figure skating
□ライバルでもあり恋人
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そして翌朝。
「おはよう」
「ん…ゆづる?」
「ほら、起きて?」
結弦に起こされて窓を見ると、一面の銀世界。
「綺麗…」
「だろ?」
「結弦、ちゃんと眠れた?」
「ん〜まあまあかな?」
<手を出したい欲望を抑えるのは大変だったけどね>
と、朝から苦笑いの結弦に香織は首を傾げた。
「女子のSPちゃんと見てるからね?」
「うん、結弦のもちゃんと見てるから…」
ぎゅっと抱きしめ合った二人は、しばらく窓の外を眺めていた。
それから公式練習の為に二人はリンクへ向かった。
今季のシーズンで私はシニア入りを果たした。
今まではあまりぱっとしない選手だった私は、今季初めて全日本選手権に駒を進めた。
結弦と出会ったあの日から、私のスケートが変化していった。
コーチにも物凄く驚かれるほどの変化で、自分では理解できなくてわけがわからなかった。
でも、演技を比べてみると、一目瞭然だった。
今までは表現力がどうしても伸び悩んでいたが、今シーズンの表現力は前のシーズンに比べてはるかに高い点数だったのだ。
恋をすると人は色んなものを得るというが、それが如実に現れている私は、とってもわかりやすい人間なのかもしれない。
そして私はずっと練習していたトリプルアクセルを今回の全日本で投入する事に決めた。
決まれば真央さん以来の快挙となる。
全日本選手権でのタイトルを取る事は、全てのスケーターの夢でもあり、登竜門でもある。
そこを超えてこそ、世界があるのだ。
「やれること、悔いのないように…」
ツムツムのプーさんをぎゅっと握りしめて公式練習へと向かった香織。
人の視線を感じながら、香織はコーチと共にジャンプの練習、確認を行った。
自分に与えられた時間で、通した練習も行った。
曲を変更した事で、周りの反応もあった。
「いいかい?自分がやりたい気持ちを込めてリンクへ向かうんだ」
「はい」
そう返事して香織はリンクの中心へ。
立ち方は武器を構えた光の戦士をイメージした。
蛮神シヴァの討伐戦を彷彿させるスケート。
目の前にシヴァが降臨して、光の戦士が討伐に挑む。
後半はノリのいい曲調でステップシークエンスが映える曲調でもある。
最後は静かに眠れと祈るように手を組んで終わる。
技自体も及第点ではあるが、きっちりと決められている。
「後は、本番でどこまで出来るかだな」
と、コーチの言葉に香織も頷いた。
そして、リンクを後にしてご飯を食べに出かけた。
ラーメンが食べたくて街に出た香織。
「あれ、奇遇だね」
そう言って声かけたのは結弦だった。
「先輩もラーメンですか?」
人の目がある所では二人は先輩と後輩。
「そうそう。だって、せっかく来たんだから食べないとね」
と、さりげなく隣に座る結弦。
二人は思いがけないデートを楽しんだ。
その後はお互い、自分の調整の為にそれぞれ戻った。
女子のショートが先に始まり、滑走順が最終グループの香織はゆっくりとストレッチした。
会場でウォームアップするために着替えた香織は物陰からの手に引っ張られた。
カメラの死角に連れ込まれた香織。
「!!?」
「しっ!」
声の主に驚いた香織は固まっていた。
「頑張れるおまじない。ちゅ…ちゅ」
結弦からのキスに驚きつつも香織は受け入れた。
「んっ…」
「ちゅっ…なんか俺の方がおまじない貰った気分かも」
ぎゅっと抱きしめた結弦は不安そうにしていた。
「結弦。ベストを尽くそう?全日本悔いがないように全力で挑もう?」
「…そうだね」
「それに、結弦には結弦しか表現出来ない事があるじゃない」
「それは香織もだろう?」
「うん、だからお互い悔いの残らない戦いにしよう?」
「ほんと、香織のそういう所大好き」
いつもの笑顔になった結弦に、緊張が解れて自分の演技に集中できそうだった。
「私も結弦大好き」
ぎゅっと抱きしめ合って二人はちょっとの時間の逢瀬を過ごした。
最終滑走ではないものの、順番が近づくにつれて香織は緊張していた。
滑走順が最後から二番めという事で変な緊張感もあるが、最後が宮原さん…全女王に少しでもプレッシャーをかけれたらいい。
と、心の中で暗示をかける。
そして名前がコールされた。
「30番風早 香織さん。東北大学所属」
シヴァをイメージするような真っ白なウェアを纏い、香織はリンクへ降り立った。
リンクの状態を確かめるように一周回り、立ち位置に着く。
手に魔導書を持っているように立つ姿。
シヴァを討伐せんとする光の戦士が氷上に降臨した。
最初の難所でもあるトリプルアクセルは加点まではいかなくても綺麗に降りれた。
そこからの演技は心の余裕も出来たのか、完璧に近い演技だった。
見る人が見ればそこに蛮神シヴァと光の戦士が戦闘しているようだった。
終わった瞬間。会場から物凄い拍手だった。
終わった安心感でちょっと放心していた香織はワンテンポずれて挨拶をして、ファンの人からの差し入れを受け取った。
中にはモーグリのぬいぐるみもあった。
嬉しそうに抱きしめて、キスアンドクライに入ってきた。
トリプルアクセルを飛んだ一人として女子フィギュアの選手として注目されるだろう香織の点数は80.25という高得点で1位を取った。
結弦はその結果に後押しされながら、フリーへの気持ちを高めていった。
渾身のSEIMEIは見る者を圧倒した。
ジャンプのミスはあったものの、四回転を決めていたため点数への響きは少なかった。
だが、彼にとっては満足いかない優勝だった。
香織は練習用のリンクでフリーの演技の確認をしていた。
フリーの楽曲はハリーポッターからだった。
この全日本選手権は自分の好きな曲で滑ろう。
と、心に決めていた。
そして、この結果次第ではスケートを諦め、勉学に集中しようと決めていたのだった。
「まだ私にも出来る事はある…明日は精いっぱいやろう」
もう一度最初から滑る香織。
その様子を静かに結弦は見つめていた。
<ほんとに綺麗だよな…あの日も楽しそうに滑ってた>