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□虹色の夢を君と見たい⑵
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シンプルな翠色のドレス。周りを見れば、胸元を大きく開いたデザインのドレスばかりの中、肌の露出は最小限。そして、彼女は笑顔を振りまくこともせず、シャンパンを片手に立っていた。まるで興味がないかのように、ウンザリしたような表情でシャンパンを呷る彼女。
その異様な光景に誰も見向きしない。寧ろ、俺だけが目を奪われていた。流石の彼女も俺の目線に気づき、目が合った。しかし、彼女はまるで俺を目に映していないかのように、笑うこともなく、空になったグラスに視線を落とし、目の前を通ったメイドに新しいシャンパンと交換してもらっていた。
そのワンシーンがどうしても頭から離れてはくれなかった。















虹色の夢を君と見たい













「誰なんだ…あいつは…」

あれから、パーティーに行く度にどうしても探してしまう。しかし、彼女の姿は一向に見当たらなかった。
そもそも、なぜ彼女のことがここまで気になるのか、それが俺自身でもわからない。だからこそ、その答えが欲しいのかもしれない。

「キース様、お車の準備ができました。」

リュークに呼ばれ、「あぁ。」と頷きながら返事をし、部屋を後にする。

今日こそ…

彼女がいることを心の何処かで祈りながら、車の窓から流れる景色を見つめていた。

「キース様!お会いしたかったですわ!」

着くや否や、煌びやかなドレスを身にまとった女性達が俺の周りにやってくる。甘ったるい香水に思わず顔を歪めそうになるも、笑顔で対応する。

「申し訳ない、挨拶がありますので。また後ほど…」

挨拶をするのは本当のこと。ただ、後者はする気もなかった。だけど、そんな事に気付かれるわけもなく、女性達は口を揃えて、待っていると言った。

「やぁ、キース様。三ヶ月ぶりかね。」
「はい。体調はもうよろしいのですか?」

リバティの経済情勢やその他の国の情勢…様々な話をしながら、挨拶を一通り終え、乾いた喉をシャンパンで潤した。
シャンパンを呷る彼女の姿を探しながら。

「…今日もいないか。」

以前の彼女のように、シャンパンを呷る。

『一つ、くれるかしら。』

後ろから聞こえてきた声に振り向くと、あの翠色のドレスを着た彼女が、メイドからシャンパンをもらっているところだった。

「失礼。」

こんなチャンスはないと彼女に話しかける。

『…御機嫌よう。とでも言っておけば正解なのかしら?キース様、貴方のような方が私に話しかけない方が良いのでは?』

少しばかり棘のある話し方に思わずカチンとなる。そんな俺の思いなどどうでも良いと言わんばかりに、手に持っていたシャンパンを美味しそうに飲んでいる。

なんだ、この女…

正直、腹が立った。だけど、話してみたい気持ちの方が強いのが不思議だ。

「ふん、生意気な口を叩くなんていい度胸だな。」
『…気に障ったのなら、申し訳ありません。生憎、私は出来損ないの令嬢ですので…キース様は早く戻られたらどうですか。』

謝っているのに、謝られている気がしない。なぜなら、彼女の表情が「頼むから早く何処かへ行ってくれ」と言っている様にしか見えないからだ。
だけど、少し興味が湧いた。この俺にハッキリと不快感を露わにする女を隅々まで知り尽くしたいという欲求に駆られたのだ。

「シャンパン、好きなのか?」
『え?』
「前も飲んでいたからな。」
『あぁ…そういえば、以前も私を見ておられましたね。まぁ、こんな女中々居ないでしょうし、目に止まったんでしょうけど。』
「俺しか気づいていなかっただろ。」
『あぁ…成る程。』

彼女はそっと長い睫毛を伏せた。そして、ゆっくりと睫毛を上げ、茶色い瞳が俺を捕らえた。

『やっぱり…私のことを知っていて、哀れに思って声をかけてきたのではなかったのですね。』

そう言うと、彼女は自嘲笑みを浮かべた。無表情に近かった彼女の表情。次に見た表情は自嘲の笑みだなんて、中々ない経験だ。

「どういうことだ。」

すると、タイミング悪く、ダンスタイムを告げるように、ワルツが流れ始める。

『…放っておいて下さい。ほら、彼女達待っていますよ。さっきから睨まれて気分も悪かったですし。』

シャンパンを呷ると、彼女はこれでおしまいと一方的に言うかのように、その場を立ち去ろうとした。その手を反射的に引く。

『ちょっ…』
「行くぞ。」
『いや、何処に…』
「ダンスフロア。」

何を言っているんだと呆然となっている彼女。正常な思考になる前に、彼女の手を引き、連れて行く。

『いや…無理です。え、何故ですか。嫌がらせですか?』
「…何をそんなに怯えている。堂々としていろ。俺に恥をかかせるな。」
『…もう、私をダンスの相手に選んでいる時点で…』
「そんなにダンスが出来ないのか?」
『いや、そういう事ではなくて…』
「もう、黙れ。」

次の曲が流れてくるまで向かい合う。すると、観念したかのように溜息をつき、今まで見たことのない凜とした表情を見せた。

『やるなら、徹底的に美しくが私の美学なので。』

驚いていた俺の表情を見たのだろう。彼女は笑うことはないが、美しい表情でそう言った。
音楽が流れ、手を取り合う。密着する身体。至近距離で改めて見る彼女の顔はやっぱり美しかった。

こいつ…上手いな。

そして何より驚いたのが、ダンスの上手さ。リードにしっかり合わせ、背筋はピンと伸びている。少し、難しいステップを踏んでも、彼女はそれに難なく合わせた。

「上手いな。」
『…私なんかよりも上手な女性は山ほどいますよ。』
「なぁ。」
『なんですか。』
「お前は何でそんなにも全てを諦めてんだよ。」

一瞬、繋いだ手がピクリと動いた。

『…私が出来損ないの令嬢だからですよ。』
「お前が?」
『リサ・ネフェルト。それが私の名です。』

ネフェルト家といえば、一代で貴族に登りつめた家で、位もかなり高かった。政治の世界でも、影響力が高いが故に、中々姿を出さないことで有名だった。

「ネフェルト家の令嬢だったのか。」
『えぇ。ま、私は不倫相手との間に出来た子ですけどね。』

予想もしなかった内容に、思わず「えっ」と声に出してしまった。

『まあ、ドラマや映画ではよくある話です。当主とメイドが恋に落ちる…そして産まれたのが私。母は私を産んですぐ死にました。いじめが酷くて体を壊したからだそうです。まあ、仕方ないですよね。』
「…お前は令嬢としてここに来ているという事は…」
『えぇ。正妻との間に当時、子どもがいなかったから、正式な子どもとして迎え入れられたんです。でも、物心ついた頃に、義母のお腹には赤ちゃんがいました。それからは、私は本当にいらない存在になりました。』

彼女から語られた言葉は重く、想像をはるかに超える真実だった。にわかに信じ難い話ではあるが、嘘だと否定できなかったのは、彼女の表情を見れば誰だって分かることだろう。

『…何故、あなたがそんな表情になるのですか。』

困ったように微笑みながら彼女はそう言った。その表情がいつも以上に人間味を帯びているものだから、一瞬ドキッと胸が高鳴った。
音楽が止み、お互い距離をとると、彼女は優雅に美しくお辞儀をした。

「待て…!」

そして、立ち去ろうとする彼女を呼び止める。するとあっさり立ち止まったものだから、ほっと胸をなでおろした。しかし、立ち止まった理由は俺の声が届いたからではなく、彼女の先にネフェルト家がいたからだった。

「おまえ…」

横顔で判るほどに、青ざめた表情。あの勝気な性格はどこへ行ったのかと思うほどに、震えている姿に目を疑った。

『義母様…ジェームズ…アニー…。』
「リサ、あなた一体どんな手でキース様を騙したの…!」
「身体でも売ったか。」
『そんなこと…!』
「貴女ならやりかねないわねぇ。」

彼女の義母はゴミでも見るかのような目で彼女を見ている。それと同様に、彼女の弟と妹も、まるで家族とは思ってもいないような対応だった。

「失礼、私が選んだダンス相手に無礼な口をきかないでもらいたい。それとも…私に見る目がないとでも?」
「…まさか!しかし、この女は卑しい女の娘です。身体を売ることしか脳のない女の…」
「そうです、キース様。学校でも男と関係を持っているとか…」
『それは全くのデタラメで…!』

多くの人が集まっている場で、なりふり構わず彼女に攻撃する姿は、愚かで見苦しく見えた。

「あなた方は一体何を根拠に彼女を攻撃している。」

驚いたのは彼女の家族だけでなく、野次馬のように一歩引いたところから現場を眺めていた第三者もだった。そして、一際驚きの表情を隠していなかったのは、彼女自身だった。

「聡明な彼女を貶すなど、あなた方はそれ程に偉い人間か何かか。この場で彼女の尊厳を踏みにじるなど…恥を知れ。」
「そんな…キース様…!」
「…やめないか、お前たち。」
『お父様…!』

後方からゆっくりと歩いて向かってくる優しげな男性は、表情と似つかわしくない声を発した。

「あなた…!」
「…触れるな。私の居ない場所なら知らぬとでも思ったか。今後お前たちはパーティーに参加しなくていい。そしてジェームズ、お前はネフェルト家を継ぐ器でないことがよく分かった。」
「そんな!お父様!」
「家族を家族と思えない輩にネフェルト家は任せん。」
「あなた…!そもそも貴方があの女と子供を作らなければ…!」
「そうだな、全て私の責任だ。だから、キース様。私は僭越ながら御願いをしに参りました。」

凛とした佇まいは、まさに親子。彼女の姿が一瞬見えたような気がした。

「…どうぞ。」
「はい、ネフェルト家を取り潰して頂きたい。」

ザワッと波のように広がる驚き。

『お父様…どうして…』
「リサ、自由になりなさい。お前をネフェルト家の令嬢として育てることが幸せな事なのだと思っていたが…苦しかっただろう。」

優しく微笑む表情は、まさに父親だった。

「…物騒な言い様ですね。それに貴方らしくない。常に聡明な貴方なら、そうしなくても解決できたでしょう。」
「私はね、娘が幸せに生きてくれればそれでいいのです。」
「…リサ、お前はどうしたい。恨みをここで晴らすか?」
『いいえ。父は何も悪くありませんから。』
「だそうだ。さぁ、せっかくのパーティー、楽しみましょう。」

手を叩くと、音楽が再開し、観ていた人も動き出す。

『キース様、ありがとうございました。』
「何のことだ。礼ならお前の父にすべきだろ。」
『貴方は私の事を最初から最後まで見てくれていましたから。』
「素直だな。」
『人を信じる事が怖いだなんて、普通は思わないのかも知れませんね。哀れんで話しかけてきた様子でもなく、蔑んで話しかけてきた様子でもなく、私に興味を持った様な目が、すごく綺麗で怖かったんです。』

彼女の手をそっと取り、歩き出す。

『キース様?』
「仕切り直しだ。」
『え?』
「シャンパンを二つ。」

メイドから受け取ったシャンパンを彼女にも渡す。キョトンとしながら受け取る彼女。

「好きなんだろ。」
『えぇ…』
「今日はお前にとって何かが変わる日だ。これだけの人に見られてたし、良い風にも悪い風にも言われる。だけど、俺に刃向かうくらいの勢いなら大丈夫だ。」
『刃向かってなどいませんよ。口が達者なだけです。』
「同じじゃねーか。」
『達者と言った方がまだ可愛らしいでしょう。』
「ふん、生意気な。」

何方もなくシャンパンを合わせる。カシャンと高い音が二人だけの耳に届く。

『一人の時より美味しいと思えるなんて、人間の身体は単純ですよね。』
「これからは俺のそばで飲めよ。」
『え?』
「分かったな。」

少しだけ嬉しそうに笑う彼女。だけど、

『嫌ですよ。時には一人で飲みたいです。』
「さっき、二人の方がうまいって言っただろーが!」
『そうでしたっけ?』

返ってきてほしかった言葉とは随分違う。それでも、彼女の表情はまるで、二人で飲む事を望むかの様に幸せそうだった。

fin
 

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