Novel

□永遠の子どもたち
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 俺が日記を書こうと思ったのは、とある人物の日記を差し出されるという形で読んでしまったからだ。
 その日記には唯一続いていく、記憶が記されていた。




 時の止まった子どもたちが暮らすその施設は、子どもたちに「スクール」と呼ばれ、そしてそこには先生と生徒という関係が存在した。
 エイイチは、十四歳の時にその時を止めた。体が一切成長をしなくなり、永遠に子どもの姿のままで生きていくという謎の病気に感染してしまったのだ。酷く珍しいこの病気はほとんどのことが解明しておらず、もちろん治療方法もわかっていない。いかにして感染するのかもわかっていなかったため、この病気にかかったものは周囲から隔離されてしまうのだが、それには他にも理由があった。「永遠の子ども」の病におかされた者は、特殊な能力を得るのである。空を飛んだり、水や炎を操ったり、動物の声を聞いたり。おおよそ魔法とされるような不可思議な能力が身につくのである。超人的な力を手に入れる代償のように、子どもの時は奪われていく。
 そんな摩訶不思議な存在へと変わった子どもは、これまで通り生きていくことはできない。成長しないことはやがて周囲に気づかれてしまうし、異常な能力は警戒される。エイイチもまた、周囲に異端の目で厳しく見られたのであった。
 それでも救いであったのは、一年ほどでスクールに入学することができたことだ。永遠の子どもたちは、スクールで周囲とは隔絶され、独自の生活を送っている。スクールを管理する先生と呼ばれる人物が、世界中から病気に感染した子どもたちを保護し、居場所を作り、また研究してその治療法を探しているのだという。エイイチの両親はこの存在を知り、すぐにエイイチにスクールに行かないかと相談を持ちかけてくれた。両親だけはある日突然空を飛び始めた息子を愛し、ひっそりと育て続けてくれていた。エイイチはそんな両親のもとから旅立つのは惜しかったが、しかし家に居座っても大好きな両親に迷惑をかけるだけだと決意し、スクールへの入学を承諾した。
 そしてエイイチはスクールへと、自分の居場所を求めてやってきたのだ。エイイチを含めて二十名ほどが、新入生としてスクールに入学した。迎え入れられたその場所は、小さな孤島に要塞のように建設された、子どもの楽園であった。皆、幼い容姿をしており、しかしそれぞれが自分の役割を持ち、スクール内で生活を営んでいる。エイイチは他の新入生とともに、先生と呼ばれていた柔和な笑みを浮かべる老人に挨拶をし、そして先生の生徒となったのだ。
 エイイチは、そこで初めて自分と同じ病気の患者と出会う。中でも最も深く大きな出会いとなったのは、スクールの上級生であるミハイルとの出会いであった。新入生は自分が所属する寮の寮長を務める上級生に指導してもらい、スクールでの生活に馴染んでいく。新入生のうち、十名がミハイル寮長率いる寮に所属することとなり、エイイチはミハイルの指導を受けることとなった。ミハイルは雪のように白い肌と、白の強い柔らかな金髪の少年で、一見すると少女と見間違えるかのような美しい子どもだった。先生と初めて対面した時、その傍らに佇んで、人形のように凛とした表情を浮かべていた。アジアの血を濃く継ぐエイイチにとって、ミハイルは絵本の中に登場する貴族のような遠い存在に思えた。後から知ったことだが、ミハイルはロシア人で、エイイチのような黒髪に憧れがあるのだと告白してくれたこともあった。
 ミハイルとは、そんな他愛ない話ができるほどに打ち解けたのだ。最も親しくなった人物であると言って良い。そんな彼と親しくなるきっかけとなったのは、確か入学からしばらく経った昼食の時だったように、エイイチは回想する。



「あの、ここ、良いですか」

 食堂はどこも席がいっぱいで、昼食に出遅れたエイイチは知った顔の席を見つけることができずにいた。ぽつぽつと空いている席も、上級生が使っているため、隣にはどうも入り込めない空間ばかりで、ようやく見つけたのが、自身の指導者であるミハイルの向かいの席だったのである。ためらいがちに声をかけて、食事の乗ったプレートを握っていると、声をかけられたことに驚いた様子のミハイルは目を見開いてその澄んだ瞳にエイイチを映しこんだ後、にっこりと破顔して「どうぞ」とエイイチに席を勧めてくれた。

「ありがとうございます」

 エイイチはぺこりとお辞儀をして、ミハイルの向かいに座った。ミハイルも食事を始めたばかりのようだと、エイイチはちらりと相手のプレートを覗きこんで安堵した。これなら少し会話をしても、食事を終えた相手を捕まえずに済む。

「席、空いてなかったの」

 ミハイルにそう問われてエイイチは苦笑して頷いた。

「はい。ちょっと出遅れたら、座れそうなとこなくて」

 いただきます、とエイイチが食事を始めると、ミハイルも食事を再開して「上級生がいっぱいだと、座りにくいよね」と穏やかにエイイチの状況を理解してくれた。一応、食堂の端の席が暗黙の了解として新入生が集まる席にはなっているようだが、席が埋まってしまえばそこにも上級生が座る。遅れた新入生は肩身が狭い思いをして、少しずつ空いた席にそっと座るしかないのだ。

「やっぱり新入生優先の席を、しっかり作るべきかなぁ」

 ミハイルは上級生で、さらには寮長を務める者らしく、エイイチたち新入生が快適にスクールで過ごせるように色々と気を回してくれている。しかし自分が席をうまく確保できなかったことでわざわざそんな制度化の話まで持ち出さなくても良いだろうと、大丈夫ですよ、と付け加えようとした。だがそれを告げる前に、背後から「おい」と低く声をかけられて、驚いてエイイチは口をつぐんでしまった。

「俺の席がないぞ」

 エイイチは声の主を振り返って、それが副寮長であり、もう一人の自分の指導者であるジョナサンであることに気づいて慌てた。ジョナサンはミハイルと大体行動をともにしている。役職的にも、本人たちの親しさ的にもそうなのだろうとエイイチは知っていたのだ。ミハイルの向かいが空いていたのは、恐らく偶然ではなくジョナサンのための席だと皆気づいていたからだ。柔和な雰囲気を醸し出すミハイルとは違って、ジョナサンは褐色の肌と鋭い目付き、そして新入生にも容赦をしない厳しさから周囲に恐れられていた。エイイチも少しばかり苦手意識を持っている。慌ててエイイチがすみません、と席を立とうとするのをミハイルが手で制した。中途半端に腰を浮かしたエイイチは混乱の表情でミハイルを見て、そしてジョナサンを振り返る。

「こっちはもう満席だよ。他を当たりなよ」
「いつもはお前が俺の席を用意してるだろ」
「いつ僕が君の分の席を確保したって? たまたま空いてただけだよ」

 なぜか喧嘩腰のミハイルに、エイイチはおどおどしながら身を固くしていた。ジョナサンは、ちっと舌を打ってすたすたと去っていくと少し距離のある席にどかりと座り込んだ。その周囲では生徒たちが少し怯えた様子でそれを意識し、そしてざわざわと通常の雑音に戻っていく。

「僕は毎日毎日あんな仏頂面とご飯を食べたくはないんだけど、他の席だと生徒を怖がらせちゃうからね。自然と僕の向かいはあいつのために空いたままになるんだよ」

 ミハイルはジョナサンが席についたのを目で追って確認した後、ため息をつくようにそう言った。やれやれ、という様子で再度食事を再開する。未だに中腰になったエイイチに気づくとミハイルは吹き出して、ごめんね、と言った。

「あいつのことは気にしないでいいよ」

 手をひらひらと軽く振って見せるミハイルに、エイイチはそっと席に座り直しながら「……仲、悪いんですか?」と聞いてしまった。ミハイルはそれに気を悪くした様子はなく、仲が良いとか悪いとかはないよ、と答えた。

「ヨナとは腐れ縁なんだ」

 ジョナサンのことを、愛称のヨナで呼び、目を伏せたその表情からは決して嫌悪やその腐れ縁を嘆く様子は窺えなくて、やっぱり仲は良いんだろうなとエイイチは自己完結させた。腐れ縁とだけ、いつも一緒にいるわけではないだろう。役職として過ごす時以外も、まるでミハイルの隣に控えているかのようにジョナサンは立っている。口は悪いが、主人に使える従者のようなものをジョナサンは連想させるのだ。
 腰を落ち着けて食事をして、他愛のない会話を少しした後に、エイイチはミハイルにいつから寮長をしているのか、と何気なく問うてみた。見た目はジョナサンの方が年上だが、スクールでは見た目の年齢は当てにはならず、ミハイルの方が昔からスクールにいたのだとエイイチは噂で聞いたことがあった。ジョナサンもいつからスクールにいるのか不明なほどの古株で、二人はもはや半ば先生と同じ立場にあると、教育を受ける新入生たちは口々に言って尊敬の念を示すのだ。
「いつからだったかなぁ」
 エイイチの質問に、ミハイルはプレート上の食事を平らげてしまいながら暢気に答えた。「ずっと昔だよ。もう忘れちゃったけど。ヨナはね、気づいたら僕の隣にいたんだ。それからずっと一緒にいる。だから腐れ縁なんだ」
 どこか楽しそうに、そしてどこか物悲しい顔をして淡々とミハイルは答えた。その言葉をエイイチが噛み砕いて飲み込む前に、にこりと笑みを浮かべるとミハイルはプレートを持ち上げて席を立った。ちょっと用事があるから、お先に、と言って去っていったミハイルの背中には、長い年月と感じさせ、しかし永久的にその姿を変えない長くて白い髪が三つ編みにされて揺れていた。
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