賢者の石
□舞台裏の攻防
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イギリスの十一月は寒い。
日本の秋のような期間がなく、あっという間に気温が下がる。比較的暖かい場所で生まれ育ったユックリは急激な気温の変化に戸惑っていた。
フラッフィーに噛まれた右脚は治りが悪かった。止血薬が切れるとすぐに血が滲み出すのだ。
禁じられた廊下で三頭犬に噛まれたことを、ハリーたちだけには話してある。ヒョコヒョコ歩いているのに隠せるはずもないからだ。ただ、三頭犬のところに行った理由は「スネイプの行動を不審に思った」ということにしておいた。
クィレルに怪しまれたかもしれないが、やつの前でも堂々と、普段どおりに振る舞ってみせた。挨拶もするし、授業のことでハーマイオニーと質問に行ったりもした。
今のところ危険な兆候はないが、油断はできない。隠し事をしてるやつは、他人の隠し事にも敏感なものだ。
ハリーの初試合となるグリフィンドール対スリザリン戦を明日に控え、ハロウィン以来すっかり仲良しになったユックリとハリー、ロン、ハーマイオニーの四人は、寒空の下を身を寄せ合って散歩していた。
寒いのは嫌だとゴネたのだが、ハリーが人のいないところに行きたいと言うので、仕方なくユックリも一緒に来ていた。
寒い寒いと言うユックリのために、ハーマイオニーは魔法の火をジャムの空き瓶に入れて即席のホッカイロ(?)を作ってくれた。
でもハリーが会いたくないと思っている時こそ、スネイプはハリーを見つけるものだ。案の定スネイプが現れて、ハリーを見つけるなり近寄ってきた。
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人はとっさに固まって瓶を隠した。
「そこで何をしている?」
スネイプが高圧的に聞いた。
「立ってます。いけませんか?」
ハリーが言い返した。スネイプの態度も悪いが、ハリーもけっこう生意気だとユックリは思った。
「そこに持っている本は何だね?」
ハリーは本を差し出した。ハーマイオニーから借りた「クィディッチ今昔」だ。
「図書館の本を城外に持ち出してはならん。グリフィンドールは五点減点」
スネイプが城に戻っていくと、ハリーは怒りで歯をむき出した。
「規則をでっち上げたんだ!」
ユックリはスネイプの後ろ姿をぼんやりと見ていたが、ふと最初の授業の時にハンカチを借りたことを思い出した。確かカバンに入れっぱなしにしていたはずだ。
「ごめん。僕、ちょっと用事」
「え? どこ行くの?」
ロンの質問には答えず、ユックリは背中を向けたまま手を振った。
城に入られたら見失ってしまうので、ほとんど片足で跳ねるように走った。衝撃だけでも脚は死ぬほど痛かったけど、なんとか樫の扉の前でスネイプに追いつけた。
「先生、ちょっと待ってください」
スネイプは振り返り、ユックリを見るなりまたかという顔をした。相変わらず失礼な人だ。
「そんな嫌そうな顔しないでくださいよ。ハンカチを返そうと思っただけですよ」
カバンの中から灰色のハンカチを取り出し、スネイプに差し出した。端っこがちょっぴり折れているのが気になるが、洗ったのできれいなはすだ。
スネイプは無言でハンカチを受け取ると、じっとユックリを見下ろした。
「どうもありがとうございました。それじゃ…失礼します」
「待て」
呼び止められ、何事かと首を傾げる。
「血が出ているぞ」
スネイプが足下を指さした。ユックリは下を向いた。なるほど、石段に血の斑点ができている。
「来なさい…手当てくらいしてやろう」
素っ気なくそう言うと、スネイプは職員室の方に向かった。ユックリは物珍しげにスネイプを見ながらついていった。
職員室には誰もいなかった。スネイプはユックリをそこら辺の椅子に座らせると、杖を振って暖炉に火を入れ、棚から救急箱を持ってきた。
ローブとズボンを捲り上げると、包帯がゆるんで血が滲んでいた。スネイプはため息をついた。
「安静という言葉の意味を知っているか?」
「知ってますよ。まったく、素直に無理するなと言えないんですかね、あなたは」
苦笑混じりにそう言ったら、思いっきり睨まれた。