ヘッポコ丸の強さへの憧れは仲間内では周知の事実であり、知らない者などいない。そして彼は強さへの憧れの体現として、努力を怠らない。その努力の甲斐あって、彼は着実に強くなっていっている。だが、彼はそれを実感していない。なまじボーボボやソフトンなど、目標とする人物のレベルがあまりに高いので、生半可の強さでは到底満足できなくなっているのだ。





ゴールを見誤ったせいで、彼は自身の強さに気付かない。気付けない。そして気付かないまま、更なる高見を目指して鍛錬を積む。周りからどれだけ良い評価を得ても、それを鵜呑みに出来ないからだ。慰めで、哀れみで、気休めで、そんなことを言われていると本気で思っている。









故に、彼の鍛錬は連日深夜まで及ぶ。そうまでしないと、彼は『修行に励んだ』という自負を抱けないのである。目標のランクを下げるべきだと思うが、彼の性格からして、そんな妥協に甘んじるとは思えない。全く厄介な性格である。








そうして修行に打ち込む彼にみんなは感嘆すると同時に心配しているが、変なところで頑固な彼はその心配すらはねのけてしまう。強さを求めるあまり自戒の念が強すぎて、自分を蔑ろにしがちだ。体が資本であるはずの戦士が、自身の限界を無視しての修行など、なんの意味も無い──とは言わないけれど、あまり褒められた方法でないことは確かである。こんなことをずっと続けていては、いつ倒れてしまうか分かったものではない。





「そろそろ帰るぞ、ヘッポコ丸」





だから。



それを見透かしたソフトンが、最近はヘッポコ丸のストッパーとなり、オーバーワークの歯止めとなっているのであった。





「……もう少し待ってもらえませんか」
「ダメだ。もう何時だと思ってる? これ以上は明日の負担になる」





時刻は既に深夜零時を回っている。汗だくになりながらも尚修行を続行しようとするヘッポコ丸だったが、ソフトンはそれを許さない。咎めるような視線でヘッポコ丸を射抜き、反論すらも打ち消すかのようだ。これでは何を言っても引いてくれそうにない。仮に引いてくれたとしても、帰るまでずっと待っている算段でいそうだ。そうなると集中して修行など出来そうにない。





まだ到底満足していないけれど、身の入らない修行ならば続けても意味が無い。そう判断したヘッポコ丸は渋々と「分かりました」と言った。不満げな態度を隠そうともしない。普段は素直過ぎるくらいなのだが、こと修行関連になると、彼は途端に反発する。それに対してソフトンは敢えて何も言わず、ただストッパーの役割を果たす。









反発するということは、それだけ真剣であるということだから。不満げなのは、早く強くなりたいという心の表れだから。









ならば、それを敢えて否定するのはお門違いだ。強くなりたいという信念に、間違いは無い。その気持ちこそが、自身を育てるバイブルとなるのだから。









…まぁそれでも、無茶な修行を肯定はしないけれど。





「道中ずっと歩いて、休憩中も鍛錬を怠らず、加えて寝る間も惜しんで鍛錬か…お前のその心意気は素直に感心するが、あまりやり過ぎても身には付かないぞ。時には休むことも大事だ」
「…頭では分かってます。でも、どうしてもジッとしてられなくて」





用意していたタオルで汗を拭いながら、ヘッポコ丸は答える。それを聞いたソフトンは小さな苦笑いを浮かべて、ポンポンと汗でしっとりとした銀髪を撫でる。ヘッポコ丸はそういう子供扱いがあまり好きではなかったが、何も言わずそれを甘受する。





「お前はお前が思っている以上に有能な戦士だ。だから自信と誇りを持つと良い。足掻くばかりが修行じゃない」
「………」
「なんて言っても、お前は信じないんだろうな」





小さく肩を落として、ソフトンは踵を返した。ヘッポコ丸は黙ってその後を付いていく。最後に落とされたソフトンの呟きが、ヘッポコ丸の胸の中で木霊する。針に突かれるような、小さな疼きを生みながら。













ソフトンの言葉を、まるっきり信じていないわけじゃない。『有能な戦士』と言ってもらえて、嬉しくないと言えば嘘になる。師事しているソフトンから虚飾の無い褒似を貰うことは、確かに喜ぶべきことなのだ。





それでもヘッポコ丸は、自分に自信を持てない。戦士としての誇りは言われるでもなく持っているけれど、そこに自信を付加することが出来ない。その理由は分かりきっている。ヘッポコ丸が、ボーボボやソフトンに対して──果てには首領パッチや天の助、破天荒にも──劣等感を抱いているからに他ならない。












劣等感。




引け目。










それは簡単には拭い去れないもので、しかしヘッポコ丸が拭い去ろうと必死になっているものでもある。鍛錬に打ち込んで。強くなろうと足掻いて。更なる高みを目指して。そしてその鍛錬は、着実に実を結んでいる。








それでも、ヘッポコ丸は強くなっている実感が持てない。旅の道中、次々に現れる強敵達。そのたびに力の差を見せ付けられては敗北し、己の弱さを痛感し、己の無力さを恥じる。そして、強敵に立ち向かい、最後には勝利するボーボボ達を見て、更なる劣等感を抱くのだ。





「…ソフトンさん」





足を止め、ヘッポコ丸はソフトンに問い掛けた。ソフトンも足を止めて振り返り、ヘッポコ丸の言葉に耳を傾けた。





「俺は…邪魔じゃないですか?」
「…何故そう思う?」
「全然強くなれない、なんの役にも立てない、誰も守れない…こんな俺が、ここにいたって…意味が無いんじゃないですか…?」





強くなりたい。それがヘッポコ丸の動力源で、アイデンティティだった。そのアイデンティティが、今にも脆く崩れ落ちてしまいそうになっている。込み上げてきた涙を必死に堪えながら、ヘッポコ丸は言葉を紡いでいく。





「みんな、俺のこと褒めてくれるし、心配だってしてくれる…でもそれは、ただ同情してるだけなんじゃないかって…弱い俺を擁護するための方弁なんじゃないかって思えて…もう、なんにも分からないんです」





知らぬ間に握り締めていた拳。傍目からも震えが見て取れるそれを見て、ソフトンはゆっくり歩を進めてヘッポコ丸に近寄った。何を言うべきか、どうしてやるべきか、ソフトンの頭には何も良策は無い。ソフトンには珍しく、考えなしの行動だった。







僅か一歩分の距離を置いて、ソフトンは停止した。ヘッポコ丸は顔を上げない。もしかしたら泣いているのかもしれない。俯いているその表情を読み取れないけれど、ソフトンはなんとなくそう思った。もう、ヘッポコ丸は限界なのだと思う。高い壁にぶち当たり、停滞し、乗り越える算段を見出せない今に、ヘッポコ丸は打ち負かされようとしているのだ。







でも、ソフトンは知っている。ヘッポコ丸はこんなところで停滞していい戦士ではないことを。この少年が確実に強くなっているのを誰よりも知っている。だからこそ、その壁を乗り超えさせなければならない重責を自分が担っていることを。










その為にどうすればいいのか…生憎ながら荒療治しか思い付かなかったとしても。




ソフトンはそれを実行する。





「構えろ、ヘッポコ丸」
「え……?」




脈絡の無い発言にヘッポコ丸が顔を上げた時、既にソフトンは拳を構えていた。それは最早見慣れてしまった、戦闘スタイルそのものであった。反射的にヘッポコ丸が受けの姿勢を取ったその直後、ソフトンの拳はヘッポコ丸の腕に叩き付けられていた。








組み手をしている時、何度もこの拳を受けたことがある。この拳を受ける度、ヘッポコ丸はソフトンの強さを改めて認識する。芯があり、重みがあって、真っ直ぐに相手を捉える強者の拳。その拳を真っ向から受けたヘッポコ丸は、受けた姿勢のまま、後方に吹っ飛ばされた。





「つっ…!!」






倒れないようになんとか踏ん張り、勢いを後方に流す。地面を削る衝撃の靴跡。それは数メートルにまで及んでいたが、その先、ヘッポコ丸は倒れてはいなかった。受けた姿勢のまま、呆然としている。それを見て、ソフトンは満足そうに拳を下ろした。







突然意味も分からず拳を振るわれたヘッポコ丸としてはどうしてソフトンが満足そうなのか理解しかねたが、説明を求めるのも野暮な気がして、とりあえず腕を下ろした。痛みの残滓のある腕は、袖を捲くって見ると赤くなっていた。明日には痣になっているかもしれない。





「それが答えだ、ヘッポコ丸」
「……え?」





ソフトンの言葉に、ヘッポコ丸は思わず腕から顔を上げた。ソフトンは相変わらず満足そうで、ヘッポコ丸には余計に意味が理解出来ない。それが伝わったらしいソフトンは、さっきヘッポコ丸を殴り飛ばした手を伸ばし、地面を指さした。




それに釣られてヘッポコ丸も地面を見る。そこには、ヘッポコ丸が拳を耐えた証拠である靴跡が鮮明に残っている。なんの変哲もない、寧ろソフトンの強さを如実に示す確固たる証拠であるこれに、一体それ以上のなんの意味があると言うのだろうか。ヘッポコ丸には分からなかった。





「…ソフトンさんが言っている意味が分かりません」
「お前は自分の評価を今すぐ改めろ。こんなにも明確な答えに気付けない程、お前は今、自分を理解していない」
「どういう…?」
「以前のお前なら、この強さの拳を受けて、立っていることは出来なかった」






凛としたソフトンの声。その言葉で、ヘッポコ丸はまるで目から鱗が落ちたような気分になった。言われて初めて気付いた。そう、ソフトンの言う通りなのだ。







ほんの数ヶ月前のヘッポコ丸はソフトンの拳一つで、容易く地面を転がっていた。修行だからと言って過度に手を抜くことをしないソフトンとの組み手では、いつもヘッポコ丸は泥に塗れた。何度も何度もソフトンの拳をその身に受け、地面に膝を、腕を、背中を、顔を、つけていたから。擦り傷なんてしょっちゅうだったし、痣なんて消える暇も無かった。










だが、今は違う。確かに痣は減らない。しかし、泥に塗れること、擦り傷を作ることは、極端に減った。ヘッポコ丸がソフトンの拳を受けても、倒れることがほとんど無くなってきたからだ。ヘッポコ丸が自覚していなくとも、着実に強さは身についてきているのである。





それなのに卑屈になって、諦観して、弱音を吐いた。自分のことなんて何も、分かっていなかったくせに。





「まだ信用出来ないか? 自分自身を」
「………」





ヘッポコ丸は自分の拳を見つめる。ソフトンの言葉を全て受け入れようにも、ヘッポコ丸は自分の力を信じられない。でも、示された事実は確かに自分の力だ。努力の証だ。これを、信じてしまって良いのだろうか…得たかった力を蓄えていた自分の体と技術を、素直に受け止めて良いのだろうか。








強くなりたい。その気持ちはまだ健在だ。一度ブレた気持ちは、ソフトンの拳で再び頭をもたげ始めている。努力が無駄になっていないとソフトンが教えてくれた。立ち止まる理由は無くなった。ならもう一度、自分を信じてみたくなっても…許されるのだろうか。




いや──許して欲しかった。





「いいえ」





ヘッポコ丸は真っ直ぐソフトンを見据える。その瞳には、強い意志が宿っていた。





「信じます。俺、まだまだ強くなってみせます」
「…そうか。楽しみにしているぞ、ヘッポコ丸」
「はい!」





とても明るい笑顔で、ヘッポコ丸は返事をした。さっきまで意気消沈していた少年と同一人物だとにわかに信じられない立ち直りっぷりである。ソフトンは些か単純すぎるとも思ったが、ヘッポコ丸がそれだけ思い詰めていたからだと納得することにした。今こうして立ち直らせられたことに、小さく安堵の息をつくことを許してもらおう。








明日も早いぞ、と言ってソフトンは右手を差し出す。ヘッポコ丸は少し恥じらいを見せながらも、その手をそっと握った。仲睦まじく手を繋いで宿に戻っていく二人を知っているのは、空に瞬く星と月だけだった。






















立ち向かうということ
(明日の自分を信じてやれ)
(そうすればお前は、まだまだ強くなれる)



書いてる途中で何が書きたかったのか分からなくなりましたごめんなさい←


ただでさえボーボボ一行って強いの揃ってるし、その中でいつもまともに戦えないへっくんだったから(ストーリー展開の都合もあったのでしょうが)、これくらいの不安なんかは抱えていたんだと思うんですよね。腐らないほうが不思議。それでも直向に強くなる努力を続けてきたへっくんは凄いと思うの。


修行はボーボボよりソフトンがよく見てくれてるイメージ。なので今回はソフトンさんにスポットを当ててみました。ソフトンさんイケメンすぎて辛い…。




栞葉 朱那

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