Longbottom's Tale

□第六章「内なる領域」
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早朝誰よりも早く目を覚まして、ケイは手触りのいい真紅の掛け布団を押しのけ上半身を起こした。
正直ほとんど寝てはいなかった。ウトウトしては目を覚まし、またウトウトするのを繰り返していただけだ。自分でも難儀な質だと思うが、カーテンの仕切りがあるとはいえ慣れない部屋の真新しいベッドで、話したこともない子供たちと一緒にぐっすり眠るなんてできなかった。
ベッドに腰かけたまま上半身を捩じってみた。緊張と睡眠不足で身体が強張っているのがわかる。目元は引きつり、頭は痺れていた。頭を振って立ち上がると、ベッドを簡単に整え、トランク――寮についた時には屋敷しもべ妖精が各々のベッドに運び込んでいた――から着替えを入れた袋を引っ張り出し、まだ寝息を立てている同級生を横目に部屋を出た。
談話室にも人気は無く、弱々しい火が残る暖炉の薪だけが時折パチパチと音を立てていた。男子寮と女子寮に分かれた階段下の間にある扉を抜けると、そこは小さな小部屋になっており、正面と左右に三つの扉があった。左右の扉にはそれぞれ男性と女性のマークの装飾があり、正面の扉にはローブのマークが見てとれた。原作では描写されておらずケイも知らなかったことだが、どうやら監督生専用の風呂とは別に、一般生徒たちが使う大浴場があり、それは各寮に配置されていると推測された。
ケイは女性のマークがある左の扉を開け、ロッカールームに入った。松明の柔らかい明かりだけが頼りで、室内は薄暗かった。もっともケイにとってはその方が都合がいい。たとえ同性相手であっても、人前で素肌を晒すのは極力避けたい。
手早く服を脱いで新品の衣服と入れ替えに袋に押し込むと、ロッカーを閉め、浴室に続く扉の側にある棚からバスタオルを一枚取って、扉を押し開けた。
早朝で誰もいないが、広々とした大理石の浴槽には湯が張られており、誘うように白い湯気が上がっていた。魅力的ではある、と思った。ケイはそろそろと浴槽の縁に近づいた。お湯は入れ替えたばかりのように澄んでいるように見えた。
ケイは踵を返して壁際に並んで配置されているシャワーの方へ向かった。シャワーは一つずつ石壁で遮られており、ちょうど腰の辺りを隠すような位置に戸がついている。一番手前の戸を押して中に入り、蛇口をひねった。熱い雨が頭上から降り注ぐ。ケイは石鹸で手早く髪と身体を洗うとシャワーで泡を流し、それから浴槽の湯に浸かった。十一歳の子供には似合わない年寄りじみたため息がこぼれた。
「極楽♪ 極楽♪」
普段なら不特定多数が出入りする大浴場の湯に浸かるなんてしないのだけど、ホグワーツの風呂は魔法でいつもきれいに保たれているのではないかと勝手に確信していた。なんにしてもまだ日も登らない早朝からこんな大きな風呂を独り占めできているのだから、たまにはのんびり湯船に身体を浮かしても罰は当たらないだろう。
寝不足も手伝ってぼんやりと暗い天井を見上げていると、ふとこれからのことが頭に浮かんだ。私はロングボトムとして何をしなければならなかっただろうか、とケイは首を傾げる。たしか、金曜日の魔法薬の授業でおできを治す薬の実験に失敗しないといけないはずだ。
ケイはうめき声を漏らした。何が悲しくてわざと痛い目に遭い、同級生の笑い者にならないといけないのか。それ以上におできだらけの顔をハリーやスネイプに見られるのは嫌だった。しかしもっと悪いことに、その次には飛行訓練の授業で箒から落ちて手首を折らないといけないのだ。そうしないとハリーがドラコと争うためのフラグが立たない。
ケイはもう一度うめいて立ち上がり、腹立たし気に飛沫をまき散らしながら湯から上がった。シャワーでざっと身体を流してからタオルに包まり、ロッカールームに引き返した。
初めて自分がロングボトムであることを呪いたくなった。ネビルではなくケイである自分に魔法薬がうまく調合できるか、箒にうまく乗れるかは定かではないが、もし人並みにできたとしたらわざと失敗しないといけないわけだ。それは逆に難しく感じられた。わざと怪我をするのもある種の勇気が要る。
ケイはくしゃみをした。物思いに耽ってのろのろ着替えている間に湯冷めしてしまったらしい。生乾きの髪のままロッカールームを出て、ローブのマークがある真ん中の扉を通ってタオルと洗濯物を籠に放り込むと、寮の部屋に引き返した。
寮部屋の扉を開けると、円形に四つ置かれた天蓋付きベッドのカーテンの一つが開けられた。扉から見て奥の二つのうち、右――ケイの左隣のベッドだ。栗色のふさふさした髪に、利発そうな薄茶色の目をした女の子だ。もうローブに着替えている。
言わずもがなハーマイオニー・グレンジャーだ。ケイは元から知っているが、寝る前に簡単な自己紹介はしているので、お互いに名前と顔くらいは認識している。
ハーマイオニーはケイに気づくとチラリと歯を覗かせて笑った。前歯がちょっと大きいけど、顔立ちの整った子だとケイは思った。
「おはよう」とハーマイオニーが言った。
「おはよう」とケイも返した。
「お風呂に入ってきたの? 髪をちゃんと乾かした方がいいと思うわ。跳ねちゃうわよ。それに風邪も引くわ」
うーん、とケイは曖昧な返事をした。なるほどお節介だと思った。おまけによくしゃべる(別に気に障ったわけではなく単なる感想だが)。ケイは髪を乾かそうとはせず、そのままマグルの服の上からローブを被った。袖をピンと伸ばしていると、左胸にグリフィンドールの寮章が刺繍されていることに気づいた。マダム・ポンフリーが言った通り、組分けが済むと自動的に魔法で刺繍されたようだ。
個人個人に割り当てられた小ぶりのタンスに普段は必要ない三角帽を押し込んだところで、残りの二人も起きだしてきた。ケイの右隣がラベンダー・ブラウン、ハーマイオニーの左隣がパーバティ・パチルだ。二人はハーマイオニーより子供っぽい印象で、昨日も寝る前にハリー・ポッターの話でキャッキャと盛り上がっていた。
「おはようケイ。よく寝れた?」
ラベンダーが明るく声をかけた。
「まあね」ケイは微笑した。
「今日から授業ね。どんなことするんだろう。ドキドキするわ」
各々カバンに必要なものを詰めたり、クシで髪を梳いたりしながら、おしゃべりは続く。
「ねえ朝ごはんって何時から?」パーバティが聞く。
「授業は九時からよ」ハーマイオニーが得意げに答えた。「朝食はだいたい始業までの二時間くらいだって昨日パーシーに聞いたの。今はもう七時半だから、早い人はもう広間にいると思うわ」
「じゃあ私たちも行きましょうよ。お腹空いちゃった」
ラベンダーの提案に二人は頷き、手招きで急かされたケイも一緒に部屋を出た。
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