破天荒は時折、何かのスイッチが入る。性欲的な意味でのスイッチだ。普段からあまり自制出来ているとは言えないが、そのスイッチが入ると僅かに残しているらしい理性すらも亡き者とされるようで、まるで獣にでもなってしまったかのように俺に迫ってくるのだ。
迫ってきた時、スイッチが入っているのか否かを見極めるのは意外に簡単だ。スイッチが入った時の破天荒は、コッチが当惑してしまうぐらいにしつこく、キスをしてくる。スイッチが入っていない状態の時は、キスもそこそこに俺に触れてくる奴だから、これほど分かりやすい違いは無い。
そして今日も、何の前振りも無く、破天荒の中でスイッチが入ってしまったようで。
「んっ…は…」
人目を忍ぶように、俺を何かから隠すかのように木に押し付けて、破天荒は性急に俺の唇を塞いだ。二度三度バードキスを繰り返して、それから一旦離れたかと思ったらすぐにまた吸い付かれて、生暖かい舌が俺の唇をこじ開けて入り込んできた。すぐに俺の舌は捕らわれて、破天荒の舌に乱されて口内で踊らされる。
俺の弱い部分なんてとっくに知り尽くしている破天荒は、執拗にそこばかり攻めてくる。舌の腹をなぞられて、甘く噛まれて、絡み付かれて、吸い付かれる。その一連の流れに俺が弱いと分かり切っているから、破天荒はそればかり繰り返してくる。タチが悪いったら無い。
「あっ、んんっ…んぅ…」
グチャグチャに翻弄されるばかりの俺は、満足に得られない酸素を求めながらハフハフと呼吸することしか出来ない。捕まれた手はとっくに力なんて入らなくて、なんとか踏ん張っている足も今にもくずおれてしまいそうだ。それでもなんとか立っていられてるのは、破天荒の膝が俺の足の間に割り込んで体を支えてくれているからで。それが無ければ、俺はとっくに立ってなんていられない。
破天荒のキスは、俺を無力化させるのに絶対の威力を持っている。破天荒にキスされてしまったが最後、俺はもう抵抗することすら許されない。ただされるがままにされ、破天荒の気が済むまで応え続けるしかない。嫌な訳じゃない。恥ずかしいとは思うけど…でも。
そこまで求めてくれるのは――純粋に、嬉しい。
「ふ、あ…」
満足したのか、はたまた一時休憩か、ようやく破天荒の舌が俺の口内から出て行った。俺達を唾液の糸が繋いで、その糸は太陽の光を反射して、嫌味なくらいキラキラと光っていた。
足りなくなっていた酸素を取り込むべく荒い呼吸を繰り返していると、俺の体がすっかり弛緩しきっていることを見抜かれてしまったのか、破天荒はゆっくりと俺を木の幹に座らせた。
未だに手は解放してくれない。手は捕まれたままで、体は破天荒と木に挟まれたままで、俺は息を整えるのに必死だ。破天荒はしばらく俺の息が整うのを待ってくれていたようだが、それも長くは保たなかった。やはり満足なんてしていなかったらしく、額、瞼、目尻、鼻、と…わざとらしく音を立てながら唇を触れさせてきた。
擽ったさに思わず声を漏らすと、破天荒が大仰に唇を舐めてきた。驚いて反射的に身を引いたら、まるで「逃がさない」とでも言うように追い縋られ、そのまままた唇を塞がれた。間髪入れず侵入してきた舌に、俺はまた易々と捕まってしまった。
「んー! んんっ、は、ぁ…!」
グチャ、と恥ずかしいくらいに大きな水音が鳴って、互いの舌が痛いくらいに絡まる。送り込まれてくる唾液を飲み込みきれず、それは顎を伝って滴り落ちていく。あまりの恥ずかしさに気が変になりそうだが、破天荒は止まらない。俺も破天荒を止められない。獣と化した破天荒は、飢えが満たされるまではどうやったって止まらないのだ。
二度目のディープキスはさっきとは比べ物にならないくらい激しいもので、俺はもう息も絶え絶え。抵抗出来ない俺はただただ甘受するだけに留まるしかなく、苦しくとも耐えるしかない。
でもそれも、限界がくる。もともと息が整いきっていない状態での二度目だったんだ。すぐ酸欠に陥ってしまうのはしょうがないと思う。手が自由だったなら限界を示して押し返すことも出来ただろうが、生憎と手は使えない。使えたところで、体が弛緩しきった状態で押し返せるかどうか怪しいけれども。
なので打てる回避方法は、隙を突いて顔を背けることぐらい。幸い捕まれてるのは顔じゃないから、回避は可能だ。俺は無理矢理、逃げるように顔を背けることでキスを中断させた。途端に入り込んできた多くの酸素に噎せて、俺は盛大に咳き込むことになった。
「ゲホッ、ケホッ…はぁ…ケホッ…」
「おいコラ。何勝手にやめてんだ」
「ケホ…バ、バカ。俺を窒息死させる気か」
「あぁ、悪い悪い」
全く真心の籠もっていない謝罪をし、破天荒は漸く俺の手を解放した。ずっと捕まれていたせいで少し痺れの残る手で顎に纏わりついている唾液を拭っていると、破天荒が優しく俺の頬を包み込んだ。
「…なに?」
「足りない」
呟いて、また目尻に唇を押し当ててくる破天荒。
「んっ…まだ?」
「まだ」
どれだけ飢えているんだろう、この男は。啄むように唇にキスされて、俺はもう溜め息を吐くしかない。獣の本能を呼び起こしたこの男は、とことん俺を貪り尽くさないと満足してはくれないようだ。分かり切っていたことではあるけれど。
首に手を回して、破天荒を引き寄せる。触れるだけのキスをして、わざと破天荒をけしかける。飢えた獣様の為に、俺は自らこの身を差し出すのである。自覚してはいるけれど、俺も随分破天荒に甘くなったものだと思う。
「最後はちゃんと責任取ってくれよ」
「お安い御用」
不敵な笑みを浮かべて舌なめずりをしたかと思えば、三度目のディープキスに持ち込まれた。瞬く間に全てを奪われながら、俺は自分の中に湧き上がってくる欲求をありありと感じていた。
キスに満足したからと言って、破天荒は俺を離さない。これはただの前哨戦。キスの先には、更に深い交わりが待っている。破天荒がキスに満足した頃、今度は俺が満足出来なくなっていることだろう。体内に灯り始めている俺の欲望は責任持って破天荒に取り除いてもらわないと割に合わないよ…ね?
獣スイッチ
(ごちそうさん)
(どういたしまして)
ただチュッチュしてるだけの二人が書きたかったんだよ文句は受け付けない←
この破天荒さんは本当に所構わず盛ってしまうようですが、一応TPOは弁えてるのでみんなの前で公開プレイとかはしないみたいですよ良かったねへっくん!(うるせぇ)
栞葉 朱那