短編
□愛することが分からないというならば、
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「知ってるかい? まだこんなに小さい息子を野宿させてたんだよ。こんな晴れた日じゃない、大雨の日だよ」
「……」
小さい蒼が、その時どんな恐怖があったのだろうか。それを考えるとなにも言葉が出なかった。
「あまりに可哀想だったから一日あたしの家に泊めたんだよ、そしたら次は泣き声を上げられないように口を縛って、その辺の木に縛ったって言うじゃないか」
「……」
「そんなことがあったからか、その息子は泣きはしても、あたし達にすがることはしなくなったよ。《大丈夫》ってさ。もう恐怖の対象だったんだろうね」
あまりにも残酷な仕打ちに、俺はその人を見ることしか出来ない。
「……息子も、可哀想にねぇ。あんな女の家に生まれたばっかりに、楽しいことを知らずに死んじゃって。一番幸せになって欲しかったよ」
「……そうか……」
「で? あんたはそれ聞いてどうしたいんだい?」
「……いや、探している人がいたんだ。……この辺じゃ黒髪に青い瞳は珍しいから、もしかしたらと思ったんだ」
「そうだねぇ、この辺じゃ珍しいな。隣の国ならいっぱいいるんだけどね」
女には愛人が何にもいるという噂も多く、隣人の評判はあまり良くない。
町では人気者の女も、近隣との差が激しくどちらが本当なのかがいまいち現実味を持たなかった。
だが、どちらも嘘を言っているようには見えなかったから、女の方が一枚上手と言う事だろう。
そして、俺は蒼がいる家へと帰る。リビングで考えをまとめていると、蒼が声をかけてきた。蒼は辛そうな顔で俺の方を見る。……今は、まだそんなことを言う機会じゃない。まだ、その女に会うまでは……蒼の風邪が治るまでは。
……いや、もしかしたら俺は言いたくないのかもしれない。
蒼がいなくなるのが、いやなのだ。結局は自分のために、言う事が出来ない。
――せっかく一緒にいたいと思った蒼が、離れていくのではないかという不安が拭えないから。
そんなことを考えていたからだろうか、俺は蒼の表情の変化を見過ごしていた。
――あんなにも、傷ついた、泣きそうな顔をしていたというのに……俺は自分のことで手一杯で、気付いてあげられなかったのだ。
――そんなことがあった次の日の夜。
蒼が寝ているのを確認しながら俺は物音を出来るだけ立てないように外へ出て、あの女の家へ向かう。
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