黒バス二次創作

□初恋の相手の特権
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蒸し風呂状態の体育館で俺は昨日倒れた。

こんな暑さで、こんなキツさで、こんな目を持ってる俺にはやっぱ耐えられなかったらしい。


「先輩今日大丈夫でしたか?」
「あぁ。黒子も大丈夫か?」
「しんどいです…」
「はは、やっぱり?」
「はい…もう火神くんとか、体どうなってんでしょう」
「な、あいつはおかしい」
「ですよね。僕あんな体だったらなぁって思います」
「あればっかりは、努力するにも限界があるからなぁ」

「ぶぇっくしゅん!!!!あーちくしょー!!!!!」

「あ」
「やっぱくしゃみするんだな」
「そうみたいですね」


水色の髪。
見てるだけでも、少しは涼しくなるかな。

それと対照的に赤く、燃えたぎっているような火神の髪。
火神の髪。キタコレ?

昨日倒れたこともあって、今日は皆いつも以上に優しい。

一年の皆もさっきみたいに声かけてくれたり、小金井とか水戸部もすごい心配しそうにしてくれたり、土田はドリンクくれたり、本当に優しかった。
心配する審判。
ドリンクにリンク。
やばいダブルキタコレ。

でも日向は、なんにもしてくれない。
声もかけてくれないし。
甘えるなってこと?

やっぱ、寂しい。
わがままかもしれないけど。

それを抜きにしても、日向の態度が少し変わってきてる。
まぁ徐々にって感じだから、俺みたいなやつじゃないと気付かないだろうけど。

俺達の終わりは案外もう近いのかもしれない。

果たして終わりを告げられたとき、俺はきれいに忘れることができるのか。
きっとやっぱり日向からは、離れられないんだろう。

俺は日向といたいから、日向といるんだよ。
でも日向が俺といたくないっていうなら、仕方ない。

俺が一番したくないのは、日向を困らせることだから。

日向、好き。大好き。

こんなに大きくなっちゃったんだよ。日向を思う気持ちが。
もう持ちきれない。どうすればいいの?
いっそ俺を突き放してよ。ねぇ、嫌いにさせてよ。


「伊月」
「ん?」
「ん」
「あぁ、うん」

無言のまま歩いて、体育館裏。

まだ日向は、制服に着替えていない。
俺はとっくに着替え終わってたけど。

「あのさ」
「うん」
「伊月、別れてほしいんだ」
「…」
「あ、伊月のこと嫌いになったわけじゃねーから。ごめん。いきなり」
「俺も、同じ事考えてたよ、日向」
「…そうか」
「ありがとう。三年」
「おう」

そう言って日向は、少し寂しそうな顔をした。
そんなのずるい。
お前が振ったんだぞ。

それにしても、俺達って考えてること一緒だったね。
タイムリーすぎる。
日向の考えてることなら、俺わかっちゃうかも。

でも、わからない。今俺がどんな顔してるのか。
でも、悲しそうな顔や寂しそうな顔はきっとしてないはず。
俺が思うには、きっと笑ってると思う。

だって泣いたら、日向を困らせちゃうだろ。
人間ってのはすごい生き物で、泣いちゃいけないって思ったら本当に泣かないらしい。

ねぇ日向、今俺が泣いたら、困るよな?

「日向」
「おー」
「本当に、好きだったよ」
「俺も、好きだった」

好き『だった』が響く。

もう俺は、日向に必要とされてないんだな。
あの大好きだった声も顔も、もうなくなったんだな。

全部やっとわかった気がした。
もう本当に、終わったんだと。


「伊月」
「ん」
「雨だ」

さっきまで、ギラギラと照りつけていた太陽はいつの間にかに消えていた。

きっと今涙が出ないのは、この雨が持っていったせい、なんて馬鹿なことを考えてみる。


「中、入るか」
「うん」


30cmくらい離れた背中が、もう限界なんだ。
すぐに触れてしまいそうで。

さっき、あんな風に言わなかったら、今もう一度、この背中に触れられたんだろうか。


触れちゃいけない。
もう触れちゃいけない。

日向の背中は、もう俺のものじゃない。
いつまでも、俺のものだと思ってたんだ。きっと。


あの三年間日向はどう思った?
俺は、長かったと思う。
日向は短かったって言うんじゃないかな。きっと。

俺にとっては、色んなこと考えて、色んなことして。
すごい長かった。

楽しかった時間は短く感じるっていうけど、俺は長く感じたな。
濃くて、長かったよ。

こんなに強い感情を持ったのは、初めてで。

俺は、こんなにも醜くて、こんなにも小さいんだ。

暖かくて、優しくて、大きくて、格好よくて、皆の大好きな誠凜の主将の日向が、本当に俺は大好きだったよ。

戻れるなら、今すぐ戻りたい。
でも、なんでだか戻っちゃいけない気もしてるんだ。

日向が好きだよ。大好きだよ。
まだ大好きなんだ。

日向からもらう幸せが増えるたびに怖かった。
これが止まったら俺はどうなっちゃうんだろうって。

日向からもらうたくさんの幸せを体にいっぱい受け入れて、日向に俺の全部をあげて。
その繰り返しじゃ、駄目なの?

じゃあ俺は日向に何をしてあげればよかったの?
俺には何ができたの?

一緒に学校に行って、一緒に勉強して部活して、たまにやらしいことして、落ち込んでたら一緒にいてあげて、泣くときは一緒に泣いて、笑うときは一緒に笑って、いっぱい好きって言って、いっぱい好きって言われて、それじゃ駄目なの?

俺は日向のなんだったんだろ。

あの三年間は夢だった?


「伊月」
「うん?」
「俺といてくれてありがとな」
「う、ん…」

あぁ、泣きそうだ。

ありがとう、なんて言わないでくれ。
そうやってまた俺に、期待させないで。

ほら、もうまたどこかで勘違いしてるから。


雨が一層激しくなった。

頬を伝うのは、涙じゃない。雨だよ。そうだろ?

前を歩く日向の顔も、雨のせいで濡れていた。


まさかこんな状態で体育館には戻れないな、と思っていたら日向が足を止めた。


屋根の下に、二人でしゃがみ込む。
膝を抱える俺の横で日向は、大きな伸びをした。


「肩、凝ってんの?」
「まぁな」
「痛い?」
「まぁな」

普段通りの会話が痛々しい。

いつもだったら、俺が日向の肩もんでた。

「もんでくんね?肩」
「え…っ」
「宜しく」

いつもよりも幾らか優しい声で日向がそう言う。

キスの前とも、試合に負けたときとも違う、優しい声。

それがこれ以上ないくらい切なくて。

泣いてる男子高校生二人が雨の中で体育館の前にしゃがみ込んで肩もんでるなんて、多分すごい面白い光景だろうな。


「報酬に、あとでコーヒーゼリー買ってね」
「お前本当好きだな」
「うん。愛してる」
「コーヒーは飲めないのにな」
「だって苦いし」

日向の肩から伝わってくる温もりがつらい。

「日向はコーヒー好きだよな」
「まぁそれなりに飲むな」
「俺、コーヒー飲めるようになりたいんだよね」
「頑張れー」

日向の肩は、思った以上に凝っていた。
鉄でできてるんじゃないか、って感じで。
肩が堅かった。キタコレ。

一生懸命ほぐした。
日向の肩と、俺の中の塊を。


この匂いも、この体温も。
日向のいるこの空間が、愛おしくてたまらないんだ。

だからきっと俺の中にある、小さな小さな塊達がなくならないんだね。

なんで日向は俺にこんなことさせるの。
Sっぷりは健在だな。

肩もみが友情の証だって?
そんなわけないよな。

どうして、どうして。
やめてよ。もうやめてくれ。

「伊月の初恋っていつ?」
「…小1のとき」
「誰?」
「隣のクラスの子」
「へぇ」
「日向は?」
「多分、小3のとき、同じクラスのやつ」
「えっ?誰?児島さんとか?あ、豊本?あとは…大武?」
「い、から始まる」
「カントクって…同じクラスになったの小5だよなぁ」
「それじゃ、あ、だろーが」
「まさか…伊藤?」
「ちっげーよ!!!!!!」
「あ、神田伊織!」
「名字が、い、から」
「もういないだろー。つか思い出せないしなぁ…」
「それ、明日までの宿題な」
「絶対思い出せない…」

第一、なんで振られたはずの相手の初恋の相手を探さなきゃいけないんだよ…

「帰るか」
「うん」

気付けば、通り雨は止んでいて青空が広がっていた。

あ、虹。
水溜まりにすごく小さいけれど、確かにそこにあった。

「日向、虹だ」
「綺麗だな」
「うん。すごい綺麗」

綺麗。
こんな虹みたいな俺だったら、日向は離れなかったのかな。

「虹なんて、いつぶりだろ」
「中学んとき、見たよな」
「うーん…あ、」

なんで忘れてたんだろう。
日向と気持ちが通じた直後だ。
俺達、一緒に虹見てたね。

そういえば雨の日だった。
付き合い始めたのは。

綺麗な、だけど小さい虹。

俺達だってそうだった。
大きな幸せはなかったかもしれないけど、毎日が幸せで。

あぁ、思い出したくなかった。

こんなの余計、忘れられない。

「見たね。二人で」
「あれ綺麗だったなぁ」
「うん」
「多分伊月と見たあれが、人生で一番いい虹だな」
「…へぇ」

だからそんなこと言わないで。
何回言わせるんだ。お前は。


それから、わかったよ。
お前の初恋の相手。

い、から始まるのは、誰でもなく俺なんだな。

それから俺が小1のとき見た、隣のクラスの短髪の男の子は、日向だ。

まだ眼鏡なんてかけてなくて、声も高くて、俺よりも小さかった男の子。
一目見たときに、知らなかった感情が湧いてきた男の子。

あの可愛かった男の子は、こんなに大きくなった。

日向、俺は嬉しいよ。

俺は日向にとってたった一人の、これからも永遠に一人だけの、初恋の相手の特権を手に入れた。

初恋は実らないなんてジンクスがあって良かった。
それを覆した俺たちは、もう勇者だ。

俺がずっと日向の、綺麗な思い出でいられますように。

そう思えば、きっと忘れられない思い出も、凝り固まった肩も、ほぐれていく気がした。

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