Novel

□ぼくは秘密の宇宙と出会う
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 宇宙には地球人以外の生命体がいるということを、昔の学者は一生懸命研究していたらしい。ぼくに言わせればそんなことは母さんが毎日鏡に向かってお化粧をしているのくらい当たり前で、よく知ったことで、そんなことも知らないなんて昔の学者はばかだなぁ、なんて思ってしまう。
 この青い空のずっと向こうの、黒い宇宙には色んな生き物がいる。それこそ夜空に輝く星と同じくらい、たくさんいるのだ。ぼくはその全部を見たことはないけれど、それくらいは知っている。学校でも習う。人間以外にも色んな生き物がいて、それはみんな同じ命ですよ、と担任の福島先生は言っていた。地球と宇宙の中じゃ住んでいるところはとても遠いけど、でも生きているということは同じですよ、と。ぼくは、嫌いなピーマンの給食を時々残しちゃってもあんまり怒らないで「先生もピーマン嫌いなの」と笑って許してくれる福島先生の言葉だから、それが正しいと思っている。先生が宇宙人も同じ生き物だから好きだよと笑うから、多分ぼくも宇宙人のことを好きになると思うのだ。
 だからぼくは、宇宙人と出会っても優しくできる自信があったし、実際にそうした。
 ぼくは梅雨明けのからりとした空の下で、宇宙人と出会ったのだ。
 ここ三日間はずっと雨続きで、ぼくは橋の下の秘密基地のことをずっと心配していた。色んな人が捨てていったごみや、ぼくが集めたガラクタを合わせて作ったぼくの秘密基地。都心から少し離れていて、山に囲まれている田舎のこの町にはあまり人が通らない裏道がたくさんあって、そのうちの一つから繋がっている橋の下への抜け道しか、秘密基地には辿り着けないようになっている。雑草が覆い被さるように秘密基地を隠しているので、橋の上からは見えないようになっているのだ。ぼくはお気に入りの菓子パンについてくるシールをクッキー缶にいれたまま秘密基地に忘れてきてしまって、それがずっと気になっていたのだ。子どもの将来の夢の第一位に輝き続けるヒーローという職を担った、歴代の人気ヒーローのシールコレクション。少しずつ集めて、今は四十種類ほど集めている。それが無くなったら一大事である。雨の日は危ないからと言って母さんが川のそばには近づけさせてくれない。どうして忘れてしまったのか、とぼくは雨ばかりの空を睨みながら後悔し続けていた。
 そして四日目に突然晴れ上がった空に、ぼくは急いで家を出て秘密基地へと向かったのだ。ぼくのコレクション、大丈夫かな。誰も秘密基地のことは知らないはずだから、盗られる心配はないだろうけどもしもがあるし、雨の湿気のせいでふにゃふにゃになってたらどうしよう、と気を揉みながら。
 誰にも見られていないか周囲に気を配りながら、ぼくは小走りで秘密基地へと急ぐ。急激に気温があがったせいで、ぼくはずいぶん久しぶりに背中を汗がつうっと流れていくのを感じていた。額にも汗が浮かんでいて、川の水を被りたい気持ちになる。
 そしてぼくはようやく秘密基地にたどり着いた。秘密基地のドア代わりであるベニヤ板はちゃんと立てかけられたままで、ぼくはとりあえず一息つくことができた。ゆっくりと近づき、そっとベニヤ板を外す。しかし、あれ、とぼくは首を傾げた。ベニヤ板を外したというのに、中が見えないのだ。真っ暗だ、とぼくは心の中で呟く。秘密基地の中が見えない。日の光はちゃんと差し込んでいるのだから、そんなはずはないのに、と思いながらぼくが秘密基地の中を覗きこもうと顔を近づけると見えない壁に顔をぶつけた。驚いてぼくは飛び上がる。声をあげて数歩後ずさった後に、まてよ、と自分自身に尋ねた。今のは、本当に壁だったのか。それにしては随分と柔らかかったような。
 ぼくが眉間に皺を寄せていると、秘密基地の中身が動いた。正確には、ぼくが秘密基地の中身であると思っていた暗闇が動いたのだ。秘密基地の中を隙間なく埋めていた何かが身動ぎをして、そして秘密基地からのそりと出てきた。
 それは不思議な生き物だった。人間とはまったく違うものであるということはわかる。でも、だから何であるとは言いがたい、よくわからない生き物だ。そいつは立ち上がるとぼくの二倍くらいの大きさがあって、頭らしき場所には青白く発光するボタンみたいなものが三つついていた。それは順々にぱちぱちと瞬くので、ぼくはそれが目であると何となくわかった。でも、三つあるなんてやっぱりおかしかった。
 ぼくは驚いてそいつを見上げたまま固まっていた。そいつはどこかぼうっとした様子で遠くを眺めている、ように見える。大きな体は、熊のようにずんぐりとしていたが、手足は細く伸びていて筋肉質だ。目の横についた、左右に飛び出したひらひらは、まるでウーパールーパーみたいだった。昔連れていってもらった水族館で見たことがある。薄橙とか、薄桃のつるんとした生き物。それにどことなく似ているようだった。でも色は真っ黒だ。黒い中に、時折青白く光が見える。宇宙みたいだなと考えて、すぐにぼくは納得した。

「……あなたは、宇宙人、ですか」

 そうだろうとぼくの中には確証があったが、思わずそう聞いてしまっていた。宇宙人はゆっくりと首を動かして、青白い三つの目をぼくにむける。そして、目の下に切れ目が入ったかと思うと、その中から、ぼああ、という気の抜ける音がした。船の汽笛みたいだ。

「ぼああ」

 もう一度、宇宙人は口を開く。口の中も青白く光っていた。どうやらこのぼああ、というのが宇宙人の鳴き声らしい。ぼくはその中を覗きこみながら「宇宙人なんだね?」と念を押した。宇宙人は、今度は鳴かずに小さく頷くように頭を動かした。
ぼくはこの時初めて、宇宙人と面と向かって話をした。宇宙人が地球に来ていること事態は珍しいことじゃないけど、こんな風に田舎の片隅に隠れていることは珍しい。
何だか緊張していたけど、ぼくの頭の中には福島先生の言葉が浮かんでいた。宇宙人と、仲良くしましょうね、という言葉。とりあえずぼくは自分の名前を名乗ってぺこりとお辞儀をした。それから宇宙人の名前を尋ねてみたけれど、相手はやっぱり「ぼあああ」とか答えなかった。ぼくは困って首を傾げる。すると宇宙人も首を同じように傾げた。

「ごめんね。何を言ってるかちょっとわかんないんだ」

ぼくがそう謝ると、宇宙人は小さく、ぼあ、と呟いた。どうやらぼくの言葉はわかるらしい。

「ねぇ、きみのことウーパーって呼んでもいい?」

ウーパールーパーに似てるからなんだけど、とぼくが言うと宇宙人はゆっくり右から目をぱちりぱちりと閉じて考えた後、頷いた。宇宙人は、今からウーパーになった。

「ウーパー、きみはここで何をしていたの」

 そう問うた後に、ぼくは少し意地悪な顔をした。ここはぼくの秘密基地なんだから、勝手に入っちゃだめなんだよ、と言う。ウーパーはぼあぼあ、と言って困った様子に見えた。ぼくはウーパーがどうしてぼくの秘密基地にいたのかという説明を少しだけ待ってみたけれど、ウーパーはぼくに言葉を伝える手段を持っていないから難しいかと思い直して「まぁいっか」とため息をついた。それから良いアイデアが浮かんで、そうだ、とぼくはウーパーを見上げた。

「友だちになら、ぼくの秘密を教えてあげてもいいよ。だから、ね、ぼくの友だちになってよ」

 ぼくは、ともだち、と繰り返してウーパーに手を差し出した。お友だちになってください、一緒に遊んでください、はまず握手から。これもぼくが福島先生に習ったことだ。
 ウーパーはきょとんとしていたが、やがてぼくの差し出した手に自分の手を重ねた。ぼくはそれをぎゅっと握る。冷たいのに、でも内側が温かくて、不思議な手だった。ぼくはそれを上機嫌に上下に振って「はい、友だちでーきた」と笑った。
 ウーパーに一旦退いてもらって、ぼくはウーパーがぎゅうぎゅうに入り込んでいたせいで所々壊れてしまっている秘密基地の中を捜索し、目当てのクッキー缶を見つけた。ぱかりと開けて、中のシールが無事だったことを確認し、ふぅ、よかったよかった、と額を拭う素振りをした。

「ぼああ?」

 ウーパーはぼくのシールが気になるようで、後ろから覗きこんできた。ぼくは基地から出るとウーパーにシールを見せてやる。

「これはぼくの宝物だよ。ヒーローシールコレクション」

 缶の中を探って、ぼくは一押しのヒーローのシールを取り出した。それは最近活躍し始めた注目のヒーロー、ノヴァのシールだ。年齢は不詳だが今まで活躍してきたどのヒーローよりも若くて、そして世の女性を騒がせるイケメンだ。母さんもノヴァの活躍をテレビの前で応援している。ノヴァはただかっこいいだけじゃなくて、ちゃんと強くて、間違ったことは絶対にしない完璧なまでのヒーローだから、ぼくは好きだ。憧れている。ノヴァのシールはシークレットバージョンもあるのだけれど、ぼくはまだ当てていなかった。
ウーパーはノヴァのシールを見つめて首を傾げていた。かっこいいでしょ、とぼくが言うと賛同するように、ぼああとウーパーは答えた。その答えにぼくはにっこりと笑って、ノヴァのシールをもう一枚缶から取り出した。ノヴァだからまぁいいやと思って取っておいたダブりの一枚だ。友だちにあげようかな、と思っていたから今がまさにその時じゃないかと、ぼくはウーパーにそれを差し出した。

「はい、これ。友情の証にプレゼントするよ」

 ウーパーはまた目をぱちぱちとさせながら、ゆっくりとぼくが差し出したシールに手を伸ばして受け取った。不思議そうにまじまじと、ウーパーはシールをさまざまな角度から眺めている。やがてシールが台紙から剥がれることに気づいたらしいウーパーは大きな手を器用に使ってそれを剥がそうとしたが、ぼくは「だめだよ!」とそれを止めた。シールは台紙から離れてしまえばもうどこかに貼るしかない。それは「ぼくはここにずっとシールを貼るぞ」と決めた時にしかやってはいけないことだ。そういう、ぼくのルールがある。台紙からシールを外すというのは、シールとの別れでもあって、シールの独り立ちの瞬間だ。だからこそ、しっかりした貼り場所を見つけてから別れなければいけないのだ。ぼくはずっとそうしてきた。
 その旨を熱くウーパーに語ったが、ウーパーはわかったのかわかっていないのか、やはり「ぼあぼあ」と言うだけだった。
 ウーパーは言葉はしゃべれないけど、ぼくとの意思疏通に問題はなくて、ぼくたちはそのまま橋の下で一緒に遊んだ。ぼくはだるまさんが転んだをウーパーに教えてあげて、ウーパーはウーパーの故郷の遊びを教えてくれた。まるで魔法のように何もない空間からウーパーは青く発光するボールを取り出して、それをぼくに向かって投げてよこした。そのボールはふわふわとゆっくり進んで、意思を持っているかのようにぼくの周りを泳いだ。ぼくはそれを捕まえようとしたけれど、急に素早くなってひゅんひゅんと飛び回るから捕らえられない。わたわたとしている間にボールは地面について、ぱしゃんと割れて飛び散った。あーあ、とぼくが言うと散ったはずのボールがもこもこ、と動いて集まり、再びボールに戻った。驚くぼくに、ボールはふわりと舞い上がって、今度はぼくの手に自分からすっぽりと収まった。なんだか可愛く思えて、ぼくはそれをよしよしと撫でてやった。

「ぼああ、ぼあ」

 ボールと戯れるぼくに、ウーパーが声をかける。少し距離をとって手を振るウーパーの意図を察して「いくよー」とぼくはボールを投げた。再びふわふわと飛んでいくボールはウーパーの周りをぐるぐる回ったが、ウーパーは捕まえるフェイントをしてボールを混乱させ、さっと見事にボールを捕まえてみせた。ぼくは歓声をあげて手を叩く。それからぼくもさっきウーパーがやったように手を振って、もう一回投げて、とウーパーに頼んだ。

「ぼぼあ」

 ウーパーがぼくにボールを投げる。ぼくは、さっきウーパーがやったみたいにボールを混乱させようとしたけれど、これがなかなか難しい。結局またボールにからかわれて、地面に落としてしまった。

「ぼあ、ぼあ」

 ウーパーが笑っている。声の調子でそれがわかって、ぼくはむきになって「もう一回!」と挑戦した。
 何度か繰り返すうちにぼくは上達して、ボールを捕まえることができるようになっていった。ウーパーが教えてくれた遊びはとても面白くて、気づけば結構長い時間遊んでいた。橋の下は影になっているし、そばを川が流れていることもあって他と比べれば涼しいけれど、汗はびっしょりとかいていた。ぼくは川の水で顔を洗って、Tシャツでごしごしと拭った。それでちょっとはすっきりしたけれど、ぼくはとても喉が乾いていた。今日は秘密基地を確認してシールを取りに来ただけだから、水筒をもってこなかったのだ。それに母さんにもちょっと出掛けてくる、としか伝えていない。そろそろ帰ろうかな、と思ってウーパーにそれを伝えた。

「……ぼああ」

 少しだけ寂しそうにウーパーは頷いてくれた。

「ねぇ、明日も一緒に遊ぼうよ。ウーパーは、どこに住んでいるの?」

 本当は今日も家に帰ってからまた遊びたいのだけれど、午後からは塾に行かなければならないのだ。明日は学校も休みだし、習い事もないから水筒をもって遊びにこようとぼくは考えてそう尋ねた。けれどウーパーは悩むような様子を見せてから、ぼくの秘密基地を振り返った。ぼくは首を傾げる。ウーパーはボールを手の中でころころと転がしていた。

「……ぼあ」

 ウーパーが控えめに秘密基地を指差したことで、ぼくはようやくウーパーの言わんとしていることに気がついた。

「もしかして、ここに住んでるの?」

 目を丸くするぼくに、ウーパーはこくこく、と頷いた。この秘密基地はぼくしか知らないものだと思っていたが、そうではなかったらしい。まさかここに住んでいたなんて、と思っていつから、とか、どうして、とか尋ねてみたけれどそれは答えたくないらしく、首を横に振られてしまった。嫌なことはしちゃいけない、とぼくはその質問を全部まあいいやで片付けると話題を変えた。

「じゃあ明日もここに来たら会えるってことだよね」

 ねぇ明日も遊ぼうよ、とぼくはもう一度ウーパーを誘う。今度は素直に頷いて、やった、とぼくは声を弾ませた。
 別れ際に「今日からこの秘密基地は、二人の秘密基地だからね。友だち以外には教えちゃいけないんだよ」とぼくが念を押すと、ウーパーはぼくがあげたシールを掲げて、上機嫌に「ぼああ」と返事をしたのだった。
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