※学パロ


※破→教師 屁→生徒







「ねぇ、先生…」
「おい…」




とっくに下校時刻の過ぎた校舎は沈みゆく夕陽に照らされ、明るい。どこもかしこもオレンジ色で、それは目に痛いようで実は優しい色合いをしている。あと少しでこの夕陽も完全に沈んで、辺りを照らすのは月の役割となるのだろう。







俺、ヘッポコ丸は、そんな夕陽に照らされた校舎内を足早に歩いていた。文化祭までまだニヶ月もあるというのに、いち早く準備に取り掛かってるクラスがあるようで、まだまだ騒がしさが残っている校舎。特に三年生は今年が最後だから気合いが入ってるらしい。その点うちのクラスはまだ何も決めてない。クラスの方よりも部活の方に精を出す奴が多いから、多分クラスの方は何か展示系になるんだと思う。絵なり写真なり適当に飾って、それでおしまいってことになりそうだ。別に異論は無い。その方が楽だし。









なのにどうして俺が校舎内を歩いているのかと言えば、単に教室に忘れ物をしたからだ。ニヶ月後が文化祭だからって言って、浮き足立って授業を疎かにする教師はうちの学校にはいない。今日も数学の宿題が出た。俺はそのノートを忘れてしまったことに帰る途中で気付き、めんどくさいと思ったけど取りに戻ってきた。数学担当の先生は宿題忘れに厳しいのだ。





溜め息混じりに自分の教室に近付いた時だった。その声が聞こえたのは。




「(誰かいるのかな…?)」




最初は聞き間違いかと思った。でも確かに先生って声聞こえたし、何か話し込んでいるんだろうか。俺達も来年は受験だし、進路相談でもしてるんだろうか。だったら間の悪い時に戻って来ちゃったなぁ。さっさとノート取って帰ろう。





そう考えて、とりあえず様子見…ってことで教室の中をチラリと覗いて──俺は驚いた。








中に居たのはクラスメートの女子と、英語教師の破天荒だった。何故か二人とも上半身の衣服は乱れていて、見つめ合っている。彼女の桃色の下着が目に飛び込んできた。さっき「先生」と呼んだのは、彼女なんだろう。破天荒の頬に手を添えて、彼女はジッと破天荒を見つめてる。破天荒は困惑した様子ではあるけれど、それを振り払おうとする素振りを見せない。思わず俺は二人から視線を逸らし、そのまま隠れるように扉に張り付いた。





「(なんで…今日は会議だからって言ってたのに…)」






拳を握り締め、俺にそう告げた破天荒の顔を思い浮かべた。俺は破天荒と付き合ってる。教師と生徒だし、男同士だし、年も八つも離れてるけど、俺達はお互いを好きになった。付き合い始めてもうすぐ一年になる。多分誰にもバレてない…と思う。誰にも話してないし、学校では恋人らしいことをしないことにしてるし、二人きりになるのも出来るだけ避けてる。





だから、恋人らしい時間を取れるのは放課後、しかも破天荒の家でだけ。いつもは破天荒の業務が終わるまでどこかで待って、それから一緒に帰るんだけど、今日は外せない会議があるから先に帰ってろって言われていた。







なのに、破天荒は何故かここに、しかも半裸の女生徒と一緒にいる。なんで? どうして? 疑問ばかりがグルグルととぐろを巻く。




「先生、抱いて…」





混乱の渦中で彼女の呟きが耳に入り、俺の背筋は凍った。叫びだしたい衝動を必死に押さえ込んだ。心の中で大絶叫だったけど。まさか学校で、しかもこんな人目に付きやすい教室で事に及ぼうと言うのだろうか。信じられない。大胆にも程がある…けれど、そんなこと、破天荒が許すとは思えない。










──違う。許すとかそういう問題じゃない。断ってほしいんだ。破天荒には俺が居るんだから。たとえ彼女がずっと破天荒に想いを馳せていて、今日それを伝えてあまつさえ身体さえも差しだそうとしているのであっても、破天荒にはキッパリ断ってほしかった。



…それなのに。





「…俺でいいのか?」





破天荒は断らなかった。聞き間違いなんかじゃない。破天荒は、彼女の誘いに甘んじようとしている。




「うん。先生じゃないとダメなの。あたし…」
「…分かった」




もうそれ以上は聞いていられなかった。俺は出来るだけ音を立てないように教室を離れた。数学のノートのことなんて、頭から消えていた。何も聞こえないように耳を塞いで、足早に廊下を駆けた。










破天荒は今からあの子を抱くのだろうか。俺を抱いたように。俺を愛してくれたあの手で、あの子の身体に触れるのだろうか。キスをして、抱き締めて、「好き」って言うんだろうか。「愛してる」って言うんだろうか。




「いやだ…」




駆けながら、俺はいつの間にか泣いていた。次々と涙が溢れて視界がぼやける。出来るだけ泣き顔を人に見られないように俯いて、帰路についた。そうしながら、俺は泣いてしまうぐらい破天荒が好きだったんだなって…痛感した。



















あの後、破天荒の家に寄れる筈もなく、真っ直ぐ自宅に戻ってきた。部屋着に着替えて、ベッドに入って頭から布団を被った。両親とも残業やら接待やらで帰りが遅くなる日だったから、俺は思う存分ヘコんでいられた。時折込み上げてくる涙を枕に擦り付けながら、思うままに自分の世界に浸っていられた。












別れたわけでもないのに、破天荒との思い出が走馬灯のように駆け巡る。告白された時、初めて二人で出掛けた時、キスした時、抱かれた時、二人で作ったカレーの味、夏休みに泊まりがけで行った海の景色、英語の奥深さを語る時の表情…様々な風景と一緒に破天荒の顔が浮かぶ。だけどそんなキラキラした思い出は、さっきの光景に汚く塗り潰される。









俺が居るのに、破天荒は彼女の言葉を受け入れた。やっぱり、破天荒も俺みたいな男より女の子の方が良いんだろうか…いや、良いに決まってる。女の子とだったら人目を気にせず外で手を繋いだり出来るし、女の子の身体は柔らかい(のだろう)し、何より結婚が出来る。女の子は利点がいっぱいだ。俺みたいな可愛げの無い男と付き合うより、よっぽど…。









その時だった。ずっと放り出していた携帯が震えたのは。




「っ…」




突然の振動にビクつく自分が情けない。泣いていたことで熱を帯びた目蓋を必死に開けて携帯を取り上げる。メールではなく着信のようで、振動は続いている。発信者を確かめるためにディスプレイを見て…まぁそれが案の定の相手で、俺はフリーズした。






画面に踊る『破天荒』の三文字。今一番見たくなかった名前だ。いっそ見間違いとかもしくは幻覚であってほしかったが、残念ながらこれは現実。ケータイはしつこいぐらい震え続けてて、俺が出るまで、もしくは留守電に切り替わるまで絶対切らないという破天荒の決意もとい意地を露にしているかのようだった。


今電話に出たら絶対ボロを出してしまいそうで、だから出たくなかった。というか今破天荒の声聞いたらまた涙出そう。俺ってなかなかメンタル弱い。







だから徹底的に無視しようって思ったのに、その決心に身体は付いていかなかった。あっさりと親指は応答ボタンを押していて、そのまま耳に当てて「もしもし」なんて言っていた。泣いていたのがバレそうな涙声だったから、案の定『どうした?』なんて一番に聞かれてしまった。





『泣いてたのか?』
「や、別に…えと、ちょっと映画観てただけ」
『お前って映画で感動する奴だったのかよ』
「…どういう意味だよ」





泣きそうだと思っていたけど、俺のメンタルは意外と強かった。普通に軽口を叩けている。いつも通り、普段の俺達だ。しかし、あまりの変わらなさに違和感を覚える。破天荒に無理にそう取り繕っている様子は無い。隠し立てしている風でも無い。それなのに違和感を覚えずにはいられない。破天荒って、こんなに嘘を吐くことに長けていたっけ?







──もしかしたら、これは偽物の破天荒だったりして。





『…ぃ…ぉい…おいって! 聞いてんのか!?』
「うぁっ!? え、あ、あぁ、聞いてる聞いてる。なに?」
『聞いてねぇだろうそれ。なんで俺の家に居ないんだって聞いてんだ』
「……ぁー…」






変な方向にトリップしてる間に当然の疑問を投げ掛けられていた。そうだよな、って思う。約束したのに行かなかったんだから、理由を聞かれるのは当たり前だ。しかし全て詳らかに話すのは精神的にキツい。何か上手い言い訳を考えないと…。





「あー…あの…ちょ、ちょっと体調悪くて」
『ほーう? なのに映画観て泣いてたってか?』
「ぐっ…」





取り繕った嘘は一瞬で看破された。というか、あんなので誤魔化せるわけがなかった。これで誤魔化せたら破天荒の神経疑うわ。




『下手な嘘吐いてんなよ。さっさと下りてこい』




言い終わったと同時に、窓にコツンと何かが当たる音がした。聞き間違いかと思ったが、またすぐに同じ音がした。まさか…と思って急いで窓を開けた。するとそこには、想像通り、破天荒が電話片手にこちらを見上げていた。






次の小石を投げようとしてかもう片方の手は振り上げていたが、俺が顔を出すとその手を下ろした。そして破天荒は笑った。俺が惚れた、子供っぽい笑い方。







今一番、見たくなかった表情だった。
























まさか追い返せる訳もなく…というか追い返したところで無意味なのは分かりきっているので、急いでラフな格好に着替えて財布と携帯だけ持って外に出た。そのまま破天荒の家に向かったけど、その道中俺達の間に会話は無かった。俺は下手に口を開けば何もかもが爆発してしまいそうで怖かったから何も言えなかったわけだが、破天荒はどうしてだか知らない。







今俺が進んで会話をしたくないっていうのを敏感に察してくれたのか、どうなのか。俺としては有り難いけれど、破天荒の家に着いたらそうはいかないだろうなとは、思っていた。思っていたけど、沈黙を貫いた。どうせどう転んだって一緒だろうと解釈したからだ。



で、その解釈は正解だった。





「なんか言いたいことでもあんじゃねぇのか?」




破天荒は上がり框を跨ぎながらそう聞いてきた。その言葉に、閉まった玄関の扉を背にしたまま俺は立ち尽くした。やはり、見透かされていたらしい。即答しない俺を、破天荒は廊下を数歩進んだ先で振り返っていた。その金色の眼差しは、教師として教壇に立っている時と色が似ていた。下手に誤魔化すのも不適当な気がしたから、小さく顎を引いて答えた。





破天荒はそれに満足そうに頷いて、「来いよ」と俺を顎で促しながら奥に進んでいった。板張りの廊下が破天荒が踏みしめる度にキシ…キシ…と音を立てた。それに釣られるように、俺も靴を脱いで破天荒を追った。廊下は平等に、俺の重さも受け止めてくれた。







廊下の先にある扉を開けたら、そこは広々としたリビングになっている。右側にはダイニングキッチン、左側には何インチなのかよく分からないけどとにかく大きな薄型テレビ。そこから少し離れて二階に続く階段がある。破天荒は一人暮らしのくせに一戸建て住宅に住んでいる。使っていない部屋が多くて、それを持て余しているせいでやけに寒々しい。生活感に溢れるリビングもモノトーン調の家具で統一しているから、余計に寒々しく思うのかもしれない。







テレビに向かうようにリビング中央に鎮座している四人掛けくらいのソファの、わざわざ真ん中に腰を下ろした破天荒は、薄笑いで俺を手招きした。フラフラと手招かれるままに近付いていくと、途端に腕を取られて破天荒の膝に乗り上げる形に持ち込まれた。僅かに高くなる視界。見下げると、破天荒の金色の瞳が俺を見ていた。未だに薄笑いは消えていない。





「言いたいことは纏まったか?」
「………」




破天荒の肩口に顔を埋めて、小さく首を振った。言いたいことがあるのは確か。だけど、それを纏めるには時間があまりにも不足していた。叶うならば、今日一日を使って目一杯考え抜いて、明日、絶対に言い逃れされないように詰め寄りたかった。






だけど、その願いは叶わず、今俺は破天荒と共に居る。考えを纏める諸々以前に、精神が未だ付いていかない。あんな光景を目の当たりにして、この短時間でどうとも整理を付けられない。俺はそこまで全てを割り切れない。






破天荒からあの子の匂いはしない。そのことにひどく安堵した。学校で会った時の服装そのままだから、一度シャワーを浴びた訳でもなさそうだ。そうしてくれていた方が、切り出しやすかったのに…なんて、矛盾する思考。安心したいのか、疑心したいのか…俺は一体どうしたいのだろう。




「お前の言いたいこと、当ててやろうか?」 




破天荒の声がすぐ側で聞こえる。わざとらしく耳に吐息が掛かる位置でそう囁いてきているのだ。擽ったさに身を捩ると、破天荒は例の子供っぽい笑みでいけしゃあしゃあと言ってのけた。





「お前、教室で見たんだろ? 俺とコモモが抱き合ってんの」





正確には抱き合ってないけどな、と破天荒は宣いながらケラケラ笑う。俺は心中をピタリと言い当てられことに驚いて思わず膝から下りようとしたけれど、破天荒がしっかり腰を抱きすくめて来るのでそれは出来なかった。



俺のその驚きっぷりを見て、破天荒は「図星か」とまた笑う。




「そんなことだろうと思ったぜ」
「そ、う……そうやって、言ってくるってことは…」




じわりと涙が滲んで、視界がボヤけ始める。止めたくても止まらない。涙が頬を伝っていく。





「お、俺と…別れる…つもり…?」
「まさか。おら、泣くなよ」




俺が泣くことも想定内だったのか、破天荒はなんら焦る様子を見せずにハンカチで俺の涙を拭っていく。それがなんだか煩わしくて、思わずその手を弾いてしまった。





バチン、と痛々しい音。手から離れたハンカチがヒラヒラと床に落ちる。破天荒はまさか俺がそんなことをするとは思っていなかったようで、呆然としている。ボヤけた視界でも、それくらいのことは分かった。




「っ…変に優しくすんなよ! ひっ、別れる、つもりならさぁ…!」
「お前話聞いてた? 別れるつもりなんざねぇっつってんだよ」
「じゃあ、じゃあ、あれは一体どういうことなんだよ!」
「劇の練習」
「そんなの信じられ……はぁ…?」
「劇の練習」





あっけらかんと破天荒は言う。予想外の言葉に俺は耳を疑った。涙も早々に引っ込んだ。破天荒は尚も「劇の練習」と繰り返しながら、俺の頭をポンポンと撫でた。




「アイツ演劇部なんだよ。で、今度の文化祭でやる劇の練習相手になってほしいって頼まれたんだよ。そんだけ」
「で、でも…劇の練習って言っても…」





俺は困惑する。俺が目撃した光景は、劇の練習にしてはあまりに刺激の強いものだった。思わず俺が破天荒の浮気を疑ったぐらいなのだ。一体学校の文化祭でどんな劇をやるつもりなんだ。





…というか、流石に全てを鵜呑みに出来ない。破天荒が適当に誤魔化してる可能性だってあるんだから。




「…証拠はあんのかよ」
「台本読むか?」
「台本あるのかよ!」
「代役頼まれた時に貰った」




傍らに置いてあった鞄から台本らしいそこそこ厚い冊子を渡された。タイトルは『本当の愛』とあった。開いてみて内容を見てみたら、学校の先生と禁断の恋に落ち、最終的に二人で無理心中するという話だった。その中には、破天荒とコモモが演じていた部分も仔細に渡って書かれていた。……誰だこの台本書いた奴。リアリティ溢れすぎて逆に怖いわ。どこの昼ドラだよ。ドロドロ過ぎるよ。





配役欄を見る。ヒロインはあの女子、コモモ…先生役は…。




「え…ギガなの…!?」
「顧問だからな」
「顧問がなんで学生に混ざって劇出るんだ! しかも主役だし!」
「部員達に異存はねぇらしいからいいんじゃね?」
「それでいいのか演劇部!!」





演劇に懸ける情熱を間違ってやしないだろうか。うちの学校は色々大丈夫なんだろうか。





「いつもはギガと練習してるらしいんだけど、今日はギガがどうしても無理らしくて。それで俺が代役頼まれたんだよ」
「…だったらそう言ってくれてたら良かったのに…なんでわざわざ嘘なんか…」
「説明面倒だったから」
「死ねバカ!」
「けど劇の練習って分かったから安心しただろ?」




台本を奪われ、ついでとばかりに唇を奪われた。まんまと破天荒の思惑に嵌ってしまったようで癪だったけど、確かに安心した…俺の思い違いだったって分かって、良かったって思ってる。バカみたいに泣いてしまったのが恥ずかしい。







それでも、全てを許すつもりはない。俺は破天荒の首に手を回して、そのままギュッと抱き着いた。




「お、どうした?」
「…もう、金輪際こういうのはやめろ」
「ん、分かった。もうしねぇ」
「俺のこと、好きでいてくれるなら…俺が傷付くようなこと、平気でしないでよ…」
「悪かった。ごめん」




俺はしばらくそのままで、破天荒の体温を逃がさないようにずっと抱き着いていた。破天荒は俺の気が済むまでそうしていてくれたし、ずっと髪を撫でていてくれた。この体温をまだ独り占め出来ることに安堵しながら、俺はその後、破天荒に一夜を過ごした。次の日は学校をサボるハメになったのは秘密である(無茶苦茶しやがってあのクソ教師!)。















──ちなみに、文化祭で何も知らない校長と教頭が劇『本当の愛』を見て、その内容に卒倒したというのは、また別の話である。















甘苦い夕日飴
(ギガ、クビになったりしないわけ?)
(クビになっても芸術家になるから問題無いんだと)



藍菜から提出された絵を元に作成されたこの小説。描かれてる女生徒は明らかにコモモじゃないけどそこは大目に見てください(笑)。



最初に絵を見た時「うわぁどうしよう」となって、頭捻らせた結果こんなことになった。まぁ、これはこれで良いんじゃね? と開き直ってみる(^q^)← 破天荒が英語教師なのは適当です(おい)。


藍菜のイラストはコチラ↓







栞葉 朱那

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