※笠松大学生、降旗高二設定


※二人は付き合ってます









十一月八日は、笠松と降旗が付き合い始めてから初になる、降旗の誕生日だ。笠松は一ヶ月前からプレゼントに何を渡そうかと頭を悩ませていて、その悩み方は堅実な笠松には全くそぐわない光景だった。あまりの悩みっぷりに同じ学部に通う小堀や森山に本気で心配されてしまう程、笠松は頭を痛めていたのだった。



女子が苦手であったがために恋愛経験など皆無な笠松にとって、恋人に渡すプレゼントを選ぶなんて未知の領域だった。その時点で難易度は極端に上がるというのに、年上故の妙なプライドで意地を張りたがってしまい、余計に自分の首を絞める結果になってしまっていた。かつては強豪校のバスケ部主将を務めていた男も、こと恋愛沙汰となると見る影も無い。






PG故に人をよく見ること、状況を把握することに慣れてきた降旗も、笠松の悩みっぷりには当然気付いていたけれど、その悩みの種が自分であることもなんとなく察していたから、特に何も追求しなかった。見慣れない姿を新鮮に思いながら、こんな笠松を見れるのは自分が恋人だからだと浮かれてもいた。





愛されているという実感が持てた。






そうして迎えた十一月八日。悩みに悩みきった末に笠松が降旗に贈ったのは、降旗がずっと欲しがっていた最新モデルのバッシュだった。あまりに無難な品で、味気ないと思うかもしれないが、二人は自他共に認めるバスケバカである。しかも付き合う前はWCのコートで戦ったこともあった。二人を繋いだのは紛れもなくバスケだったから、そのプレゼントは非常に正鵠を得ていると言えた。




だからそれを渡した時の降旗の喜びようと言ったら…。





「ありがとうございます笠松さん! もう、大好きです!」





なんて全力の愛の言葉に、人目を憚らない大胆な抱擁で喜びを表現するもんだから、未だ初さが抜けない笠松からすれば嬉しい通り越して恥ずかしさにオーバーヒートである。未だにこの二人の主導権の境界線は曖昧だ。笠松が年上の威厳を見せてリードする時もあれば、降旗が持ち前の明るさで笠松を翻弄する時もある。まぁこんな二人だからこそ、上手く関係を築けているのかもしれないが。





補足させていただくと、今二人が居るのは現在笠松が一人暮らししているアパートから程近い公園だ。いつもは笠松の家で過ごすかバスケットコートでバスケに明け暮れる二人だったが、せっかくの誕生日、ちゃんとしたデートをしてお祝いしたいと笠松が提案してくれたのだ。その時の降旗の喜びようもひとしおだったが、今に比べれば可愛いもんだった。









体で喜びを表現する降旗をなんとか宥め、二人は並んで公園を出た。貰ったばかりのバッシュを腕に抱いた降旗はとてもいい笑顔をしていて、笠松はそれを見て「渡して良かった」とホッと胸を撫で下ろす。…けれど。





「悪いな。もっと気の利いたもんやれれば良かったんだけど…無難なもんしか選べなかった」





喜んでくれているのは確かに嬉しいし、安心もしたのだけど…やっぱり、初めての誕生日だったんだから他にも渡せる物はあったんじゃないかと若干の後悔もあった。恋愛経験豊富そうな黄瀬ならこういう時何を渡しただろうかと、少しばかり逡巡する。しかし恋愛面で黄瀬の世話になるのは気が引けたので、今回は相談しなかった。そのうち森山辺りがバラしそうだけれど。



笠松の突然の謙遜に、降旗は「とんでもない!」とかぶりを振る。





「笠松さんが選んでくれたんですから、なんだって嬉しいですよ。それにこのバッシュ、オレ、笠松さんの前では一回か二回しか欲しいって言ったことなかったですよね?」
「……そうだったかな」





はぐらかしてみたが、その通りである。何度目かのお家デートの時、一緒にバスケ雑誌を読んでいた時に降旗がぼそっとそう零していたのを、笠松は覚えていたのだ。



実は随分序盤から候補に挙がっていたバッシュだったけれど、それでは友人が贈る品と大差無いと考えて他の品を贈ろうと四苦八苦したのだが…恋愛に疎い笠松の脳は、気の利いたプレゼントを提案してくれなかった。





結局バッシュを贈ることになってしまい、安心と後悔が綯い交ぜになる結果になってしまったが…そんな笠松の心中を悟ってか、降旗は続ける。





「好きな人が些細なことでも気付いてくれるのって、凄く嬉しいことなんですよ」
「…まぁ、そうかもな」
「ね? だから、そんなこと言わないでください。オレが喜んでるの、笠松さんも分かってるでしょ?」
「あんな風に抱きつかれたら、嫌でも分かるっつの」





プッ…と笠松は思わず吹き出してしまった。降旗の気遣い溢れる弁明に、うだうだと悩んでることがバカらしくなってきたからだ。何事も理屈っぽく考えてしまう笠松と違って、降旗の思考は柔軟だ。笠松では考えが及ばないところまで、よく見ているし分かっている。





「気ぃ使わせて悪かったな」
「使ってませんよ。オレは自分が思ったことを素直に言っただけですから」






素直さ。それは残念ながら笠松とは無縁の言葉である。自分には備わっていないその素直さが、笠松が降旗に惹かれた理由の一つでもあった。





「でも、笠松さん」





と、降旗は話を切り、話題を別のものに移行させた。





「もし良かったら、オレのお願い一つ聞いてくれませんか?」
「お願い?」





突然の申し出に瞠目する笠松。降旗は相変わらず笑顔だったけど、その頬は僅かに朱色が差していた。







降旗が「お願い」なんて言ってくることは滅多に無い。気遣いに長けている彼だが、それは言い換えれば何もかもにおいて遠慮がちになっているということ。生活時間のズレで電話やメールが疎かになってしまっても弱音を吐かず、なかなか会えないことに苦言を漏らすこともない降旗。そんな物分り・聞き分けの良さは降旗の利点でもあるが、同時に欠点でもあった。そんな彼が笠松にお願いなんて…。





「まぁ…いいけど。なんだ?」





珍しい申し出であったにも関わらず、笠松は内容を聞く前に了承していた。降旗ならあまり無茶な頼み事なんてしてこないだろうと高を括ってのことだった。







「オレのこと、名前で呼んで下さい」




その予想通り、降旗の申し出はなんら難しくもないものだった。寧ろ簡単で、可愛らしいお願いだとも言えた。…そして、今更過ぎるとも、勿論言えた。




「笠松さん、まだ一度もオレのこと、名前で呼んでくれたことないですよね?」
「あー…えっと…」





図星だった。








笠松の名誉のために言わせてもらえば、笠松はそもそも相手を名前呼びする習慣など持ち合わせていなかったのだ。どれだけ親しくなろうとも馴れ馴れしく相手を呼び捨てにすることの無かった笠松。志同じくバスケに明け暮れた部員達は勿論のこと、降旗だって例外なく名字呼びで貫き通していたし、付き合い始めてからもそのスタンスは変わらなかった。『恋人同士になったんだから』なんて考えは、そもそも笠松の頭に浮かびさえしなかった。







…というか、本当はただ単に笠松が、降旗の名前を呼ぶことを恥ずかしがっていたからなのだけど。


それは言わずとも周知の事実だろう。





「オレ、せっかく恋人になれたんだから、笠松さんのこと名前で呼びたいなって思ってたんです。でも、笠松さんが名字で呼んでるのに、オレだけ名前でなんて呼べないじゃないですか」





やはりというかなんというか、降旗はそんな些細なところまで笠松を立てていたらしい。律儀というか、なんというか…。






笠松は降旗がそんなことを思っていたことなんて初耳だったようで、少々驚いた顔をしている。どうやら降旗は、今までその些細な願望をおくびにも出していなかったらしい。その理由はやはり、笠松が付き合い始めてからも呼び方を変えなかったからだろうか。





「言うタイミングずっと逃してきたんですけど…今日なら、ちょっとくらい我が儘言っても聞いてもらえるかなって…思って…」
「………」
「あ、でも、無理に呼んでくれなくても…これは、オレのただの憧れっていうか…」







恋人同士は、互いを名前で呼ぶ。






それなりに女の子を好きになって、恋愛事に関心を持っていた降旗。結局まともに彼女を作ることなく笠松と恋に落ちた現在でも、憧れだけは消えることなく残っていて。





その内の一つが、名前呼びだったわけで。





「…分かった」
「へ?」
「名前で呼んでやる。……こ、こう、き…」
「……ぇぁ」







…呼んでやる、なんてカッコつけたわりに、笠松の声は蚊が鳴いたかのように小さな声だった。やはり恥ずかしさが先立って、カッコよくてスマートな名前呼びは実現しなかったらしい。現に、笠松の顔は可哀想なぐらい赤くなっている。



そしてその羞恥心は降旗にまで伝染してしまい、降旗の顔も真っ赤っかだ。昼間の街路樹で男二人が赤面しながら歩いているなど…奇抜すぎて通りすがりの人達が訝しげな視線を投げかけていく。






「………」
「………」
「……思ったよりハズい」
「…オレもです」
「………けど、努力すっから」
「! っはい、幸男さん!」
「っお、お前は呼ばなくて良い!」






照れ隠しなのかなんなのか、赤い顔のまま降旗に肩パンを食らわせる笠松。降旗は痛がりながらも、笑顔は絶やさなかった。カッコつかなくても、小さな声でも、名前を呼んでくれたのが嬉しかったし、これからは名前で呼ぶ努力をしてくれると言うのだから、喜ばない理由は無い。







憧れが一つ現実になった。こんなことを言ったら怒られるかもしれないけど…降旗は、笠松が悩みに悩んで選んでくれたバッシュよりも、名前を呼んでくれたことが、努力するというその言葉が、何よりも嬉しいと感じた。





「ありがとうございます、幸男さん」
「だから呼ぶなって言ってんだろ! っこ、光樹!」





未だ慣れないらしい笠松の「光樹」に表情筋をこれでもかという程弛ませながら、降旗は何度も何度も「幸男さん」と呼んだ。その度に止めさせようとする笠松を可愛いと思いながら、降旗は貰ったバッシュが入った袋を抱え直した。











誕生日に縮まった二人の距離。名前呼びをクリアしたなら、次はどのステップに挑むのだろうか? それは…二人だけの、秘密なのだった。














我が儘を一つ
(お前…夜覚悟しとけよ)
(望むところですよ…幸男さん)




日付変わる前にアプ出来て本当に良かったっ…!(現在22:20) もう本気で間に合わないかと思ったっ…!



ずっと笠降書きたいなー思ってたけどなかなか機会が無くて。今回は初笠降で頑張ってみました。もうこの二人の組み合わせが可愛すぎて…!!



なんかキャラがおかしいですがそこはスルー願います←降くん誕生日ホンマにおめでとう!!!!!




栞葉 朱那

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