、それは『幸せ』なのかもしれない。
冬来たりなば春遠からじ