※飯→P


※悟飯が女々しい










大丈夫…あなたが側に居なくても、僕はちゃんと笑えています。あなたは、言葉にこそしてくれたことは無かったけど、僕が笑っていたら、いつも暖かな眼差しを向けてくれましたよね。切れ長の瞳をほんの少し…僕にしか分からないくらい微細に、ゆるませて。





だから、僕は笑顔を絶やさない。お父さんと居る時も、お母さんと居る時も、悟天と居る時も、ビーデルさんと居る時も、誰と居る時だって。あなたが好んでくれた笑顔で、僕は誰かと笑い合う。







…でもやっぱり、足りない。足りない。何かが足りない…いや、違う。足りないのは、あなた。あなたという存在が、僕の笑顔には圧倒的に足りない。







ちゃんとなんて嘘っぱち。大丈夫なんてただの法螺。本当はあなたが居なきゃ、僕は心から笑えない。あなたが居ない時に浮かべる笑顔は、偽物だ。それを見抜ける人なんて、残念ながら居ないけれど(あなたならきっと、すぐに見抜いてしまうんでしょうね)。





あなたがここに居てくれたら良いのに。僕の側に居てくれたら良いのに。何度僕はそう思っただろうか。ここに居る筈の無いあなたを夢想して、一人で溜め息ばかりついてしまう。




「はぁ…」





深夜。なんだか寝付けなくて僕は自室の窓を開け、空を見上げた。今宵は見事な満月で、月光がとても美しく自然を照らしている。草むらから聞こえる鈴虫の声に寂しさを掻き立てられながら、僕はぼんやりと月を眺めていた。







ブゥとの戦いが終わってもう随分と経つ。あれから僕は、なかなかピッコロさんに会えていない。学校というのはなかなかに忙しく、課題や予習や定期テスト…加えてグレートサイヤマンとしての活動もあり、とにかく自由な時間をあまり確保出来ない。だからピッコロさんに会いに行く時間も全然取れないのだ。無理をしてでも会いに行けばいいのだろうけど、ピッコロさんはそれをあまり良しとしない。僕の体調を慮ってのことだと思う。でも、たとえそれが優しさからくるものであっても、背を向けられるとどうしようもない寂寞感を抱かされる。





ピッコロさんなりの不器用な優しさからくる行動・言動なのは分かってる。分からない程僕は子供じゃないし、ピッコロさんの人柄を知らないわけじゃない。だから僕は我慢していた。ピッコロさんを困らせたいわけじゃないから。






本当は、会いたくて会いたくて仕方無い。でも、我が儘を言える年齢は過ぎている。今の僕は、物事の分別を弁えて行動しなくちゃいけない身分だ。だから我慢を重ねる。自分の気持ちを押し殺し、平和が訪れた日常風景に身を埋め、笑顔で日々を生きていく。









けど――今夜はどうしても、我慢が利きそうになかった。





「―――」





湧き上がる衝動に身を任せ、僕は部屋着からラフな私服に着替えて窓から飛び出した。誰に感づかれても構わない。僕は全力で飛んだ。現在ピッコロさんが住まう、神の神殿まで。














尻尾を失っても満月から放たれるブルーツ波の影響から完全に逃れることは出来ないのだと、前にベジータさんが教えてくれた。事実ベジータさんも、満月の日は妙に血が騒いで落ち着かなくなるそうだ。お父さんもそうなのかなと思って聞いてみたことがあったけど、「さぁ?」の一言で済まされた。自覚が無いだけなのかもしれないが、僕には確かめようもなかった。







僕のこの衝動は、満月が関係しているんだろうか。ブルーツ波に刺激され、押さえていた思いが触発され、本能のままに突き動かさせているんだろうか。本能からの信号に従い、僕は大した時間を掛けずに神殿に到着した。






探すまでもなく、ピッコロさんは見付かった。いつもと変わらない、ターバンとマントを身に付けた姿で、神殿の屋根の上で座り込み、ジッと月を眺めていた。宙に浮かぶここは地上よりもずっと月が近くて、月光が眩しい。まるで日中に太陽を直視しているかのようだ。無論、太陽のような鋭い光じゃないけれど。







僕が来たことなんてとっくに気付いている筈なのに、ピッコロさんは気付いていないかのように月から視線を外さない。僕はゆっくりとピッコロさんの隣に飛んでいった。屋根に降り立ってようやく、ピッコロさんは僕を見てくれた。





「悟飯」
「こんばんは、ピッコロさん」
「何しに来たんだ?」





問うてくる声は相変わらず素っ気ない。でも僕は『ピッコロさんらしいな』と思って苦笑するに留める。





「ピッコロさんに会いに来ました」





隣に腰を下ろしながら言うと、ピッコロさんが眉間に皺を寄せた。





「こんな時間にか?」
「駄目でしたか?」
「駄目だと言うわけではないが…ここに来るのなら、昼間に来れば良かっただろう」





デンデもお前に会いたがっていたぞ、と言われ、今は眠っているらしい年若い神様であり友人の姿を思い出す。そういえばあの子にも同じくらい会っていなかったっけ。




でも、デンデには悪いけど…僕が会いたいと焦がれてしまうのは、ピッコロさんだけだった。会いたくて会いたくて、満月の光で呼び覚まされた本能が求めたのは、ピッコロさんただ一人だったのだ。







ピッコロさんに会いに行くと決意したことで、何故か胸が張り裂けそうになって苦しくなった。心は喜びで満ち溢れているのに、この苦しみはなんなのか――なんて、僕はとっくに分かってる。











この気持ちが恋だなんて、僕はとっくに知っている――











「僕は、ピッコロさんに会いたかったんです」






真摯に見つめれば、ピッコロさんも真っ直ぐに僕を見つめてくれた。月光により淡く月色に見える瞳は、僕の言っていることがあまり理解出来ないと語っている。明晰な頭脳を持っていても、僕が抱く想いを悟ることは出来ないのだろう。ナメック星人には性別が無いから、地球人の『恋愛感情』が、分からないんだろう。






僕も、今までこの想いを口にしたことは無かった。だから見破られないという確信があった。しかし、それは同時に――






「それが理由じゃ、駄目ですか?」
「悟飯…?」
「ピッコロさん…」






ずっと押さえていた気持ちが騒ぎ出す。これも満月が齎す影響なのだろうか。ずっと隠していた激情が頭角を露わにし、その全てを今にもピッコロさんにぶつけてしまいそうになる。僕はそれを懸命に心に止めて、理性の糸を繋ぐ。










もし…もしも本当に、運命というものが存在して、結ばれるべき運命の人が定められているのなら…叶うなら、それはあなたが良い。他の誰でもない、あなたが。






――いっそ、言ってしまえたらいいのに…。





「寂しかったんです、僕」





想いを吐露してしまわないように、誤魔化すように視線を外して、パスっとピッコロさんの二の腕辺りに自分の頭をもたれ掛からせた。鍛え抜かれた筋肉によって固くなっているそこは、お世辞にも気持ち良いとは言えない。それでも僕は構わない。ピッコロさんに触れていられるなら、どこだって構わないのだ。






ずっと組んだままだった腕が解かれ、僕がもたれ掛かっているのとは反対の腕が伸ばされた。優しくすることに慣れていないピッコロさんが、ぎこちない仕草で僕の髪を梳いてくれた。人間よりも少し低い体温が心地良くて、眠気を誘う。






「今日のお前は、まるでガキの頃に戻ったかのようだな」






漂ってくる気はとても暖かくて、とても安心出来た。出会った頃に比べて随分と穏やかになったピッコロさん。未だに甘さを見せることを嫌っているようだけど、それでもあの頃に比べたら丸くなった方だ。殊更、僕に対する態度が顕著だった。それが嬉しい反面、複雑だったりするのだ。









ピッコロさんが僕に向けてくれる好意は弟子に対するそれだ。僕が向けている感情と似ているようで異なるもの。互いの確かな好意を阻むのは、見識の違いが織り成す壁だった。



その壁の存在があるからこそ、僕はピッコロさんへの想いをひた隠しにしてきた。拒まれることはなくても、受け入れられるとも思えなかった。仮に受け入れられたとしても、そこには見解のズレがどうしても生まれてしまうだろう。










僕の想いとピッコロさんの気持ちは。





きっと、交わることは無い。







「本当にどうしたんだ? 悟飯」
「言ったじゃないですか。寂しかったって。だからピッコロさんに会いに来たんです」
「ふん。お前は寂しくなると、オレに会いたくなるのか?」
「やだなぁ。ピッコロさんに会えなかったから寂しかったんですよ」
「…よく分からん」




言ってピッコロさんは首を傾げる。多分、どうしてピッコロさんに会えなかったから寂しいということになるのか、分かっていないんだと思う。人間が抱く当たり前の感情の大半を、ピッコロさんは知識として知っているけれど…それがどういう原理で起こるのか、どんな理由で抱くのか、ルートは知らない。体感したことのない感情なんて、いくら神様と同化したピッコロさんであろうと理解は出来ないだろう。だって、神様もナメック星人だったから。







恋愛感情は勿論のこと、思慕や慈愛もきっと分からない。唯一ピッコロさんが自覚しているのは、僕に向けてくれている『師弟愛』の類。僕が抱くモノとは似て非なるその感情に阻まれ、先に進む道は閉ざされている。










いつかこの人が理解してくれたら。




いつかこの人が受け入れてくれたら。









この上無い幸せが僕に訪れるのに――





「ピッコロさん、好きです」
「…そうか」





何気ない風を装った告白は、予想以上に軽く去なされた。どれだけ幸せな未来を夢想しても、結局これが現実だった。意味は伝わらない。僕の想いは届かない。ただ宙に浮いて漂うばかりだ。






突き付けられた現実に、涙が出そうになる。決してこの人に悟られないよう、強く唇を噛んで堪えた。あぁ、一体誰が僕のことを『強い』なんて言い出したんだろう。愛しい人に想いを受け入れられないだけでこんなにも傷付いている僕が、どうして『強い』なんて言えるんだろう。どんなに肉体が強かったって、僕の心は泣き虫だった子供の頃のままだ。なーんにも成長出来ちゃいない。





「悟飯?」
「…はい」
「泣いているのか?」
「嫌だなぁ。泣いてなんかいませんよ」





今にも零れそうになる涙を隠すように、眩い月を見上げた。とても美しい満月だった。ピッコロさんを照らすには相応しい美しさ。僕を照らすには不釣り合いな美しさ。




きっとこの満月の美しさは、永遠に変わらないんだろう。僕達の都合で何度も消失した月だけど、何度再生してもその美しさは健在だ。ピッコロさんを愛してくれる月。僕よりもピッコロさんに受け入れられる月。










――ねぇピッコロさん。






――あなた程に好きになれる人を未だ見つけられない僕を。







――あなたは滑稽だと笑うのでしょうか。







「たとえどんな未来が訪れても、僕の運命の人は永遠に変わらないんでしょうね…」
「物思いに耽っていたと思えば今度はポエムか? 今日のお前はとことんおかしいな」
「なんとでも言ってください」







これからどんな人生を歩むことになったって、僕の心は永遠に変わらない。決して報われない恋心を抱いたまま、僕はこのまま大人になる。ピッコロさんへの恋心を隠したまま、誰かと見せ掛けだけの恋をして、結婚して、そして子供を作るんだろう。そんな未来なんて訪れない方が良いけど…きっと、そんな未来が訪れるんだろう。




揺るがない運命に抗う術を持たないまま、僕は最愛の人の温もりに触れながら美しい月を眺め続けた。












運命の人
(あの日あなたに出会った時から)
(僕の運命は決まってしまったのに)





同タイトルの楽曲から初飯P。もうこの曲が飯Pに聞こえて仕方なくて書きたくて仕方なかった。文才無いからこれが限界。



悟飯ちゃんの気持ちがピッコロさんに受け入れてもらうにはまだまだ時間が掛かりそうです。がんばってー(適当)。






栞葉 朱那

[TOPへ]
[カスタマイズ]




©フォレストページ