ちいさな夢

□ドッペルゲンゲル【錫高野与四郎】
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――あれは、喜三太だ。

一年生の水色で目立つ服がご機嫌そうに茶色い髪を揺らして歩いている。
私はそれを遠目で眺めていた。

同学年で友人の留三郎と一緒に居るので仲良くなった喜三太。
大切そうに手に持っているのは蛞蝓の壺だ。
この間留三郎の委員会の仕事を手伝った時に見せてもらった。

私に蛞蝓をみせてくれる喜三太の笑顔は太陽みたいに暖かかった。
蛞蝓はちょっと苦手だけども。

――今日もかわいいなぁ……

そう思って、見つめる喜三太の数歩先に四年の綾部喜八郎のトラップ印。

「あ」

喜三太が落ちてしまう。
先ほど綾部が掘っていた所を見たが、本格的で深い穴。
喜三太が落ちたら絶対に壺を割るし、大けが。
そして彼の愛する蛞蝓さんたちは――
そう思った瞬間私は全速力で喜三太のもとに駆け付け

「すとっぷ!」

と叫んだが、遅い。

「あ、なまえせんぱ――はにゃ!?」

足元の土が無くなって浮遊感を感じたのだろう。こちらに向いた喜三太は笑顔から驚きの表情に変わる。

その一瞬、私は喜三太を突き飛ばした。

喜三太は蛞蝓壺を抱きかかえてコロコロ転がって穴から逃れたが、私はそのまま真っ逆さま。


――本当、綾部、どれだけ頑張ったんだか。

これでもくのいち教室で6年間学んでいる身。
尻もちは付かずに、綺麗に着地したのはいいものの、
穴から這い出るための道具は持っていなかった。

しかも、穴は下にいくにつれて狭くなっており、助走をつけてとびあがることもできない。

壁に両手をついて突っ張りながら登ろうとしても
途中から穴が広がって、手が突っ張れなくなる。

「綾部腕あげたなぁ……仙蔵に報告しておこう。」


ひんやりとした穴の中のんきにそんなことを考えていると
可愛らしく私を心配してくれる声が上から降ってきた。

「なまえせんぱーい!!だいじょうぶですかぁ!?」

「だぁいじょうぶだよ。
急に突き飛ばしちゃってごめんね。
喜三太のナメさん、無事?」

「なまえ先輩が穴に落ちないようにしてくれたから、
僕とナメさんたちは無事です。ありがとうございましたー。」

私はホッとした。

「じゃあ今度は私を助けてくれないかなー。
上がれないの。
クナイ忘れちゃったからさ……悪いんだけど、誰か呼んで縄梯子とか持ってきてくれないかな?
あ!文次郎は駄目だよ!
鍛錬が足りないって怒られちゃうから!」

「はにゃーわかりましたぁ!
きっと助けます、待っててくださいねぇ!」

見上げる小さい空から喜三太の影が見えなくなってちょっと寂しい。
狭いところはあまり好きじゃない。

はやく誰か来てくれないかなぁ。

そう思って暫く待っていると小さな空に人影がまた現れる。
喜三太の影じゃないなぁ――誰かな。

「あや、おめー、おちたのかぁ。」

こんな話し方する人いたっけ?
思い当たる節がなくて知らない人だと判断した。

「あ、そうです。
上がれそうな道具持ってないんで困っています。
クナイ持ってたらかしてくれませんか?」

私の言葉を聞いて影の人はなんだか動きを一瞬とめてから
はっはっは と笑う声。

「いやー、随分と勇ましーこって。」

「いえ、くのたまですから。」

「ちーさくても、しっかりしてるくのたまだーネ。
将来がたのしみダ―。」

絶対、低学年だと思われてる。
そりゃ、穴に落ちるんだから高学年には見えないだろうけど、酷いなぁ。

「待ってろヨ。今、縄梯子かりてくっから。」

「あ、いえ。それは頼んだので大丈夫です。
ただ、クナイとか貸していただければ、
縄梯子、汚さずに済むので、貸してくださいませんか?」

学園で使用する縄梯子は主に用具委員が管理している。
この間縄の点検や手入れを手伝ったばかりだから、
授業以外で汚してしまうのも忍びない。

「まぁ、いいけどヨ、のぼってこれんのかー?」

「はい。頑張ります。」

クナイは鋭いから、土壁にそって滑らせるように落としてくれた。
二本あったら楽だけれど、他人の借り物だし、まぁいいかー。
お礼を言ってから私はクナイでざくっと土壁を登り始める。

右手で土壁を突き刺し、左手で一瞬土壁を掴みすぐに右手クナイを刺し込むを何度か繰り返して
案外ひょいひょい登っていけた。
穴から出るときは少し勢いをつけて跳んで着地する。

ふーっと額の汗をぬぐってクナイに付いた土を
ハンカチで丁寧に拭って汚れがないかを確認した。

「どうもありがとうございます。」

クナイを差し出しながら助けてくれた相手の顔をみる。

――あれ?

「留三郎?」

留三郎だ。
何故か山岳行者の格好に錫杖を持っている。
彼は鋭い目つきで口をぽかんと開けている。

「え、修行にでもいくの?
あれ、でも喋り方まで変えてたから、
なに、潜入?忍務?
わたしきいてないなぁ。あれぇ?」


混乱してきたぞ。
頭にハテナマークを沢山浮かべて考え込むと私を呼ぶ声が聞こえた。

「なまえせんぱーい!」

「あ、喜三太!」

考えるのが面倒くさくなったわけではないけれど。
くるりと振り返って胸に跳び込んできた喜三太を受け止めた。
抱きしめたいけど、クナイが危ない。頭を撫でてあげた。

「なんだなまえ。出れたのか。」

「あ、うん。そうなの。クナイ貸してもらって――
え?留三郎?え?」

喜三太の後を追って留三郎が肩に縄を巻いて走ってきた。
たぶん私を助けるために用意した縄だと思うけど、
それよりなにより、私にクナイをかしてくれたのも留三郎。
そして、私を助けに来たのも留三郎。

なにこれ。留三郎パラダイス?

「わかった、君、鉢屋三郎?」

クナイを貸してくれた彼に向ってびしっと
失礼だが指さしてキめた。
犯人はお前だ!てきな。真実はいつも一つ!てきな。

指された彼は一拍置いて顔を伏せて肩を震わせた。
次の瞬間、だっはっは と笑い始めた。目の端に涙を浮かべている。

私の胸にいる喜三太もはにゃーんと笑っている。

「ちがいますよぉ、なまえ先輩。
あの人は僕の風魔流忍術学校の先輩、錫高野与四郎先輩です。」

「すずごーや?」

「なまえ〜っ…おまえ、6年間一緒に居るのに、分からないのかよ。
伊作が泣くぞ。」

「そこは留三郎が泣いて頂戴よ。」

笑いがやっと治まったのか、錫高野与四郎さんは私の手からクナイを受け取って懐にしまう。

「いやーお前さんおもしろいおなごだーね。めんこい。」

そう言って彼は後輩の喜三太を抱き上げた。
喜三太の嬉しそうな顔をみて少し嫉妬したのは私だけじゃなくて隣にいた留三郎もだろう。
留三郎の目つきが少し鋭くなった。

「さっき与四郎先輩からもらったナメクジさんとお話してたら落とし穴に気づかなくってぇ。
落ちそうになったところをなまえ先輩が助けてくれたんですぅ。」

キラキラした顔をして喜三太がこっちを見たので私もつられて微笑んだ。

「そっか。喜三太がえれ―ところを助けてくれてありがとーナ。」

さっきから訛が強くてよくわからない言葉がちらほらある。
矢羽音で「留三郎通訳!」って言ってみたけど「自分でやれ」って言われてしまった。
きっと留三郎も分からないんだろう。

「えと、こちらこそ、助けていただいてありがとうございます。」

ぺこりと頭を下げると頭にがしっと重みが。
そしてわしゃわしゃと撫でられた。
頭巾がぐちゃぐちゃになるくらい強くてびっくりした私は錫高野さんの手を掴んで引き離した。

「あ、わるかったぁーな。つい。」

私はぐちゃぐちゃになった頭巾をはずして、むくれた。
結ぶのがめんどくさくて頭巾にひっつめていた髪がボサボサと、たいそう身眼悪いことだろう。
急いで頭巾をかぶりなおした。

「しばらく、いるのか?」

「ああ、ちょっとナ。いま山野先生が学園長先生と話してる所だーよ。
たぶんまたがせーさけしてもらうことになる。よろしくナ。」

「ああ。」

留三郎と錫高野さんが握手している。会話に付いていけない私は
喜三太に先ほど突き飛ばしてしまったときの怪我がないかチェックをしていた。

「んもぉ、大丈夫ですよーなまえ先輩。」

「だめ。心配だから。」

何やら照れている喜三太にお構いなしで私はべたべた触りまくる。
ポンっと膝を触った時、喜三太が一瞬顔を歪めたのを見逃さなかった。

「喜三太、医務室行こうね。」

「はにゃー…そんな大した怪我じゃないので大丈夫です。」

「だ、め。」

「でもぉ、僕、与四郎先輩とナメさんと遊びたい……」

「怪我を我慢してたら、
ばい菌はいっちゃって、足が腐っちゃって二度と遊べなくなっちゃうかもよぉ。」

「えー!!」

「こらなまえ。喜三太を怖がらすんじゃない。」

ペシンと留三郎に叩かれてしまった。
何気に痛い。今度しびれ薬饅頭を食べさせてあげよう。
私は溜息を少しついてから喜三太を抱き上げた。

「おねがい喜三太。私とっても喜三太が大好きだから、
小さな怪我でもすっごく心配なの。一緒に医務室いこ?」

おでこどうしをコツンと合わせてお願いすると、
可愛い喜三太は頷いてくれた。

「留三郎、医務室行くついでにその縄用具倉庫に戻してくるね。
助けに来てくれてありがと。
錫高野さんも、クナイかしてもらってありがとうございました。」

またあとで!
そういって喜三太が手をふった。
私は片腕に留三郎の縄を巻きながら
喜三太を抱きかかえたまま医務室に向かうのだった。




「おらの聞きまちげーかもしらんが、
あのなまえって子は、留三郎と同い年なんだべか?」

「――聞き間違いじゃねぇよ。
あいつはああ見えてもれっきとしたくのたま6年生だ。
ぼけーっとしてる奴だが、実力はなかなかだぞ。」

「はぁ〜、てっきり年下かとおもったさー。」

「……まぁ、うん。そうだな。」

「ああ、めんけーなぁ……」
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