「……あまい」
「は?」




何が、と聞くと、ヘッポコ丸は手に持っていた淡い桃色をしたスティック状の物を差し出して「コレ」と一言。それだけで全てを悟れる程、残念ながら俺は察しの良い人間ではない。思わず首を傾げると、意味が伝わっていないと理解したらしいヘッポコ丸が説明してくれた。




「コレ、リップクリームなんだけど…匂いがすごく甘くて」
「リップ? なんでそんなもん持ってんだ?」
「最近唇がすごく乾燥するってビュティに言ったら、くれたんだ。あ、勿論新品だからご安心を」
「お前が使用済みの貰っても使えねぇのは目に見えてるからなんも心配してねぇよ」
「あっそ」




軽く答えて、ヘッポコ丸はリップクリームの蓋を開けて下唇に滑らせた。どうやら上唇にしかまだ塗ってなかったらしい。両方に塗ったことで余計に苺の匂いがするのか、ヘッポコ丸はちょっと眉を寄せている。 しかしそうすることでやけに艶を帯びた唇は、俺の目からしたらすごく美味そうに見えた。





じりじりと四つん這いで近付いていく。ヘッポコ丸は気付いていない。




「初めて使ったんだけどさ、すごい苺の匂いがするんだよ。女の子って、やっぱこういうのが好きなのかな?」
「そうなんじゃねぇの?」
「わっ」




最初から、そんなに離れて座っていたわけじゃない。ちょっと進めばすぐヘッポコ丸を捕獲出来る距離だった。おもむろに抱き寄せて、俺の胸にもたれ掛からせる。俺がにじり寄ってきてることに最後まで気付かなかったヘッポコ丸は、されるがまま俺の腕の中。





顔を寄せてやると、なるほど、確かにコイツの唇からは苺の匂いがした。甘ったるく、人工的な香を放つそれに、下手すれば胸焼けを起こしてしまいそうだ。




「んー、苺の匂い」
「だ、だからそう言ってるじゃん。つか、なんだよこの態勢!」
「はぁ? この態勢からすることなんか一つしかねぇだろ」




そう言って、そのままヘッポコ丸の唇を塞ぐ。途端に鼻腔を擽る苺の匂い。匂いだけで味なんかしないはずなのに、どうも口の中にまで浸食されてしまったような気がする。甘い、甘い…苺の香。





すぐに解放してやったが、ヘッポコ丸の顔は苺みたいに真っ赤だった。不意打ちに弱いのは、付き合い始めてから何ヶ月経っても変わらない。そろそろ慣れれば良いのに。クックっと笑いながら、俺は耳元で囁く。




「甘かったな、キス」
「ばっ…い、言わなくていいよそんなこと!」
「苺味のキスはどうだった? ヘッポコ丸君?」
「っ〜〜〜!!!!」




恥ずかしさで言葉も出ないのか、ヘッポコ丸はポカポカと俺の胸を叩くことで恥ずかしさを表現してきた。痛くは無いが、叩かれてて嬉しさを感じるような変態ではないので、パシッとその手を捕まえて止めさせた。






捕まったことが不満なのか、未だ赤みを帯びている顔でジトリと睨み付けてきた。それを交わすようにまたキスをして、そのまま解放してやった。瞬く間に距離を取ったので、多分身の危険を感じたんだろう。いつもの俺の行動パターンを考慮すれば、それは正しい行いだと言える。キスしたらそのまま押し倒すのが俺の中の恒例行事である。








だけど今日はその恒例行事はお休みだ。俺はそのまま立ち上がってヘッポコ丸を見下ろす。俺が迫ってこないことが不思議らしいヘッポコ丸は、ちょっとだけ驚いた目をしてる。




「ちょっと散歩してくる」
「え? …あぁ、そう…」
「帰ってくるまでに、レモンの匂いがするリップ買っとけよ」
「おー……ん?」
「よろしくー」
「え…ちょ、ちょっと待て…!」




静止の声は聞こえないフリをして、俺は部屋を後にした。夕食の準備が整うまであと一時間程か。それまでに、アイツは俺の言いつけ通りにレモンの匂いのリップクリームを買ってくるんだろうか。




「ファーストキスはレモン味ってな…全然ファーストじゃねぇけど」




夕食の準備が整うまでどこで暇を潰そうか考えながら、俺は口元が弛むのを隠せなかった。今頃ヘッポコ丸がどんな顔をして俺の言葉を反芻しているのか、想像しただけで笑えてくる。絶対真っ赤になってるだろうし、俺への恨み辛みをグチグチ言ってるのも想像に難くない。そんな可愛い様を見られないのは残念だが、我慢しよう。







夕食の後。全員が寝静まった頃に、答え合わせだ。準備してなかったらどうしてやろう。で、準備してたら…どうしてやろう。






「楽しみだなぁ」












いちご→レモン
(リップ一つでこんなことになるなんて)
(ヘッポコ丸は思っていませんでした)



タイトルは『いちごかられもん』と読んでください。準備してようがしてまいが、へっくんは美味しく破天荒にいただかれます。準備したかどうかは皆様のご想像にお任せします。



冬が終わるまでに冬っぽい話書きたかったの。冬関係ねぇよ。しかも栞葉はアトピーのせいで年がら年中唇荒れるからリップはいつでも持ってます。ますます冬関係ありません。





栞葉 朱那

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