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□さよならありがとう恋心
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届かないものには手を伸ばさない方がいい。
私にそう言った友人はとても悲しそうな目をしていた。何故、と理由を聞こうとした私が口を噤んだのもその目のせいだと思う。彼女と一緒に食べていた学食で評判の日替わりパスタも、それ以降は何の味もしなかった。
胸の奥が締めつけられるように苦しかった。


「今日からは行くのやめない?」

その日の放課後、友人は優しく諭すように言った。彼女はいつも怒らない。何が良くて何が悪いのか、それを言葉でうまいこと説明してくれるのだ。こちら側は納得するより他はない。
私は席の傍らに立つ友人から視線を逸らして窓の外、体育館へと繋がっている渡り廊下を見る。窓際のこの席からは体育館へ向かう運動部の生徒や体育教師の行き交う様がよく見えた。
うん、と返事をしかけたその時、渡り廊下を一際目立つ集団が歩いているのが見えた。私は無意識に左胸の辺りのシャツを握る。
白が基調の清潔感が印象的なジャージを着た背の高い男の子。学年が一つ上の先輩。学校内の女の子から圧倒的な人気を誇るカッコいい先輩。

「及川先輩…」

ぽつりと呟く。蚊が囁くような独り言だったが、隣に立ったままの友人には聞こえたようで、昼休みの時と同じ悲しそうな目を私へ向けていた。
体育館へ向かう及川先輩の周りをお化粧をばっちり決めた女の子達が囲みながら歩いている。その女の子達へ及川先輩は笑顔を返していた。彼と彼女達の後ろに、昨日までは私もいた。一定の距離を保って、私も及川先輩を追いかけていた。

好きだった、及川先輩が。
初めての恋だった。
及川先輩への想いに気付いた時、味気ない学校がいつにも増して輝いて見えた。
彼を囲む輪の中に入りたくて、やり方も知らないお化粧をしたこともある。無論失敗して友人に泣きついた。
「沙耶は化粧しなくても十分可愛いわよ」
困ったように笑いながら私の頬をつねった友人は、後日化粧水とリップクリームをプレゼントしてくれた。
長い前髪をヘアピンで留めてみたり、髪型を変えてみたりと色々やった。
及川先輩が少しでも私に目を留めてくれるように努力した。
だから及川先輩と廊下の曲がり角でぶつかりそうになった時、「可愛い髪型だね」と言って二つに分けて結んだ私の髪の一房を撫でて笑ってくれた時は、本気で死んでもいいと思った。

好きだった。
大好きだった。
世の中の嫌なこと全てがどうでもよく思えてしまうくらい。私は及川先輩のことが好きだった。

だから、だからこそ。

一時の感情に身を焦がし、毎夜枕を濡らすのはもうやめよう。
彼のことは心の底から好きだが、きっと想いは実らない。あの輪の中に私は入れないし、蚊帳の外から見ているだけの私にはきっと振り向いてなんてくれない。
胸が痛い。
ぎゅうぎゅうと締めつけられる。
私は立ち上がり、友人の手を握った。

「今までありがとう」

私の言葉に友人はハッとした様子で目を丸くした。きっとこの一言で全部通じたと思う。

「今日はウチに泊まりなよ。明日は学校休みだしさ」

彼女の誘いに私は頷く。彼への想いをすぐにふっ切ることなど出来ないが、この初恋のおかげで私は色々なことを学んだ。
及川先輩が誉めてくれてからは毎日二つに分けて結んでいた長い髪をまとめているヘアゴムを取る。失恋した女の子は髪を切るって、前に読んだ少女漫画に描いてあった。
この想いと一緒に、全て断ち切ってしまおうじゃないか。



さよならありがとう恋心


お題→だいすき。

2014.0701

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