今夜も君を待っている

□さよならのぬくもり
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こんなもんか、と息を吐いた。今回盗みに入るのは美術館。結構大きいから時間はかかったけど、警備員の巡回のタイミング、部屋の構造、監視カメラの位置などは粗方分かったし。そろそろ切り上げよう。
この時、意外に少ない監視と久々の仕事を無事に終わらせられた安堵で、私は完全に気が緩んでしまっていた。

――チャキッ

「動くな」
「っ!?」

背筋が凍った。冷や汗が一気に噴き出る。
一瞬の油断が命取りになる、なんて初歩的なこと、わかっていたつもりだったのに。後悔先に立たず、とはこのことだ。

「…なーんて。冗談だよ」

打って変わって明るい声がして、一気に空気が変わる。
恐る恐る後ろを振り向けば、そこにいたのはキャップからタートルネック、デニム、スニーカーに至るまで全て黒一色の少年が立っていた。
初めて会うような気がする…というか帽子のせいで顔がほぼ隠れていて見えないので、誰なのか判定のしようがない。

「油断しすぎだっつの」
「だ、誰?」
「ふふ、わからないんですか?」

いや。その手に握られている銃には見覚えがあった。それにその声も。
顔を拭う仕草をする少年、その下から現れる白に思わず声を上げる。

「怪盗キッド…!」
「ご名答」

息を呑んだ。そうだ、この声はこの気障な怪盗の声だ。
そして少し心配になった。ここ監視カメラ付いてるんじゃ…? こんなに派手なことして大丈夫なんだろうか。

「あぁ、ご心配なく。カメラなら全て止めていますよ、タイムリミットはありますが」
「考えてること読まないでよ! しかしまた現場が被るとはね」

ま、今回は狙う物がそれぞれ違うけど。
そう続ければおや、と片眉を上げられる。

「あなたの狙いは宝石でしょ? 私が今回盗むのは絵画だもの」
「先ほどの慢心ぶりでは、それも危ういですがね」
「うるっさい!」

噛み付くが、意外なことにキッドは心配そうな表情をしていて。

「危なっかしくて…見ていられませんよ」

ひどく優しげな声音。狼狽えて後退る私とは反対に近づいてくるキッド。私の歩幅はだんだん狭くなり終いには立ち止まって、彼は大きな一歩で一気に距離を詰めた。

「怪我は? もういいのか?」
「う、うん…」
「…よかった」

戸惑いながら頷けば、思い切り抱きしめられて。

「ひゃ…っ」
「…抵抗、しねえの?」
「し…ない、よ」

固まったままの私にキッドが問う。
それにぎこちなく。しかしはっきり肯定の意を示せば、回された腕に込められた力が強くなった。
キッドの胸に顔を埋めるような体制に、思わず赤面する。

「っ!」

それでも大人しく、胸元に頭を預ければ今度はキッドが固まった。
どくりどくりと速い鼓動が耳に伝わる。あ、緊張してるの、私だけじゃないんだ…。
それがなんだか嬉しくて、そっと腕をキッドの背中に回す。

「ずりーぞ…」
「あんたがそれ言うの?」

頬に赤く染めたキッドを見上げて笑った。
コンニャロと呟いた彼が思い出したように懐中時計を確認する。

「さて…名残惜しいですが、タイムリミットのようです」

もう一度私をきつく抱きしめたキッドが、耳元でそう囁く。
そういえば、さっきそんなこと言ってたような…。あぁなるほど。カメラが止まるのが数分ならただの不調で済むかもしれないが、止まったままでは流石に怪しまれる、ということか。

「それでは、」
「ぁ…待って」

思わず離れていくキッドの袖を掴んで制止する。

「この間は…ありがとう」

そのまま礼を口にすれば、ぽかんとしていたキッドがにかっと笑った。
いつも見せるのとはまた違った笑顔に胸が高鳴る。

「…またな!」
「っ!?」

不意打ちで鼻の頭にキスされ、驚いて思わず目を瞑ってしまう。
その隙を突いて姿を消したキッド。相変わらず鮮やかな手口だ。
一人残された私はそっと掌を握った。
彼に触れていた箇所がまだ温かい気がして、その熱を逃したくなかったから。






 
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