黒バス二次創作

□他人の特権
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「とりあえずドリンク頼み」
「じゃあアイスの緑茶で」
「渋い趣味しとるなw」
「俺、炭酸そんなに好きじゃないので」
「ほー」

受話器を取って話し始めた今吉さん。

すらりと伸びた長い足に、さらさらした髪。赤の他人を見て疲れてそうだったっていうだけで心配してカラオケまで連れて来てくれる優しさ。
女の子に人気ありそうだなぁ、と思う。
関西弁もポイント高そうだし。


「で、どうしたん」
「え、あ、マジで聞いてくれるんですか」
「当たり前やーん」
「…引かないで下さいよ?」
「へーきへーき」
「俺ですね、男と付き合ってたんですよ」
「ほー」
「驚かないんですか」
「そんな驚くことやないやろ」
「そうですか?」
「ワシも昔そーやったし」
「そうなんですか」

ちょっと意外。
今吉さんなんか、ホモ!?ないわーきしょいわーとか言いそう。

「それに、恋愛は自由やんか」
「…かっこいいですね」
「えーほんま?嬉しいわー」

今日も彼は、ニヤニヤとした笑顔を顔に張り付けていた。
そういえば真剣な顔してるの見たことないな。

「なぁ」
「はい?」
「無理せんでええよ。ワシの前ならいくら泣いてもかまわんし」
「別に今更涙なんて出ません」
「いや、ワシはそうは思わんけどなぁ。だって、まだ好きなんやないの」
「別に…」
「だから無理すな言うとるやろ。全部話せばええやん。そんなにワシ嫌いか?」
「…嫌いじゃないですよ。ただ話す気にならないだけです」

それは本当のことだ。
こんな胸の内を曝け出すなんて、やっぱり正気でするようなことじゃない。

「ドリンクお持ちしましたー」

「よく働いとるなー高校生?」
「あ、はい。高一っす」
「頑張ってなー」
「あ、ありがとうございます」

すごいなこの人。話しかけちゃうんだー…
なんかやっぱ関西人って感じ。



「あ、今日ワシの奢りやから」
「いいんですか?」
「おー。なんか頼めや」
「すみません」
「気にすんなー」


口の中に広がる安そうな味。
美味しいとは言い難かったけど、何よりこんな状況だからそういうのはどうでもよかった。


「うわ、このコーヒーまず」
「お茶もまずいです」
「なんやーしくじったわぁ。すまんなぁ」

コーヒーもまずいのか。
なんだこれは。飲み物くらいはなんとかしようぜ。

「ま、ええとして。伊月くん話す気ないんやろ?」
「まぁ…」
「せや!なぁ、ワシの話聞いてくれへん?」
「え、あ、はい」
「ワシなぁ。東京来たの中2の時やねん」
「そうなんですか」
「オトンの転勤でな。それまでは関西で暮らしとったんやわ。近所にな、兄ちゃんみたいな人がおって、仲良かったんよ。ほんだらな、そいつが高2の時にワシいつも通り相手の家行ったら、何されたと思う?」
「…エロいことですか?」
「ぴんぽん。伊月くん勘ええなぁ」
「あ、ありがとうございます」
「ワシ中1やしそいつ高2やし、なんかもう色々とびっくりやん。怖いやん。でもなんか嫌じゃなくてな。そのまま終わって、それからも何回も同じことされて、急に言われたんや。『俺ホモやねん』って。笑うやろww?でもなんでか拒めなくてな。ワシも好きやったんやろな。大概。で、結局ワシは東京来る事になって、そいつとは何もなくなったんやけどな。ちょっと衝撃やろ?」
「はい、だいぶ」
「こんなの話したの伊月くんが初めてやわ」
「ていうか、遠距離とかそういう選択肢はなかったんですか?」
「なかったなぁ。それっきり連絡取ってへんし」

遠距離って、どんな感じなんだろう。
やっぱり寂しいのかなぁ。

「ま、これでええんよ」
「…」
「そんな寂しいことやないし」
「でも」
「ワシには、こんなんが丁度ええから」

そう言った今吉さんの顔は、やっぱりいつもと同じ人懐っこそうな笑顔だった。

「じゃあ俺の話も、聞いてくれますか」
「なに、話す気んなったん」
「はい」

だって今吉さんはあんな話してくれたのに、俺話さなかったらフェアじゃないじゃないですか。

ん?フェアじゃないじゃないですかってキタコレなの?違うな。違う。全然ダメ。こんなのがダジャレだって言うなら俺のダジャレ生命に傷がつくぜ。

「中2の時に、幼なじみに告られたんです。俺もずっとそいつのこと好きだったんで、付き合うことになって。お互いもちろん付き合うのなんて、初めてで。それどころか初恋で。ふたりとも、何もわかんない中で一緒に頑張ってきたんです。ずっと。俺はずっとあいつ以外の相手なんか考えられなかった。なのに、なのにこの間フラれたんです。そんで、そいつ今はもう違う相手と付き合ってるんですよ。その現場に遭遇しちゃって。もう俺、ぐちゃぐちゃで。ボロボロなんです。でも、きっとわかってた。ずっと昔から。いつかは終わるってことも、そうなったらこんなこと思うだろうってことも。わかってたんです。俺もあいつも昔とは違くて、大人になってるってことも。なのに、あれからこんなに時間経ってるのに、もう何も満たされる気がしない。これからまた違う誰かを好きになれるとか、新しい恋を探すとか、考えられない。俺には、やっぱりいつでもあいつしかいなくて、忘れられるわけないんですよ」

言い切った途端、脱力感が生まれた。
どうやら俺は喋り尽くして、くたびれたらしい。

「ごめんなさい。気持ち悪いですよね。重いし」

今吉さんは喋らない。
さっきまでの笑顔も、今はすっかり消えていた。

重苦しい空気に耐えられなくて、無理矢理お茶を流し込んだ。
少しぬるくなって、本格的にまずかった。
やっぱり失敗したな。頼まなきゃよかった。

今吉さんも、黙ってコーヒーを飲んだ。
コップから垂れる水滴が今吉さんのズボンを濡らす。
それに気付いたのか、手で拭っていたけれど、あまり意味はなくズボンにはくっきりとした染みが残った。


「日向くんやろ。その相手」
「へ」
「桃井が調べてきたんよ。日向順平と伊月俊は幼なじみだって」
「あぁ、ばれましたか」

隠していたわけじゃないけれど、やっぱり面と向かって言われると恥ずかしかった。

「はは。ワシに嘘なんて、つけへんよ」

今吉さんは、なにか意味を込めたようにそう言うと、またコーヒーを飲んだ。
まずいと言っておいて、まだ飲むのか。

そう思いながら暫く今吉さんを見つめていた。

「伊月くんは、賢い子やな」
「賢くなんか、ないです」
「飲みもん、追加するか?」
「いらない、です」
「喉、渇かへんの」
「そんなに」
「そか」

やっぱり空気は重い。

とっくにコップの中の氷も溶けていて、歌なんて歌う気もしないのに、何故かここを出たいとは思えなかった。

「伊月くん」
「何です、」

言葉が途切れた。
停止した脳を必死で働かせると、結論に辿り着いた。

俺は今、このひとにキスをされているのだと。

あれ、苦くない。
確かにコーヒーの味するのに。
あ、ガムシロとミルク、たくさん入れたんだな。きっと。

俺今、これならきっと飲めるなんて気楽なこと考えてる。
日向じゃない、違う男にキスされてるのに。
拒否する気にはなれなかった。

何度も何度も重なってくる今吉さんの唇。

近づいて、わかった事がある。

今吉さんから香った匂いは、日向と同じだった。

それはやっぱり俺に安心感を与えて、同時に瞼の裏に熱い液体があることを悟らせた。
そして俺に次第に余裕を無くさせていった。

もし誰かが入ってきたらなんて考えることもできなく、ただ柔らかいそれに身を任せて、体の力を抜いた。

俺がおかしいのなんて、とっくにわかっている。

ただ一つの救いは『ひゅうが』という、俺の16年間の人生で一番馴れ親しんだ響きが、口から零れなかったことだ。

「っは、はぁ…すまん」
「いや…はっ、はぁ、っへい、き、です」

乱れた呼吸を必死に整えようとする。
じわりと汗を掻いている今吉さんは、俺も驚くくらいエロくて、あの人があんな事をした理由がよくわかった。


 ワシ、おかしいのかもしれへん

そう言った今吉さんの自身は少し反応しかけていた。
それがなんだか、面白くなってしまって。

興味本位で今吉さんに跨った。
日向にも見せたことのないような表情で。

「今吉さんって、とっても、やらしいんですね」

今のおかしい俺からは、とてつもなく甘い声が出た。
それがやっぱり気持ち悪くて、吐き気がした。

「なんや、それ」

にやり、とお互い口元を歪めて、もう一度唇を重ねる。

やっぱりおかしい。なにかに憑かれているみたいだ。

「今吉さん、俺もおかしい」
「せやな。ええやないか。おかしいもん同士で」
「俺も、同意見です」

そう言うと、今吉さんは静かに俺をソファーに押し倒した。



「なぁ、日向くんとこんなとこでしたん?」
「カラオケ、なんての、初めて…です」
「そう、なんや。ええやろ。こんなとこですんの」
「はい…っ、すごく」


耳の裏で響く、低くなってきた今吉さんの声。
いつばれるか分からないこの何とも言えない感じ。
しっとりと汗を掻いた今吉さんの腕の感触。
突き上げる快感。

息を吸い込めば匂う、懐かしい匂い。

あぁ、もう駄目だ。


****


「ん…」
「おー起きたか」
「俺、寝てましたか…」
「30分で起きたなー。あ、水飲むか?」
「すいません…いただきます」

寝起きの喉に、つめたい水が心地良かった。

腰が重い。
久々だったからな…最後いつだったかなぁ。

「家まで送ってくわ」
「あ、じゃ、お言葉に甘えて」
「はは、歩けへんやろ。そんなんじゃ」
「だと思います…」
「もうちょっと経ってから、出よか」
「はい。すいません」

だるさと眠気と、まだ体に残っている微熱がさっきの出来事を痛いくらい思い出させた。

それはやっぱり、なんていうか、自分の浅はかさを告げている気がする。


****



あの時、日向のことも、今吉さん自身のことも、何も考えられなかった。
俺は一体何をしてるんだろう、なんて考えるほどの余裕なんて残ってなかったし。

俺が今吉さんに抱かれたことを言ったら、日向はなんて言うんだろう。
なんて、な。

あの人はなんで俺なんかを抱いたんだろう。相手には困らないはずだしな。共学だし。ナンパしても成功しそうだし。

俺が今吉さんに抱かれたのは、日向の匂いと同じだったからじゃない。

ただ、他人だったから。手っ取り早く溜まったものを処理できる相手だったから。
その方が、よっぽど純粋で、まともな考えだと思った。

ひどく純粋そうな顔をした同級生たちの顔が、余計に痛々しい。
 俺って、なんなんだろう

まだ残暑の厳しい教室には、蝉の声が鳴り響いている。
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