短編

□はっぴーはろうぃん(中川くんシリーズ)
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 十月の終わり近い頃、陽太は綾瀬の部屋で寛いでいた。綾瀬はベッドの縁を背もたれ代わりに、パソコンを睨みつけていた。

 ――来週締め切りのレポートの存在をまるまる忘れていたのである。借りてきた本と画面を交互に睨みつけながら、半泣きでレポートの文字を埋めていく。調べればすぐ終わるとタカをくくっていた罰が、今くるとは思いもしなかった、と何度目かのため息が零れた。一方陽太はというと、そんなものはとっくの昔に提出していて、今は綾瀬のベッドの上でゴロゴロと本を読んでいる。

「あのさ、陽太。見ての通り俺レポートやらなきゃだからここに居ても暇だよ」

 レポートを書くのを止めてちらり、と後ろの陽太を見れば、んーとから返事をする。その態度に内心イラッとしながらも、追い出そうと言う事はしない。むしろレポートで忙しいと分かっていて家に上げたのは自分なのだ。自業自得である。

(いやいや……陽太のことだからあげなかったらあげなかったでどうなることか)

 どうなるのかを少し想像するだけでぞっとする。だてに高校からの付き合いではない。陽太は根っからのドSなのだ。今までこっちのペースに合わせたことなどないに等しい。むしろこちらが焦ったり、拒否したりするのは陽太の思うツボになる。

 ……それでもまぁ、そんな陽太がスキなのだけど。

 というのはともかく。目の前の課題を終わらせなければ、と再びパソコンへと向かう。すると、後ろからベッドが軋む音がして背後に陽太が近づいてきたのが分かった。冷たい指先が綾瀬の首筋をゆっくり撫でた。思わず声が漏れれば、その指は下へ下へと向かい、パーカーの中へと潜り込んでいく。

「ちょっと! 俺、課題やってるってば」

「俺が暇だからいいでしょ」

「いや俺の単位かかってるから! 本当止めて!」

「――紘」

「っ」

 ぐいと顎を掴まれ上を向けられると、唇をべろりとなめられた。そのまま唇を啄むように、重ねられ次第に舌が口内に侵入して貪られるようなキスへと変わる。何十回、何百回とキスは経験してきたが、未だに陽太のキスは慣れないものだった。

(……むしろ、するたびにキステクが上がってる気がする)

 キスは気持ちいいが、良すぎるのが問題なのだ。力が抜ければそんな雰囲気になってしまう。どんどん陽太の良いように自分の身体が開発されていくようで、いい気はしない。

(あ……まずい)

 綾瀬は今の状況に危機感を予期した。なにより、「そんな」雰囲気になっているのだ。

(課題をしなくちゃ、なのに)

 頬に手を当てられた手がゆっくりと綾瀬の頬から耳へ、骨格を確かめるようになぞっていく。焦らすような手つきに快楽へと自分から求めてしまいそうだ。

 陽太の髪が綾瀬の額へとかかる。さらさらと柔らかい髪がくすぐったい。耳元で甘い声で名前を呼ばれ、くらくらしてきた。ここの所課題に追われて陽太と触れ合っていなかったからか、陽太の匂いがやけに媚薬のように感じる。あとは理性との闘いで、すぐさま課題で頭の中が満たされ、思いとどまる。

(……危ない、陽太の好きにしてとか言いそうになった)

 課題があると断じて拒否するのを決意すれば、陽太と目が合う。不敵な笑みを浮かべこちらを見る様に言葉が詰まった。何度近くで見ても、陽太の整った顔は見惚れてしまう。

「紘、Trick or Treat?」

「……へ?」

「だから、Trick or Treat?」

 陽太は心底面白そうな顔でこちらを見てきた。おおかた、呆けた綾瀬の顔が想像通りだったのだろう。

 たしかに今日はハロウィンで、絶対言うとは思っていたのだが、このタイミングである。

(しかも、無駄に発音いいのが余計むかつく!)

「……はいお菓子」

 机の上に置いていたお菓子を入れ物ごと陽太へ押し付けると、きょとんという顔で綾瀬を見てくる。離れた反動でベッドから頭を起こすと、少しだけ伸びをしてパソコンへ目を向ける。

 ハロウィンもセックスにこじつけようとしたのだろうが、無駄に年はとっていない。初めてのハロウィンではお菓子を用意していなかったために強制的に性的な悪戯コース、翌年にはお菓子を用意していたが陽太が手作りのじゃなきゃ貰わないと言われ性的な悪戯コース、と言う経験を生かし、今年は手作りをしてきたのだ。

 もうこれで性的な悪戯はされまい、と、ちらり、と陽太を見る。陽太はというと静かにベッドの上に座っておりお菓子を凝視していた。綾瀬は得意げに頬を緩め、お返しとばかりに陽太へと手を突き出せば、陽太ははてと首をかしげる。

「陽太、トリック・オワ・トリート」

 満足な笑みを陽太に向けると、陽太は刹那に驚いた表情を見せたかと思うと、すぐにふっと鼻で笑う。

「紘、俺お菓子ないんだよね。悪戯で」

「……え? だって、俺があげた……」

「紘からは貰ったけど、それを上げるかは俺が決めるよ」

 にやり、とこちらを見る陽太に、自分は嵌められたのだと気付くのにはもう遅く。

「楽しみだなぁ、紘の悪戯」

「い、悪戯って、何すれば」

「そこは紘が考えるもんだろ?」

 陽太に悪戯する過程で結局綾瀬が「そういう」雰囲気になってしまい、終日過ごすことになり、翌日腰は痛いわかだいはおわってないわの二重の意味で綾瀬が泣きそうになり、その綾瀬に盛って襲われたのは言うまでもないことである。






(おわり)


 

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