ボーボボ曰く、「あんまり首領パッチに付き纏わなくなった」



嬢ちゃん曰く、「雰囲気が柔らかくなった」



オヤビン曰く、「よく笑うようになった」



ところてん曰く、「優しくなった」



ソフトン曰く、「前より人間味が出てきた」



田楽曰く、「幸せオーラが出てる」








以上が、ヘッポコ丸と付き合い始めてからの俺に対する仲間達からの評価だ。正直そう言われても、俺自身には自覚なんか無い。自分が変わったなんて全く思ってない。寧ろ全然変わってないと訂正をいちいち入れる程だ。ヘッポコ丸と付き合いだしただけで…ヘッポコ丸と恋人になっただけで、劇的に何かが変わるとは思えない。







誰かを心から愛したからって、突然人間性が変化するなど、絵空事だとしか思えない。







「変わってないと思うけどね」




宿に入ってなんとなくこの話をしたら、ヘッポコ丸は俺と同意見らしく、間髪入れず仲間達の弁を全否定した。宿のベッドに寝転がって、眠そうな顔を隠そうともせず、「だってさ」と続ける。




「付き合い始めてからもあんまり俺に優しくないし、相変わらず喧嘩腰だし、人の話聞かないし、夜は容赦無いし、笑うって言っても人を小馬鹿にしたような笑い方しかしないし、それに」
「お前本当に俺と付き合ってんのか?」




全く好かれてる要素が見当たらねぇんだけど。ボーボボ達の意見が過剰表現だって言いたいのは分かるけど、俺を全否定してどうすんだ。俺はお前の彼氏様だぞ。それだけ聞いてたら俺ただの嫌な奴じゃねぇかよ。お前俺のことそんな目で見てたのかこの野郎。




などと反論しようかと思ったが、よくよくコイツを観察してみたら、眠いから考えなしに思い付いたことをボロボロ喋ってる感じだった。目が虚ろすぎる。今にも瞼が閉じそうだ。今自分が何を言ったのか、全部は把握出来てない可能性もある。…よし、起こそう。このままじゃまともな会話にならん。






──と俺が決意し、一歩足を踏み出した瞬間、ヘッポコ丸は横たえていた体を勢い良く起こした。閉じかけていた瞼もぱっちり開いている。…とんだ反射神経だ。いや、この場合警戒意識と言うべきか。




「なんだよ、いきなり起きて」
「身の危険を感じた」
「信用無さすぎるだろ」





俺が近付く挙動を見せるだけでイエローカードなのかよ。真紅の瞳でジトリと睨み付けながらそんなことを言うヘッポコ丸に嘆息しつつ、俺はそのままベッドに近付く。幸い、ヘッポコ丸はそこから逃げようとはしなかった。警戒はしても、信用度が低くても、逃走を謀らない辺り、ちゃんとコイツに好かれてるようなので安心する。





だがしかし、俺がベッドの縁に腰掛けると、ちょっと後ずさりしてさっきまで自分の頭を埋めていた枕を抱き締めて明らかに距離を稼いだ。おいこら。





「そりゃなんの真似だガキ」
「身の危険を感じるんだってば」
「俺がお前に近付くをイコール襲うで纏めるな」




まぁ八割は合ってるけど。






枕を抱き締めて、そこに口元を埋めてる様は確かに可愛いんだが、なんでそんな行動を取られなきゃいけねぇんだ。そこは寧ろ『嬉しい! 抱いて!』なウェルカムな感じで待ってるべきだろ。なんで枕で保身されなきゃいけねぇんだ。






納得いかなかったので、俺はヘッポコ丸の腕から枕の強奪を謀った。そこまで強く抱き締めていた訳でもなかったようで、案外容易くその枕を奪うことに成功した。奪った時ヘッポコ丸の口から「あっ」と声が上がったが、特に焦った風でもなかった。もっと慌てふためくもんだと思ってたから、それには些か拍子抜けしてしまう。






だが、それならそれで別に構いやしない。俺は奪った枕を適当に背後に投げやりながら、ヘッポコ丸の唇に触れるだけのキスをする。不意打ちに弱いコイツは、俺が離れた瞬間にボッと顔を赤くした。うん、可愛い。ウブだ。




「枕より俺とキスする方が嬉しいだろ?」
「っ〜〜〜!!」




笑いながら俺が言うと、ヘッポコ丸は口を押さえて俯いてしまった。目を伏せて、悩ましげに眉を顰める様はやたら可愛い。そしてその顔は可哀想なくらい赤い。付き合い始めてからの期間は決して短くはないが、ヘッポコ丸は全然変わらない。こういうウブな反応を見せるところとか、キスやsexに未だ過剰な羞恥心を抱くところとか、上げだしたらキリが無い。









そう言えば、ヘッポコ丸が変わったっていう話は聞かないなとボンヤリ思いつつ、俺はヘッポコ丸を引き寄せた。手に隠されていた唇に指を這わせてやると、面白いぐらいその体が揺れた。反射的に閉じられた瞼のせいで、まるでキスされるのを待っているかのようだ。





「襲われる気、あるか?」
「……今更、聞くな」




目を閉じたままのか細い受け答えに、俺の行動は決まった。ま、俺がヘッポコ丸に近付くと八割の確率でコイツを襲う(もとい抱く)ことになるから、本当は確認なんか必要無い。それでもたまにこうして聞いた時、憎まれ口ながら了承してくれるコイツが、俺は好きだった。







キスをして、舌を絡めながら押し倒す。抵抗は無く、俺達の蜜月は今日も順調なのだった。






















「破天荒の場合、変わったって言うより『バレた』って言うのが正しいんじゃない?」
「バレた?」





情事後。





お互い一糸纏わぬ姿でベッドに横たわって微睡んでいると、不意にヘッポコ丸はそんなことを言った。それがさっき俺が何気なくこぼした話の続きであり、解答であることに間違いないようだが、如何せん意味がよく読み取れない。生憎ながら、俺のオツムはヘッポコ丸には劣る。






だから、ヘッポコ丸の解答の真意が分からず疑問符を投げ掛けると、ヘッポコ丸は懇切丁寧に説明してくれた。





「俺からすれば、破天荒の俺に対する態度は全然変わってない。でもみんなからすれば、俺に接する破天荒の態度は、知らなかった一面になるんじゃないかな」
「知らなかった一面?」
「つまり、仲間に見せる顔か恋人に見せる顔かの違いだよ」






つまり。







俺が、ヘッポコ丸にだけは見せる彼氏面を見て、仲間達はあんなことを言ったってことか。そう言われると納得する。確かに俺はコイツといる時はあまりオヤビンばかりにかまけなくなったし、コイツといると楽しいから笑ってばかりだし、出会ったばかりの頃に比べれば優しくしてやるようになった。





そういうところを見られて、変わったと言われたのだろうか。





「露骨に違いすぎたんじゃないの?」
「あんまり態度変えてるつもりは無かったんだがな」
「そうじゃなくてもさ、やっぱり違うんだろうよ。俺は当事者だから、ピンと来ないんだろうけど」
「だから『バレた』か」






俺の一面が。仲間と恋人とで比較した時の態度の違いが。俺が如何にヘッポコ丸に甘い面を見せているのかが。








変わった…か。





「俺は何も変わってない。ただ、お前と他の奴らとで差があった態度に、境界が無くなってきたってことになるのか」
「そうなんじゃないの? ま、みんなからしたら意外なんだろうな」
「なにがだよ」
「破天荒が、そういう風に俺の前では違う顔も見せれることに…だよ」





ヘッポコ丸はそう締めくくって、大きな欠伸を一つこぼした。どうやら眠気に限界がきたらしい。俺はシーツを肩まで上げてやり、眠りを促すようにポンポンと髪をあやす。





「ま、なんだっていいよ。破天荒がどう思われてても」
「おい、ちょっと冷たすぎんだろ」
「だって、破天荒は破天荒だもん」






おやすみ。そう言い放ってヘッポコ丸はさっさと眠りの世界に旅立っていった。なんだか無理矢理話をぶった斬られた感が否めないが、多分これ以上続けたらヘッポコ丸は眠気のあまり意味の分からない事を口走ってしまいかねない。本人もそれを分かっていたから、さっさと寝ることにしたんだろう。最後の言葉に絆されてしまったので、起こすのは勘弁してやった。








俺も寝る体制に入りながら、ヘッポコ丸の言葉を反芻する。仲間に見せる顔か、恋人に見せる顔か…その違いがあるから、誤解を生んだと…。





「まぁ、根本的にはそういうことなんだろうけど…」






でもきっと、細部はそうじゃない。それを前提で話してしまったら、俺は恋人になったのが誰であれそんな態度を取るってことになっちまう。でも、過去の恋愛を思い返してみても、ヘッポコ丸と同じような印象を周りに抱かれたことは無かった。







ということは、だ…そうなると、答えは一つに絞られる。




「お前が相手だから、俺はそこまで明確な差が出来ちまったってことになるんだろうな」





幼い寝顔を晒すヘッポコ丸の頬を撫でながらポツリと零す。絶対聞こえていないだろうこの事実に、ヘッポコ丸は気付いてはいないだろう。それはそうだと思う。だって、ヘッポコ丸は俺の過去の恋愛を知らない。一度だって、問われたことが無い。遠慮してるだけなのか、聞きたくないだけか、それは知らないが。









だから、ヘッポコ丸は俺がコイツに見せる彼氏面は『そういうものなんだ』と自己完結させているハズだ。『好きになった相手には絶対そうなんだ』と勘違いしているハズだ。






それを訂正してやってもいいが…面白いから、そのままにしとこう。





「俺がこうなったのは、全部お前のせいなんだぜ」





猫のように頬に触れてる手に擦りよってくるヘッポコ丸の肩を抱き寄せて、腕の中に収める。変わらない健やかな寝息を感じながら、俺も目を閉じた。
















全部、君のせい
(お前を好きになって良かった)
(なんて、言ってやらないけど)






妹の藍菜に提出した一品。破天荒はへっくんの前では絶対普段とは違う雰囲気醸し出してると信じてる。破屁早く結婚しろ。





栞葉 朱那

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