これの続き


※流血表現注意


※OV→破屁











バシッ! と、ひどく痛々しく乾いた音が狭い部屋に響いた。だが痛々しくはあれど、その音はまだ軽い方だ。手を上げたのはボーボボ。拳ではなく平手での殴打だったのは、ボーボボなりの優しさの表れであろう。しかしサングラスに隠された両の眼は、彼には珍しい怒りの炎が灯っていた。





リーダーにして一番の実力者であるボーボボに平手であれ叩かれれば、その痛みは並大抵のものではない。現に、叩かれたヘッポコ丸はじんじんと熱を生む頬を手の平で押さえ、歯を食い縛って痛みに耐えていた。







ボーボボに叩かれたことは、別に初めてじゃない。だからヘッポコ丸は、自分の心中を明け透けにボーボボに伝えてる間も、一発や二発叩かれることは覚悟していた。それでも、こんなにも痛いと思ったのは、初めてのことだった。





「…いい加減にしろ」




押し殺したボーボボの声。いつもより数段低いその声音に、しかしヘッポコ丸は怯まない。痛みに耐えながらも、その瞳は真っ直ぐボーボボを見据えていた。意志の強い真紅は、決してボーボボから逸らされない。





ボーボボがこんなにも怒っているのは、本当に珍しい。その憤怒を向ける相手が仲間であるヘッポコ丸なのだから、余計に稀有なことだ。だが、致し方ない。今のヘッポコ丸は、ボーボボに怒られ、平手打ちを受けるに相応しい。




「そんなボロボロの身体で、OVER城に乗り込んで、破天荒を助けられると思っているのか?」
「…やらなきゃ、分からないでしょう」
「分かるさ。そんな身体で、ましてやお前の実力で、OVERに適うわけがない」




にべもないはねつけ。彼らしくない、辛辣で棘のある言葉。けれど、それはどうしようもないくらいに真実だった。仲間の中で、ヘッポコ丸の実力は残念ながら下位の部類に入る。毛狩り隊の一兵卒に遅れを取るようなことはないが、四天王――ましてやOVERが相手となれば話は別だ。ヘッポコ丸の実力はまだまだ発展途上。そんな未熟な力では、到底OVERには打ち勝てない。




そんなこと、ヘッポコ丸本人が一番分かっている筈なのだ。身を持って、体感しているのだから…。








二日間に及ぶ監禁生活。その間繰り返された理不尽な陵辱。どれだけ力を振り絞って抵抗しても、OVERの力には到底歯が立たなかった。圧倒的な実力差は、ヘッポコ丸に絶望を植え付けるには充分過ぎる程だった。





抵抗は打ち消され、力でねじ伏せられ、結果暴力と辱めを受け、子供のように泣きじゃくって、許しを乞うことしか出来なかった。ヘッポコ丸を人と思っていないかのようなあまりに酷い陵辱に、ヘッポコ丸は何度も死を覚悟した程だった。どれだけの傷を付けられ、血が流れたことだろう。忘れてしまいたいのに、記憶の根底にまで擦り込まれた痛みは、傷は、靄も無く鮮明に残っている。








目を閉じずとも、ありありと思い出せる二日間の地獄の風景。なのにヘッポコ丸は、自らその地獄に舞い戻ろうと言うのだ。



自身の身代わりになった、破天荒の救出のために――





「破天荒は必ず助け出す。お前はここで大人しく待って、傷を癒すんだ」
「嫌です! 俺の、俺のせいで破天荒が捕まったんだっ……俺が行かなきゃ、意味が無いんですよ!!」
「お前が行くのは無謀だと言っているんだ! またOVERに捕まることになるのが、分からないのか!」





ビリビリと…ボーボボの怒声が空気を揺らした。喉を潰さんばかりの声量で放たれた叱責に、ヘッポコ丸は同じか…それ以上の強さで反論する。





「俺が行ったってOVERに勝てないことぐらい分かってますよ!! 自分の実力はちゃんと知ってますよ、決して驕っているわけじゃない!! …でも、俺は破天荒を助けたいんです…俺の手で、破天荒を…!」





後半は掠れてしまっていたけれど、ボーボボにヘッポコ丸の真摯な思いはしっかりと届いていた。直向きで、強い心。破天荒が惹かれたのは、ヘッポコ丸のこういう部分だ。ボーボボはそれをよく知っていた。二人をずっと見守ってきた彼だからこそ、今のヘッポコ丸の心情を重んじれる。










――だからと言って、許可するわけにはいかない。





このままむざむざとヘッポコ丸を送り出して、破天荒の二の舞になるのを見過ごすなど…リーダーとして、許すわけにはいかないのだ。





「分かってくれ、ヘッポコ丸」





ボーボボは静かにそう言った。




「俺は破天荒も大事だし、お前も大事だ。どちらも犠牲にしたくない。だから、お前の特攻を認めるわけにはいかない。破天荒を助けたい一心でそう言っているのは、分かってる。だが…今は、俺やソフトンに任せるんだ。破天荒は必ず、俺達が連れ戻してくるから」





そう言い含め、ボーボボは早々と部屋から出て行った。無理に話を切った風にも取れるが、ボーボボは構わず部屋から離れていく。残されたヘッポコ丸は、その大きく逞しい背中を静かに見送るに留めた。




ヘッポコ丸自身、ボーボボの言いたいことは痛い程よく分かっていた。それでも、まだまだ言いたいことはあった。だが、あれ以上言い争ったところで、お互いに折れないことは目に見えていた。それを見越した上でボーボボは、すぐに部屋を出て行ったのだ。一方的にでもああして諭しておけば、ヘッポコ丸は無茶をしないと考えたからだ。






しかしその予想は外れていて――ボーボボの足音が遠ざかり、そして完全に消えたのを確認すると、ヘッポコ丸はすぐさまベッドから抜け出した。しかしボーボボからの指摘通り、受けた傷はまだまだ癒えきっておらず、一歩足を踏み出した途端に身体の至る所に痛みが走った。治療の痕跡が残る身体は、傍目から見ても痛々しい。





破天荒は、出来るだけヘッポコ丸の傷を刺激しないように抱いてくれたけれど…それでもやはり、ガタついた身体は悲鳴を上げる。






その痛みを堪えながら、ヘッポコ丸は素早く服を着替え、しばし逡巡した後短い置き手紙をしたためて、窓から抜け出した。部屋は二階に位置していたが、幸いすぐ近くに大きな木が植わっていたので、それを伝って地に降り立った。





未だ傷の残る身で、OVERに対峙するなど自殺行為なのは重々承知している。でも、ヘッポコ丸は迷わなかった。ボーボボに対する多少の罪悪感はあれど、それで決意が鈍るなど有り得なかった。





「待ってて」




胸元で光る鍵を一度握り、ヘッポコ丸は駆け出した。身体の痛みなんて関係無かった。まだ動けるなら、走れるのなら、大丈夫。俺はまだ戦える。






破天荒のために――


























必殺五忍衆と連戦になる覚悟でOVER城に乗り込んだのだが…その覚悟は空回りすることとなった。




広闊(こうかつ)なOVER城はひどく閑散としていて、物音一つしなかった。必殺五忍衆はおろか、人の気配など微塵もしなかった。もぬけの殻だった…と断言するには城内全てを探索しなければならないけれど、そんなことをしなくても、今、この城内の下階には誰もいないのだろうことは感じ取れた。




「(OVERが人払いをしたのか…五忍衆が自主的に出て行ったのか…)」




可能性としては、前者の方が強い気がした。破天荒という、ずっと狙い澄ましていた獲物をようやく手中に収めたのだ。誰にも邪魔されないよう、密室化を図るのは当然と言えた。






捕まった破天荒がどんな目に遭っているのか…OVERが何を邪魔されたくないと思うのか…下劣な結論に至りそうになった思考を無理矢理打ち消したヘッポコ丸は、ただ最上階を目指すことだけに意識を集中させた。今は、何も考えたくなかった。




捕まった破天荒が、少し前の自分と同じ目に遭っているかもしれないなんて――そんな残酷な想像、したくなかった。





「(気持ち悪い…)」





足を踏み出す度、OVERに付けられた傷が痛む。階段を一段上るだけでも、身体が軋む。最上階が近付く度、心臓は早鐘のように激しく打ち付けて息が乱れる。胃が絞られるように痛んで、吐き気が込み上げてくる。






体が、意識が、これ以上進むのを拒否しているかのようだった。自然と歩みが鈍くなっているのも自覚した。あんな目に遭ったのだから、それがトラウマになってしまうのは至極当然だろう。大丈夫だと強がっていても、深層心理は嫌になるくらい正直だった。








吐き気を堪えるように深呼吸を繰り返しながら、ヘッポコ丸はひたすら前に進む。今は、自身のトラウマなどに浸っている場合では無いから。





トラウマに打ち勝たなければならないから。







胸元で光る鍵に縋るように、ヘッポコ丸は指を這わせる。鈍く照明を反射して光る鍵。破天荒が残していった、互いを繋げる証。








彼は一体何を思って、この鍵を自分に託したのだろう――




「…聞けばいいか。全部終わったら」





そう呟いたのと同時に、長い階段は終わった。目の前に立ち聳えるのは、厳かな扉。この城に足を踏み入れたのは三度目だが、扉の外観を見るのは二度目になる。一度目は、ボーボボ達と共にOVERを倒すため、この城に来た時だった。






二度目にOVER城に訪れた――いや、訪れたというより、攫われたと言った方が正しい。その時、ヘッポコ丸はこの扉の外観を見ていない。気を失っている間に、この扉の向こうに連れられてしまったからだ。そして意識を取り戻した瞬間、地獄のような陵辱が始まって――




「っくそ…」





脳内に過ぎった映像を、ヘッポコ丸は必死に掻き消した。破天荒に助けられた後、身体に残るOVERの痕跡を消してほしくて、もう大丈夫なんだって実感が欲しくて、破天荒に抱いてほしいと言った。破天荒は、とても優しく抱いてくれた。労るように、安心させるように、優しい熱を与えてくれた。





それなのに、記憶の中には未だにOVERの残虐な笑みが、残酷な笑い声が、暴力的な快楽の記憶が、根深く巣食っている。未だに鮮明に思い出せる忌々しいOVERの熱は、破天荒に与えてもらった熱を霞ませてしまいそうな程に強くて。






いっそ、破天荒に手酷く抱いてもらえば良かっただろうか…そんなことも考えたけれど、それは傷を傷で隠すかのような愚行に思えて、すぐさま忘却の彼方へ追いやった。きっと、OVERにされたことを全て忘れるには、膨大な時間が必要なのだろう。




「(…忘れる前に、俺にはやらなきゃいけないことがある)」




ヘッポコ丸は覚悟を決め、扉を押す手に力を入れ、扉を開けた。重量感のある扉は、鈍い金属音を響かせながらゆっくりゆっくり…開いていった。奥に広がる闇に、ヘッポコ丸は無抵抗にその身を委ねた。







中は照明が少なくて、申し訳程度にしか部屋を照らしていなかった。暗闇ではないが、明るくもない。決して見通しが良いとは言えなかったが、それでも部屋の状況を把握するには十分な光量だった。





いつかに見た、四天王に与えられた物にしては質素な、しかしこの城にはお似合いの玉座。OVERはそこに腰掛け、瓶に直接口を付けて酒を煽っていた。ヘッポコ丸が入ってきたことに気付いている筈なのに、一瞥もくれない。それは勝者故の余裕か、なんなのか。






代わりにヘッポコ丸を凝視しているのは、OVERの足元で鎖に繋がれた破天荒だった。手足は拘束されていないようで、その鎖は破天荒の首に巻かれた銀色の枷に繋がっていて、鎖の先は玉座に繋がっているようだった。







全裸で床に倒れていた破天荒は、ヘッポコ丸を視界に入れた瞬間目を見開いた。それはヘッポコ丸も、同様だったけれど。




「おま…え…なんで…」
「はてんこっ…!」




微かな呟きは、確かにヘッポコ丸の耳に届いた。たまらず破天荒に駆け寄ろうとしたヘッポコ丸だったけれど、寸での所でそれは思い留まった。忘れてはならない。破天荒のすぐ側には、OVERが鎮座しているのだ。




「思ったより早かったなぁ」




酒を飲み干したらしいOVERが、瓶を放り投げながらようやくヘッポコ丸に視線を向けた。血のように赤い両目に射抜かれ、ヘッポコ丸の体は竦んだ。トラウマとなった陵辱の日々が、その両目を見た瞬間にありありと脳裏に浮かんだからだ。




「コイツを取り戻しに来るとは思っていたが、まさか単身で乗り込んで来るとは思わなかったぜ。なぁガキ、お前はコイツをオレから取り返せるって、本気で思ってやがるのか?」
「っ…」




OVERの声は冷たくて、鋭い。まるで剥き身のナイフを首筋に当てられているかのような、そんな緊張感が身を包む。震えそうになる体。手の平に強く爪を食い込ませて、なんとか震えを押さえつける。今OVERの前で弱気な態度を見せれば、忽ち籠絡されてしまうだろう。それでは、一体何をしに来たのか分からない。





ヘッポコ丸は、出来るだけ平静を装って




「やらなきゃ、分からないだろ」




と強気な言葉を投げ掛けた。その言葉の何が面白かったのか、OVERは声高々に笑い声を上げた。




「ハハハハハッ!! ク、クク…こりゃおもしれぇ! ほんのちょっと前、オレの下でよがり泣いてた奴が、そんな大言壮語するなんてよぉ!」




明らかな嘲りに、ヘッポコ丸の胸中は悔しさでいっぱいになった。だが、OVERの言うことは大正解で、反論する余地なんて無い。






OVERに勝てるなんて微塵も思っていなかったし、OVERに組み敷かれてみっともなく泣かされたのはどうしようもない事実だ。



OVERがヘッポコ丸のことなんて少しも敵視していないのも分かっていた。実力の差なんて、やはり考察する必要も無い程開きすぎているから。





それでもヘッポコ丸は、一歩も引かない。引くわけにはいかない。





「破天荒を解放しろ、OVER」
「それは無理な相談だな。返してほしけりゃ、力ずくで奪ってみろよ」




OVERが緩慢な動作で立ち上がり、同時に身の丈程もあるハサミをその手に出現させた。ヘッポコ丸は戦闘態勢に入り、OVERを強く睨み付ける。




「やめろヘッポコ丸! お前が適う相手じゃない! 分かってるだろうが!」




破天荒が制止の声を上げるが、ヘッポコ丸は戦闘態勢を崩さない。そのまま破天荒を見て、小さく…笑った。




「待ってて。すぐ、助けるから」
「っバカ野郎! 良いから、さっさと逃げ――」
「今更逃がすわけねぇだろうが!」





ハサミを構え、OVERがヘッポコ丸に飛びかかった。振り下ろされるハサミの斬撃を真横に跳躍することでかわし、そのまま距離を開けるように壁伝いに走る。背後からOVERが追ってくるのが分かる。足音が部屋に響き、距離感が鈍る。それでも十分な距離が開いた後、ヘッポコ丸は真拳を発動させた。




「オナラ真拳奥義『神無月』!」




一気に二つのエネルギーをOVER目掛けて放つ。見事それはOVERに命中した。黄金の煙が巻き起こり、OVERが足を止めた。想定していたよりもすんなり止まったOVERの動きを見過ごさず、すぐさま軌道を変え、ヘッポコ丸は破天荒へ一直線に向かっていく。あの鎖さえ外せれば、OVERと無益な戦闘なんてせずに逃げれば良いのだ。どうやってあの鎖を外すのか、ヘッポコ丸にはその算段はあったけれど――



そう簡単に、物事が運ぶわけがない。





「ヘッポコ丸、後ろだ!!」




破天荒が叫ぶ。その瞬間、背後から尋常ではない殺気を感じた。前に飛び込む勢いで転がるのと同時に、ハサミの先端がその後ろで床に食い込んだ。コンクリートの破片が飛び散り、パラパラと床に散る。




「さすがにすばしっこいな。だが、いつまで逃げてられるだろうなぁ!?」




床を抉りながら、ハサミを横に凪いでヘッポコ丸を狙う。それをギリギリでかわすが、少し腕を掠めてしまった。裂ける服と、皮膚。少量の血が床を汚し、小さくはない痛みが腕に走った。




「くっ…」
「ヘッポコ丸!」




破天荒が焦ったように声を張り上げる。彼としては、一刻も早くヘッポコ丸に逃げてほしいだろう。加勢しようとしてか、なんとか鎖を外そうともがく破天荒だったが、素手で鎖が壊せる筈も無く、鈍い金属音を辺りに響かせるばかりだった。



OVERはもがく破天荒を一瞥してから、腕を押さえてうずくまるヘッポコ丸を見た。




「鬼ごっこは嫌いじゃないが…その調子じゃあ、すぐ捕まえられそうだな」
「はっ…まだまだ!」




身を翻し、ヘッポコ丸は再び駆ける。付けられた傷は痛むし、もともと万全ではなかった身体はとっくに悲鳴を上げていたけれど、そんなものに構っていられない。今はどうにかして、OVERと距離を取ることだけを考えなければならない。距離を取って、OVERを足止めして、破天荒の鎖を外さなければ。




「(『弥生』で煙幕を張って、その隙をつくか…)」




限られた技でOVERをやり込めようと一考するけれど、しかし『弥生』は一度意識を集中させねば発動出来ない技。発動させるためには一度立ち止まらなければならないことを考えると、あまり良い案だとは言えない。立ち止まり、技を発動している間に、OVERに捕まってしまいかねない。それでは全てがおじゃんになる。





今は力をセーブし、ヘッポコ丸を泳がせている節もあるが、それでも『弥生』を発動させるに十分な距離は出来ないだろう。『神無月』を発動した時の倍は、『弥生』には距離が必要だ。






『皐月』もしくは『神無月』で足止めして、その間に距離を稼ぐか…とも考えたが、オナラ真拳でOVERに足を止めさせる程のダメージを与えることは、正直望めない。さっき『神無月』が直撃した時奴は足を止めたけれど、あれはわざとそうしたようにしか見えなかった。技が利いていると、ヘッポコ丸に錯覚させようとしているかのようにしか。








分かっていたことだが、今のヘッポコ丸の実力ではとてもOVERに一矢報いることは出来そうにない。事実に歯噛みしても、それは消えない現実だ。ならば、その限られた力で対抗しなければならないけれど…残念ながら、ヘッポコ丸にそれ以上の策は講じれなかった。





「(無策にも程があったな…くそ…)」




最初から、ヘッポコ丸にはOVERとまともに戦うつもりは無かった。OVERの隙を突いて破天荒を助け出せたら、それで逃げ出すつもりだった。端から勝負は捨てていた。ボーボボに諭されるまでもなく、勝てるなんて思っていなかったのだから。





だが、こうしてこの場に身を投じて分かる。やはり、一筋縄ではいかない。





必死に足を動かしながら、背後のOVERを盗み見た。もしかしたら目前まで迫ってきているかも…と思っての行動だったが、そこでヘッポコ丸は訝しむことになる。









OVERは、ヘッポコ丸を追ってきてはいなかった。ニヤニヤとした笑みはそのままに、ただヘッポコ丸を見送っていた。距離を詰められるどころか、その差は広がる一方だった。





諦めたのか?――足は止めないまま、頭の中は疑問でいっぱいになった。OVERが諦める理由などてんで思い付かないが、ならばそれ以外で奴が足を止める理由はなんなのか…全くもって見当がつかない。








果たして、その答えはあまり間を置かずに知ることとなる。








突如として、OVERはその手に新たなハサミを出現させた。床を抉り、ヘッポコ丸の腕を切り裂いたものと合わせれば、OVERは今二本もの大きなハサミを持っていることになる。それなりの重量はある筈なのに、まるで重さを感じていないかのように軽々扱うOVER。そのハサミがどれだけの威力を持つか、ヘッポコ丸は既に身に染みる程に理解していた。





そしてあろうことか――OVERは、その内の一本を、ヘッポコ丸に向けて投擲したのである。




「―――っ!!?」





咄嗟に身を屈めたその刹那、頭上をハサミが横切っていく。ヒュン、と風を切る音が遅れて聞こえ、そのハサミは一直線に壁に飛んでいき、そのまま突き刺さって停止した。





刃が半分程めり込んでいるハサミを見て、ヘッポコ丸は戦慄した。あんなものに貫かれれば、無事では済まない。命を落とすどころか、そのまま体を寸断されかねない。







四天王最凶の男、OVER――改めて思う。




奴の力は、あまりに規格外だ――





「ボケッとしてっと当たっちまうぜガキィ!」




その声に、ヘッポコ丸はハッとしてOVERを見る。OVERは次のハサミを、またヘッポコ丸に向けて投擲しようとしている間際だった。




「あっ…!」




弾かれるようにそこから飛び退いた数瞬後、そこにハサミが飛んできてまた深々と突き刺さった。だが安心する暇も与えられず、間髪入れずまたハサミが飛んでくる。途切れることなく襲ってくる、ハサミというあまりに脅威的な矢に、ヘッポコ丸は一ヶ所に留まることを許されず、着地してはまた跳躍、滑走を繰り返し、なんとかギリギリでかわし続ける。







自分の足で追うことより、こうしてハサミを投げてヘッポコ丸を追い詰めることを思い付いた張本人は、とても楽しそうにハサミの投擲を続ける。そのハサミがヘッポコ丸に直撃したら命を落としかねないことは、重々承知した上でのこの行為。寧ろ、死んでしまえばいいとすら思っているのかもしれない。





OVERにとって、ヘッポコ丸の命など道端の石ころ同様にどうでもいいのだ。破天荒が自分の手中にあれば、他はどうでもいいのだ。




「くっ…!」





次第に疲労が溜まり、ヘッポコ丸の動きが鈍り始める。危なっかしく、紙一重でかわす場面が多く見られだした時、OVERは時間差で二本のハサミを連続で投げつけた。殆ど間の空いていない投擲に、ヘッポコ丸はかわしきれず一本のハサミが胸元を掠めてしまった。服が紙切れのように破れ、血が流れたのと同時に、ブツッ…とチェーンが切れた。





破天荒から貰った鍵を通していた、細いチェーン。分断されたチェーンは、ヘッポコ丸の首から外れて乾いた音を立てて床に落ちる。






それを見たヘッポコ丸は、慌てて鍵を拾い上げようと手を伸ばした――その時だった。






突然、激痛が右の脹ら脛に走った。次いで、何度も聞いたハサミが壁に刺さる音が耳に届いた。強い血の臭いが、自分の鼻先をつく。




「―――っ!!!」





かろうじて悲鳴は押し殺したけれど、立っていられず床に倒れてしまう。無意識に痛む箇所を手で押さえたら、途端に血のぬめりが手の平を包んだ。見れば、脹ら脛が深く抉られ、夥しい血が流れてきていた。考えずとも、あのハサミにやられてしまったのは明白だった。





落ちた鍵に意識を奪われてしまったあまり、ハサミへの注意を怠ったがための失態だった。この足では、もうまともに立ち上がることすら出来ない。機動力を著しく削がれた今、ヘッポコ丸は無力に等しい。






もう、破天荒を助けることも。




二人で逃げ仰せることも――叶わなくなってしまった。






痛みと悔しさに呻きながら、それでも落ちてしまった鍵を回収しようとヘッポコ丸は手を伸ばした。…だが、その手を、無情にも踏みつける人物がいた。




一体誰のことか? そんなの愚問だ、OVER以外にいない。




「あぐっ!!」
「なんだ、もう終わりか、呆気ねぇな」




ヘッポコ丸の手を踏みにじりながら、OVERはチェーンがぶら下がった鍵を摘み上げる。




「こんなもんの為に、バカな奴だ」




そう吐き捨て、OVERはその鍵を背後に放り投げてしまった。鍵は小さな金属音を立てて床を滑っていく。鍵は闇に紛れてしまい、その行き先を最後まで追うことは出来なかった。




「あんな鍵に執着しなきゃ、もう少し逃げられたかもしんねぇのにな」
「っ…う、るさい…」
「なんだ、まだそんな口利く余裕があんのか」




残虐な笑みを浮かべ、OVERは手を踏みつけていた足をどける。そして今度は逆の足で、血にまみれたヘッポコ丸の右足を踏みつけた。ハサミに抉られ、肉が露出したそこを強く踏みつけられ、尋常ではない痛みがヘッポコ丸を襲った。




「あああぁぁぁっ!!」




苦痛に彩られた悲鳴が部屋に響き渡る。剥き出しになった傷から溢れる血がOVERの靴底を濡らしていくが、OVERはそんなことは意に介さず、ヘッポコ丸に苦痛を与え続ける。





なんとかOVERから逃れようともがくヘッポコ丸だったが、断続的に襲う激痛にまともに力が入らず、傷を嬲る足を払いのけることが出来ない。無力に足掻くヘッポコ丸を目で楽しみ、上がる悲鳴を耳で楽しむ。あまり良い趣味だとは言い難いが、OVERにとっては至福の一時なのだった。




「ぐっ、ああぁ!!」
「良い声で鳴くじゃねぇか」




知ってたがな、とOVERは笑う。二日間に及ぶヘッポコ丸への陵辱で、彼がどんな悲鳴を上げるのか、懇願するのか、泣き喚くのか、OVERは何度も見て聞いて、知り尽くしている。人を甚振ることに長けたOVERに掛かれば、痛みに泣き喚く本性など簡単に引き出されてしまうのだ。





あまりの痛みに、ヘッポコ丸の瞳に生理的な涙が滲む。しかし決して零してなるものかと歯を食い縛る。それはただの意地だったが、涙まで見せてこの男を喜ばせたくはなかったのだ。それがどれだけ無意味な足掻きでも。





もう右足は真っ赤に染まっていて、ジーンズの色はその部分だけ元の色が分からなくなってしまっている。きっと床に落ちた血は、赤黒い染みを作り始めていることだろう。それに比例してOVERの靴底も赤くなっているのだが、OVERはやはり気にしていないらしい。寧ろその赤さに、優越感を抱いている程だ。






「このままこの足へし折っちまってもいいんだがなぁ…せっかくだ。いっそのこと手足全部斬り落としてやるよ。ダルマ状態になったお前を、破天荒の目の前に転がしてじっくり殺してやる」





自分の上げた悲鳴で掻き消してしまいそうになりながらも、その非道な発言はしっかりヘッポコ丸の耳に届いていた。痛みに痺れている脳で理解するには暫し時間を要したが、その意味を理解出来てしまった途端、ヘッポコ丸は慄いた。あまりに容易く、現実味溢れる恐怖に侵された。




やりかねない。OVERは、どれだけ悪逆非道に満ち、真実味に欠けた行為でも、有言実行してしまいそうな危うさを孕んでいる。人を虐げることに躊躇いを持たないOVERにとって、ヘッポコ丸の四肢を斬り落とすことなど赤子の手を捻るより簡単なことだ。







四肢を切断された自分のビジョンが浮かび、ヘッポコ丸の恐怖は最高潮に達した。痛みのせいではない震えが走る。未だ痛みを与え続けるOVERに悟られてはいないだろうが、悟られていようがいまいがそんなこと問題じゃない。








確かなことは――このまま逃げることが叶わなければ、間違い無く四肢を失った後殺される…という。



残酷極まりない未来絵図だけだった。






「嫌だ」「やめろ」と拒絶の言葉を吐きたくても、傷を抉られる痛みに喉からは苦痛の喘ぎしか漏れない。痛みに鋭敏になった足は少しも動かせず、OVERの足を退かせようとする手指はただOVERの赤く染まった靴を撫でるだけだった。OVERはその様子を見て笑う。獲物が足掻く様を見て、楽しそうに笑う。




「一瞬で終わらせてやるよ」
「――終わるのはお前だ、ゲス野郎」






――その声は、ひどく静かで。




だけど怒りを少しも隠さない、とても低い声で。




「カギ真拳奥義『永久錠』!」




微かに視界を掠めた、沢山の大きな鍵。それは一直線にOVERに向かっていって――OVERは何を言う暇も与えられないまま、その動きを停止させた。




訪れた静寂。身を包むのは、困惑。




「…え……?」




その声が誰のものか、あの鍵が誰の仕業か、ヘッポコ丸は理解している筈なのに信じられなかった。だって、自分は助けることは叶わなかったんだから。救出に失敗して、これから無惨な姿に変貌してしまうところだったんだから。こんなに近くで、その存在を認めることなんて本来有り得ないのだから。




戸惑って固まっている間に、足に掛かっていた重みが、痛みが消えた。次いで何かが倒れる音が聞こえた。どうやら、動きを停止させたOVERをヘッポコ丸の上から蹴り落としたらしい。




「立てるか…って、立てるわけねぇか」




蹴り落とした張本人は――破天荒は、そう呟いてその場にしゃがみ込み、ヘッポコ丸を抱き起こした。少し動いただけで走る痛みにヘッポコ丸は呻いたけれど、そんなことよりも、自分を助けてくれた破天荒が、どうやってあの枷を外せたのか知りたかった。




「なん…」




なんでお前が、と続けようとしたのだが、それは突然与えられた強い抱擁によって潰された。全身を包む、破天荒の温もり。変わらない、最後に抱いてもらった時と何も変わらない…その力と温かさ。




「無事でよかった…」
「はてん、こ…?」
「お前を失っちまうんじゃねぇかって思ったんだぞ…なに、ムチャクチャやってんだ、バカ野郎!」





ヘッポコ丸を叱りつけながらも、抱擁の腕は緩まない。離れていた時間を、離していた時間を取り戻すかのように、破天荒の腕はヘッポコ丸を掻き抱く。ヘッポコ丸もおずおずとその背に腕を回して、破天荒を抱き締め返した。






途端に実感する、『生きている』という事実に、『助かった』という現実に、ヘッポコ丸は涙が溢れるのを止められなかった。どれだけ痛めつけられても零れなかった涙が、いとも簡単に頬を滑っていく。





「ひっ、う、う…破天荒っ…はてんこ…!」
「バカ野郎…なんで来たんだよ。俺がなんのために、OVERに捕まったと思ってんだよ」
「うっ…ごめん、なさ…だって、俺が…俺がOVERに、捕まったせいなら…俺が、俺が助けたかったんだっ…!」




涙に掠れた声でも、ヘッポコ丸の真摯な思いは破天荒の胸を突く。





「ボーボボさんに、頼りたくっなかった…そんなのダメだって、ひっ、思った…。勝てなくたっていい。負けたっていい。でもっ、破天荒を助けたかった…!」
「…バカ野郎」





動かなくなったOVERの側で、二人は抱き締めあったまま泣いた。ヘッポコ丸は子供のように泣きじゃくって、破天荒は静かに涙を流して。






お互いがお互いを大事で、そのためにお互いが自分の身を顧みず危険に身を投じた。それはお互いを少なからず傷付けたけれど、同時にお互いの想いを知った。





お互いの独り善がりは、消えない傷を残しながらも、確かにお互いの愛情を深めるものとなった。…だけど、まだ全てが円満に解決したわけではないのだけれど。

















二人ともひとしきり泣いた後、OVER城から脱出した。足の傷で歩けないヘッポコ丸を、破天荒が背負っての脱出だった。幸い人気の無いOVER城を脱出するのは容易で、ヘッポコ丸の足に負担を掛けないようにゆっくりとした足取りで二人はボーボボ達の元へ戻っていった。





その道中で二人はボーボボとソフトンに会った。どうやらヘッポコ丸の脱走に遅ればせながらも気付き、二人でヘッポコ丸と破天荒の救出に馳せ参じる途中のようだった。二人共息を切らせながら、破天荒達に近付いてきた。






破天荒達と合流したボーボボは、まずヘッポコ丸を強く一喝し、それから破天荒に重い拳骨を食らわせた。ヘッポコ丸を背負っていたが故にガードも出来なかった破天荒は痛みに悶えていたが、それでもヘッポコ丸を取り落とすことは無かった。





それから、破天荒のマフラーで止血してあったヘッポコ丸の足をソフトンがその場で応急処置をし、痛み止めの薬を飲ませた。必要無いとヘッポコ丸は言ったが、ソフトンは頑なで一歩も引かず、破天荒にも飲んどけと促されたため、しぶしぶヘッポコ丸は薬を飲んだ。








そして現在。破天荒は何故かボーボボに背負われ、ヘッポコ丸はソフトンに背負われた状態で帰路についている。ヘッポコ丸に悟られぬようにしていたが、実は破天荒もだいぶ消耗していたのだ。それを目敏く見抜いたボーボボが、無理矢理破天荒からヘッポコ丸を奪ってソフトンに任せた後、破天荒を背負い上げたのだった。勿論散々抵抗したのだが、周知の通りボーボボは強いので、どれだけ破天荒が抵抗しようが無意味なのだった。なので破天荒は抵抗を諦め、大人しくボーボボの背に落ち着いているのだった。不満を隠そうともしていないが。




帰路につきながら、破天荒は経緯を説明する。ヘッポコ丸も途中まで聞いていたが、気付けば眠ってしまっていた。精神的疲労と肉体的疲労、そこに痛み止めの眠気作用が起因し、あっという間にヘッポコ丸を夢の世界へ誘ったのだった。






ソフトンの背中で静かに寝息を立てるヘッポコ丸を見て、破天荒は少し口元を弛ませる。




「…ヘッポコ丸が居なきゃ、助からなかった」
「どういうことだ?」
「ボーボボも知ってるだろ? 俺はOVERの所に行く前に、ヘッポコ丸に一つ鍵を渡してた。チェーンでぶら下がってただろ?」
「あぁ、確かにあったな」
「戦闘の最中に、あの鍵はチェーンが千切れて落ちた。それを拾ったOVERは、適当に放り投げちまったんだよ」





放り投げられたその鍵は、幸運にも破天荒が繋がれていた玉座の近くまで滑ってきたのだ。破天荒はそれを取り、枷を外すことが出来たのだという。




破天荒の真拳を知っていた筈なのに、その鍵を重要視しなかった、その鍵を無造作に投げ捨てたのがOVERの敗因だったのだ。あの時、その鍵を壊すなりなんなりしてしまえば、OVERの思惑通り、ヘッポコ丸をダルマ状態にして破天荒の目の前で惨殺出来ただろうに。ずっと破天荒を自分の下に縛り付けておけただろうに。





「ヘッポコ丸も、この鍵で俺を助けるつもりだったんだろうな」





ポケットから千切れたチェーンが引っ掛かったままの鍵を取り出し、破天荒は静かに笑む。自分が渡した唯一の繋がりが、自分達を救ったのだ。




「…愛の力の勝利ってわけか」
「ははっ。なんだそのくせぇ台詞」
「だが、事実だろ?」




ボーボボが聞くと、破天荒は暫し逡巡した後「そうなるかな」と呟いた。その破天荒の言葉を聞き、ソフトンも小さく笑っていた。けれど、腑に落ちないことがあったのか、すぐその笑顔は消えてしまったが。




「だが、どうやってOVERを倒したんだ? 枷が外れたからと言って、そうも容易く形勢が逆転するとは思えないが…」
「倒しちゃいねぇよ、動きを止めてきただけだ。ソフトン、お前俺の真拳忘れてねぇか?」
「カギ真拳だろう? 分かっているが」
「俺のカギ真拳じゃ、相手の動きは止められても倒すことは出来ねぇんだよ。そもそも『LOCK』は一日で錠が解けるし」




それに、と破天荒は続ける。




「今の俺の実力じゃあ、『LOCK』でOVERに丸々一日錠を掛けられない。ボーボボ、お前を一分しか止められないのも同様だ」
「修行が足りないんだよ修行が」
「うっせぇな。今度からは真面目にやるっつの。…だから、あいつの動きを長く止めておくには、『LOCK』じゃなく『永久錠』を使うしか無かったんだ。つっても、三日止めてられるかどうかって感じだがな」
「では、錠が解けてしまえば、またOVERが凶行に及ぶ可能性もあるということか」
「そうなるな」





そう…今回は偶然が重なり、幸運に恵まれ、破天荒もヘッポコ丸もOVERの魔の手から逃れることは出来た。だが、OVERが破天荒を諦めたわけではないのだ。寧ろ今回のことでより執着心が増し、怒り狂い、同じ手段を取ってくる可能性は決して低くはない。





破天荒はヘッポコ丸を見る。静かに眠り続けるヘッポコ丸の体は、傷だらけだ。ハサミの切っ先が掠めた腕や胸元。抉れ、踏みにじられ、血にまみれた足。二日間に及ぶ陵辱の痕だって、まだ完全には消えていないのだ。OVERの錠が解ける三日後…それまでに体調が万全になる筈が無い。そんな状態でまた捕まりでもしたら…今度こそ、殺されてしまうかもしれない。







破天荒をおびき寄せる餌ではなく、見せしめとして無情に殺されてしまうかもしれない。





「あーあ、真面目に修行しとくんだったぜマジで」
「今回ばかりはお前が全部悪いぞ破天荒」
「自分で蒔いた種にヘッポコ丸を巻き込むなど言語道断だな」
「彼氏失格だな」
「全くだ」
「お前ら少しは慰める努力しろっての」
「慰めじゃ何も変わらんだろ」




ボーボボが破天荒の尻をぺしっと叩く。




「ヘッポコ丸にばかり言っていたが…もっと強くなれ、破天荒」
「……言われなくても」





破天荒は隣を歩いているソフトン…に背負われているヘッポコ丸に手を伸ばす。近い距離でソフトンが歩いてくれていたから、ヘッポコ丸の髪に触れるのは造作もなかった。



汗をかいたからだろう、少ししっとりとしている髪を撫でてやりながら、破天荒は強い意志のもと、己を鼓舞するように小さく呟く。




「強くなるさ。コイツを泣かせないぐらいにな」










――――
離れて気づいたよ
スノーシーン/アンティック-珈琲店-

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