黒バス二次創作

□特権なんて
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「…好きだよ。伊月」


この声、あの時と同じ。
まだ中学生だったあの時と同じ。
馬鹿みたいに真面目な顔して、だけど声はすごく落ち着いてて低くて、多分手なんかも握り締めてるんだろうな。


でも、なんで。


「日向」
「………」
「なんで、なんで…なんで今なんだよ!!ふざけんなよ…」
「…ごめん」
「何謝ってんだよ…!なんで今さらそんなこと言うんだよ」

思わず大きな声が出る。
ぎゅ、とズボンを握り締めた。
日向が目を瞑って耐えようとしている。

「せっかく乗り越えて…せっかく新しい人見つけたんだよ。この人なら、って…そう思ったんだよ。なのに、本当この数ヶ月間なんだったんだよ。俺は、なんのために…あんな思いしたんだよ…っ」

涙は堪えられなかった。

早朝で周りの客が少ないのが幸いだと思う。

「いづ…」
「日向なんて…っ……日向なんて、」

その続きを言いたいのに、言えなかった。
きらいだなんて言えなかった。

本当はずっと言ってほしかったのに。
嬉しくて、たまらないのに。

悔しいんだよ。
俺だってずっとお前のこと好きだったよ。
日向なんてだいきらいだ。



「帰る」

コーヒーゼリーが頭をよぎったけど知らない。
どうせこのまま待ってたって食えないだろ。
日向に金払わせよ。

立ち尽くしてる西内そっくりのウエイトレス。
ごめんね。俺、西内のことはきらいじゃなかったよ。





乱暴に店を出る。
もう明日からどうすればいいかわからない。
どうもしなければいいんだけど。

手が痛い。
さっき握り締めてたから。
爪の痕がくっきり残ってる。
ふざけんな。バスケできなくなったらどうすんだ。
…な訳ないか。

馬鹿みたいに空が青い。
あぁムカつく。バカ。クソメガネ。



なんで。

なんで日向は今さらそんなこと言うんだ。
どうして一番その言葉が欲しいときに言ってくれないんだ。
好きだよ。大好きだ。誰よりも。
ずっと好きだったよ。
だから頑張ってたんだよ。
頑張って騙してたんだよ。
今吉さんが好きだって。
そりゃ好きだよ。 でも日向と比べたら?
日向に決まってんじゃん。
日向のこときらいになれる訳ないだろ。
どうでもいい訳ないだろ。
忘れられる訳ないだろ。
俺もう無理だよ。
もうわからないんだ。自分がなんなのか。
何にこんなに腹が立ってるんだか、何にこんな悔しがってんだか、何にこんなに嬉しいんだか、何にこんなに悲しいのかわかんないんだ。


日向はどんな顔をして笑ってたんだろう。
思い出せない。
思い出そうとすると、死にたいくらいに苦しい。
すきだよ。ほんとうに。
だいすきなんだ。
すきなのに。思い出せない。思い出したくない。
ねぇ、日向。俺はおかしい?異常か?

涙が出てきた。
溢れ出て止まらない。






本当は、今吉さんのことなんかすきじゃないんだ。

ただ、自分の手から熱がはなれていくのがこわくて、さみしくて。
ただ、周りに誰かいてほしくて。
今吉さんのこと、すきだったけど、そのすきはすきなんかじゃない。

今吉さんと手をつなぎたいのも抱きしめてほしいのもキスしたいのも全部、さみしかったからだ。
さみしくてさみしくて、どうしようもなくて。
かまってほしくて、充実した気になりたくて。
愛されてるって思いたくて。
俺を必要としてるって思いたくて。
みんなに愛されたくて、周りにいつも人がいてほしくて、無理してた。
みんなに合わせようって、嫌われたくないって、自分を隠した。

だけどその伊月俊にみんなは寄ってきたから。
日向もだ。日向はその伊月俊だから俺を好きだと言ってくれた。まっすぐな目で見てくれた。
ほんとうは俺がすきなんじゃなくて、俺じゃない俺がすきなんだ。

誰も、俺のことなんか見てないんだ。
誰も、俺が生きていることを知らないんだ。

日向だって、俺のことなんか見てない。
そうだ。見てないよ。
俺のことすきだなんて、おかしい。
違う。絶対に違う。

日向なんて、もう知らない。

俺、日向なんかいなくたって。



「伊月!」

後ろから声がした。
わざわざ追いかけてきたんだ?

「伊月!!よく聞けよ。俺はお前の気持ちなんてな、わかってんだよ!隠してんじゃねぇ!!それからお前、部活ん時もダダ漏れなんだよ俺のこと好きなの!!隠そうとしていい先輩面すんじゃねぇよ!!幸せだって顔すんじゃねぇよ!!東大エリートの長髪メガネなんかに惚れんじゃねぇよ!!俺のこと好きだって言えよ!!もう一回俺のこと見ろよ!!」
「……嘘だ」
「は?」
「嘘だ。俺のこと見てないのはお前だろ?もう俺のことなんてどうでもいいくせに。めんどくさい俺のことなんて捨てたくせに。木吉と別れた途端これかよ。どうせ今回だってすぐ捨てるつもりだろ?これでもし木吉に復縁しようって言われたらどうせすぐ戻るんだろ。わかってんだよ」
「何言ってんだよ!!」
「もうやめろよそういうの。いらない」
「…っ、ふざけんな!!」
「殴りたいなら殴れよ。ムカついてんだろ?いいよ殴って。それでお前がスッキリするなら。ほら、早く」
「やめろよ」
「は?」
「やめろっつってんだよ!」
「いつもと違けりゃもうこれかよ。ほら俺のことなんて見てないんじゃん!ほら殴れよ!」

がしっと胸ぐらを掴まれる。

「伊月!」
「なんだよ!!」
「ごめん」

は?どういう意味だよ。

「ごめん。伊月」
「だから、何謝ってんだよ」
「あの時、伊月振った時。理由なんてなかった。嫌いになったとか冷めたとかじゃねーんだ。俺自身もよくわかんねぇ」
「じゃあなんで!」
「好きだよ。伊月」
「…なんなんだよさっきから!訳わかんな、」

抱きしめられた。
かたく。離さないように。
訳がわからなかったけど、心地よかった。



ひゅうが。




「……おいバカ日向」
「バカじゃねぇ」

すう、と息を吸った。
それをゆっくり吐く。

いいか?俺。

じっと目の前のバカ男を見る。
日向が身構えた。


いくぞ。
勢いに任せてしまえばいい。


「俺だって好きだよ日向が。誰よりも好きだ。だからムカつくんだよ。ヘタレのくせに。当たり前だろ。大好きだよ。東大エリートの長髪メガネなんて目じゃないくらいにな。メガネだけに」
「伊月黙れ!!こんな時まで混ぜてくんじゃねぇ!」
「仕方ないだろ!お前のせいで最近キタコレできないんだよ!!いいダジャレ思い付かないの!!」
「知らねぇよそんなの!!」
「日向の隣じゃなきゃ、いいダジャレなんて思い付かないんだよ!!バカ日向!!そんぐらい分かれ!!」
「知ってるよ。弱くて卑屈でネガティブで、なんかいつも寂しそうな、俺のかわいくてしゃーない恋人だろ?」
「……っ…しね」
「好きだよ。伊月」


日向は、優しい顔をしていた。
これが自分のほしかったものなんだ。
日向の優しいこの笑顔がほしかっただけなんだ。

特権なんかいらなかったんだ。
優越感なんて、ほしいわけじゃなかった。
ただ日向が欲しかった。
ただそれだけなんだ。



すきだ。日向。
まわりくどくて、ごめんね。
めんどくさくて、ごめんね。
でも俺、全世界に向けて言えるよ。

俺は日向のことを、誰よりもすきだ。




「日向、」
「ん?」
「ごめん」
「謝んなよ」
「すき」
「おま、いきなり…」
「ねえ日向。ちゅーしたい」
「お前いくら人通り少ないかってそれは無理だろ」
「今の状態だってあんま変わんないじゃん」
「変わるわボケ!!」
「日向?」
「お前本当ずるいわ。なんなの。公道で犯されたいの?」
「それもアリだな」
「ナシだわダァホ!!」

はは、なんて笑って。
うん。これ。
これだよ。この瞬間。
日向と自分のいるこの空間が、幸せなんだ。
俺は何があっても日向のことがすきだし、大事だよ。

ねえ日向。

俺、いまなら死んでもいいよ。
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