figure skating

□ライバルでもあり恋人
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母校で卒業生の集まりがあったあの日。

僕は後輩である香織と出会ったんだ。

試合ですれ違ったりしていた事もあったが、じっくりと彼女のスケートを見るのは初めてだった。

<楽しそうに滑る子だなぁ>

彼女と話すと意外と普段と滑っている時とのギャップが激しくて笑ったのを覚えている。

ゲーム好きのオタク女子。

その言葉が一番当てはまる。

それから暫くは先輩と後輩だった。

憧れている選手も同じで、話も合ったしお互いが上を…高みを目指す気持ちも自分と似ていて合っていた。

そしてバレンタインの日に、彼女が手作りチョコをくれて、僕は一輪の薔薇を彼女にあげて恋人になった。

密やかな恋はとても楽しくて、二人でばれないのって不思議だねと笑いあっている。

そして彼女のプロフィールに憧れている選手に、自分の名前を見つけた時の嬉しさは半端なかった。


<自分だけの香織にしたい>

そう思い始めたのは最近だった。

けれど、僕も彼女も今が一番大事な時期でもある。

それに、彼女はやっとトップスケーターとしての道を歩み始めたばかりだ。

そんな彼女の未来を…と考えてしまう。

だから、シーズン前に彼女にカナダへ来ないかって言ったんだ。

全日本選手権で結果が出せたらと言っていた。

<やっぱり全日本って特別だよな…>

来年は完璧な演技で優勝したい。

結弦は香織のフリーを見ながら心に決めていた。

納得いくまで滑り終えた香織は、結弦が自分を見ている事に気づいた。

「結弦!?」

「よっ!」

「どうしたの??」

「ん〜会いたくなって会いに来た」

「ふふ、慰めて欲しかったの?」

クスクスと笑う香織に、結弦は不貞腐れた。

「違うし。香織に会いたかったんだよ」

香織は隣に座り、靴を脱ぎ始めた。

「そういう事にしておいてあげる」

「むー」

「ふふ、結弦。明日…完璧に滑れたらコーチに話すね」

「うん」

「頑張るから。見てて?」

「もちろんだよ」

鞄に靴をしまった香織は上着を羽織り、マフラーをぐるぐる巻いた。

「もこもこじゃん」

「寒いんだもん」

「確かに、寒いけどさ」

クスクス笑う結弦に不服そうにした香織。

「むぅ」

膨れ面をしながら、彼の後ろを歩いて服の裾を摘まんだ。

それに気が付いた結弦はクスクスと笑いながらゆっくりと歩いた。

「できるかな…」

ボソッと呟いた香織は歩きながら、弱音を吐きだした。

「私、突然のポッと出た私が…こんな点数もらっていいんかな…」

その後もぽつぽつと話す香織に結弦は静かにその言葉を聞いた。

「香織、香織はさ今まで自分の魅力に気づかなかっただけ」

結弦は彼女の手を取って、視線を合わせた。

「本当はいいものを持っていたのに、それに気づかなかっただけなんだよ?」

「結弦…」

「だから、これからは香織の時代だって言われるくらいに香織の魅力をアピールしていったらいいんだよ」

って僕も偉そうな事言えないけどさ。って言いながら笑う彼は本当に天使に見えた。

香織は結弦と別れた後、ホテルでお風呂を済ませベッドに入った。

結弦の言葉を反芻しながら眠りに落ちた。





翌朝

すっきり目が覚めた香織はリンクへ向かった。

公式練習までまだ時間があるが、練習用に押さえてもらったリンクでゆっくりと体を動かす。

本番では持てない杖を持ってフリーのプログラムを滑る。

「はぁ…はぁ…」

<臨場感を出せるように気持ちをもっていかないと…>

そう考えた香織は、リンクへ持っていく物の中にUSJで買った杖とスリザリンのローブをしまった。

公式練習の時間になり、香織はリンクへ向かった。

ジャンプの確認とリンクの感触を確かめた。

最終グループの最終滑走を引き当ててしまった香織は、初めての事で緊張が隠せないでいた。

<私は私の思い描くハリーポッターの世界を表現するだけ…>

音楽を聴きながら練習を終えた。

他の人の演技も目に入らないように、そそくさと会場を後にしてホテルに戻り順番を待った。


会場入りした結弦はそわそわしていた。

「羽生さんどうしたんですか?」

宇野昌磨と山本草太が心配そうに話しかけた。

「ん、いや女子の結果が気になってね」

「あ、そうですよね」

「浅田真央さん復帰ですもんね」

「それもあるけど…後輩がいるんだ」

「あ、もしかして風早香織さんですか?」

山本がそう聞くと、結弦は頷いた。

「そう。彼女は高校の後輩でね」

「じゃあ、東北高校出身なんですね!!」

「昨日の演技もすごかったですよね!」

「うんうん、蛮神シヴァが見えましたもん!」

ゲーム好きな二人が反応すると、3人がそろうとずっとゲームの話してるんだろうな…と結弦は何となく想像してしまった。

「お前ら二人と香織は話が合いそうだね」

笑いながらそう言うと、二人はやっぱり!と喜んでいた。

そして最終グループが会場入りし始めた。

「佳菜子!」

「あ、ゆづ!来てたんだ!」

「調子どう?」

「ん〜まあまあかな?」

「まあ、頑張れよ!」

「うん!ありがとね!」

「見てるからな!」

「ありがと!」

村上佳菜子を見送って、暫くしてから香織がやってきた。

「…香織」

「あ、先輩」

香織は宇野と山本がいるので先輩と呼んだ。

「それ、どうしたの?」

クスクスと笑いながら指さした。

「ちょっとでもイメージ膨らませようと思って…」

香織の姿はジャージにスリザリンのローブを羽織っていたのだ。

「コスプレだね」

「…笑い過ぎです」

むすっとした香織に、宇野と山本は可愛い人だなと思っていた。

「昨日のといい今日も楽しみにしてるよ」

「はい!見てる人に楽しい魔法の時間をかけてみせますね!」

懐から杖を取り出して、杖を構えた。

「わぁ!」

少年二人が驚いた事で、香織は改めて二人に挨拶をした。

「えっと、話すのは初めてですよね?風早香織です、よろしくお願いします」

「宇野昌磨です、よろしくお願いします」

「山本草太です、よろしくお願いします」

お辞儀をする三人に、結弦は礼儀正しい後輩たちだなぁって思っていた。

「今日の演技楽しみにしています!」

「あ、宇野君は同い年かなって思ったんだけど…」

「ん〜一個下じゃない?」

と、結弦が言うと香織は首を傾げた。

「え、そう?」

「あ、はい僕の方が年下だと思います」

宇野がそう言うと、香織は指を折って数えた。

「あ、そっか。私、結弦…先輩の2個下だもんね」

うんうんと頷く彼女に結弦はくすっと笑った。

<香織は本当に可愛いなあ>

「私がジュニアの頃から二人は注目されてたから、なんかちょっとアイドルと出会ったみたいかも」

そう言って笑う彼女は、演技で見せる彼女とはまた違っていた。

「でも、風早さんは僕らの間では結構知られてますよ?」

「「え??」」

香織と結弦は同じタイミングで驚いた。

4人は歩きながら話していた。


「だって、僕らの先輩でとってもジャンプとステップが上手な先輩と言えば風早さんでした」

「それに、僕らの年代であれだけストイックな演技を出来る人ってそういませんし」

と、後輩に言われて香織は照れていた。

「いやいやいや…ないって!!!」

と、声を荒げるとジュニア女子の面々や宮原、村上もやってきた。

「ゆず、香織ちゃんいじめてたの?」

「いや、それないからっ!!!」

「佳菜子先輩〜!」

彼女に抱き付く香織。

「香織、いつでも虐められたらいうのよ?」

「や、あのですね…後輩たちになんか…」

照れくさそうに言った香織に、村上は二人を見た。

「あ、あのですね…風早先輩がかっこいいっていっただけです!!」

「どうしたの〜?集まって」

「あ、真央ちゃん!」

ジュニア勢と香織はびしっと立ち尽くした。

「ゆず、佳菜子ちゃんもどうしたの?」

「香織が可愛いのとかっこいいって後輩に褒められて照れてたのをゆずが楽しんでみてたんだって」

村上がそう言うと、浅田は笑っていた。

「後輩いじめはよくないよ?」

そう言って笑って、浅田は戻って行った。


「やばい…めっちゃ緊張してきた…」

「間近で初めて見ました…」

ジュニア勢と香織は同じ心境だったらしい。

憧れの選手に会うとそういうもんだよな…と村上も結弦も思っていた。


「ほら、香織ちゃんは行こう」

そう言って村上が香織を連れ去った。

女子たちは各々散って行った。


残された男子は見送りつつ、近くのソファーで座っていた。

「あの、羽生さんと風早さんはどういう関係なんですか?」

宇野がそう聞くと、山本も気になったようで羽生を見つめる。

「ん〜内緒〜♪」

にこっと微笑んだ結弦に、二人は何となく悟ったが敢て突っ込みはしなかった。


そして最終グループの演技が始まった。

画面越しに演技を見守る。

誰もが浅田真央の演技に注目していた。

その中で香織は静かにストレッチしていた。

耳にはハリーポッターのサントラを大きめにかけながら。

村上がコールされて、香織は衣装を着に更衣室へ向かった。

今回の衣装はホグワーツの制服っぽく見えるような衣装である。

その上にローブを羽織ってリンクへ静かに向かった。

村上が演技を終えて、キスアンドクライに戻ってきた。

香織はお辞儀をしてリンクへゆっくりと降り立った。

点数が出るまでゆっくりとリンクを回り、リンクの状態を確認する。

そして、コーチの所へ戻ってくる。

「楽しい魔法を」

コーチにそう言われて、香織は静かに頷きセンターに立つ。

曲が始まったら手を突き上げ、杖を振るう仕草をした。

そこから香織のハリーポッターの世界が始まった。

最初のジャンプはトリプルアクセル。

アップライトファーストスピン。

スピードをつけてリンクを回り、曲に合わせて杖を振るように手を動かしコンビネーションジャンプに入る。

トリプルサルコウ+トリプルトゥループ+ダブルトゥループ。

最後を飛んだ時、まるで呪文を敵に打つかのように手を動かした。

まるで、ジャンプする事で敵を交わしたかのように見えた。

トリプルフリップを入れて、曲調が変化しハリーが苦悩したり、分霊箱を探す旅をステップシークエンス、コレオグラフィックシークエンスで表現していく。

トリプルサルコウ、トリプルループ+トリプルサルコウを入れて、場面転換していく。

演技後半でのジャンプの成功は得点に繋がる。

誰もが香織の演技に、見入っていた。

<後は後半のジャンプさえ飛べれば…>

と、結弦は画面の前でじっと香織の演技を見守っていた。

香織は音楽に乗りながら、時折挑戦的な笑顔を浮かべて楽しそうに演技をしていた。

ダブルアクセル+トリプルトゥループ、トリプルルッツを完璧に着氷して最後のスピン。

足変えコンビネーションスピン、レイバックスピンでフィニッシュを迎えた。

終わった瞬間、香織は息が完全に上がっていたが、満足そうに微笑んだ。

会場からはたくさんの拍手が響き渡り、テレビでは期待の新生が舞い降りたと放送されていた。


キスアンドクライに入ると、昨日に続きモーグリのとカーバンクルの人形を抱いてファンサービスしていた香織。

もちろんお礼を言うのも忘れない。

そして、結果は…新女王の誕生。

インタビューで、香織はあらゆる人に感謝の言葉を述べた。

「今、ここにこうして立てるのは自分を励ましてくれた一人の先輩のおかげです」

「その先輩はどなたですか?」

との記者の質問に、ちょっと照れくさそうに言った香織。

「母校の先輩である、羽生結弦さんです」

にこっと微笑んだ香織は、記者ですら戸惑うくらい可愛らしい笑顔を向けていた。

「先輩が負けるな、まだこれからだろうって声かけてくださらなければ、私はもう一度シニアの大会に出ようとは思えませんでした」

と、香織が告げる。

「もう辞めて、ただ楽しむ為にスケートをやろうって思ってました」

「それは選手を引退ってことですか?」

「はい。でも、羽生先輩が悔いが残るなら残らないまでやればいいじゃんと言ってくださり、私はこの全日本選手権を目指しました」

そう語った香織は、今までとは違い一皮むけた印象になっていた。

「では、これからはどうしたいですか?」

「世界でも通用するようなスケーターになりたいです」

ちょっと大きく出過ぎましたかね?って笑った彼女がお茶の間でも好評であった。

それから暫くして、世界選手権の選手が発表された。

黒の選手ジャージに袖を通した香織。

実感はまだ湧いてないけど、確かに事実でそれを隣にならんだ結弦を見て感じていた。

順番に挨拶をして、香織はちらっと結弦を見てから話し始めた。

「初めての世界なので楽しむ事と、色んな事を吸収して見てくださる方々に楽しんでもらえるようなスケートを出来るように頑張ります。出場する全員に応援をよろしくお願いします」

そう言ってお辞儀した香織に、結弦は彼女らしい挨拶だなっと思っていた。
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