Bon appetit
□3話 ポーカーフェイス
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「悪い。別れて欲しい」
半年前から付き合っている彼女にそう告げたのは昨日の夜だ。
先週、井ノ原くんの妹に人生初めての一目惚れをしてから彼女の事しか頭になくなってしまった。
案の定、プライドの高い彼女は置き土産に俺に対する罵詈雑言と、強烈なビンタをお見舞いして部屋を出て行った。
彼女がいなくなった部屋で俺はどっかりとソファにもたれ掛かった。
ちくりと痛む罪悪感。
でも嘘つけねーんだよなぁ…俺…
プライドは高いし、気性は荒い奴だったけどそれなりにかわいいとこもあったからなぁ…
「はぁ…」
深い深いため息が自然に何度も出てくる。
そしてそんな罪悪感に苛まれる心の中にも、名無しさんちゃんがいるわけで…
あれ以来、店には行けていない。
飯も美味かったし、いい店だった。
普通なら何の気なしに通いたい店だけど、変に意識しちまって足が遠のいている。
それに…井ノ原くんにばれたら…
「はぁ…まずすぎるだろ…」
俺は悶々と頭を抱えながら、結局ソファで一晩を明かしてしまった。
……
朝、洗面台で顔を洗い、鏡で自分の顔を映すと…
クマで疲れ切ってる表情、口元が切れてるひどい男の顔がそこにはあった。