恋する動詞111題 ごちゃまぜ
□66 お前なんて嫌いだ
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俺、氷帝学園1年、芥川慈郎。
跡部とか、がっくんとか、宍戸とか。
いろんな人と仲良くやってます。
でも、俺には苦手な人がいます。
その人は、初対面から苦手でした。
なんでかはわかんないけど。
とにかく、嫌いでした。
「おはよう、ジロー」
びくり、と肩が震える。
ほら。
その声の主は、苦手な人だ。
滝 萩ノ助。
「ぉ、はよ」
俯きながら挨拶をする。
滝は俺の顔を覗き込みながら首を傾げた。
「ねぇ、ジロー顔が青いよ?
具合悪い?」
その言葉は、端から見れば優しく、紳士的な言葉なのだが俺からしたら怖くて仕方ない。
きっと、滝だから。
「だいじょーぶ、だから…」
そう言いながら後ずさる。
そして、勢いをつけると廊下を一目散に走った。
滝がどんな反応をとっていたかは分からない。
ただ、部活で会うのが少し怖くなった。
**************
「おいジロー、俺様と付き合え」
そう言われたのは中2の夏休みだった。
前から跡部は俺によく構ってくれた。
みんな、跡部は俺だけには甘いって嘆いてた。
俺はそんなつもりなかったんだけど、好きな人がいる訳でもないし、跡部はふつーに好きだからOKした。
跡部はすっごい喜んでたなぁ…
**************
滝が正レギュラー落ちしたのは俺が中3になった時の話だった。
なんでも、宍戸が滝に試合を挑んで勝ったから、滝は下ろされたらしいけど…
等の本人は悔しそうな顔を浮かべながら、準レギュラーの部室に向かっていった。
「…ジロー、家来るか」
「うん、いくー」
最近は、跡部の家に行くことが多い。
中2の冬休みに初めて身体を重ねてから、跡部はこうやってなんとなく家に呼び出しては俺を抱いていた。
別に拒否するつもりもないし、跡部の腕の中はあったかい。
でも…なんか、違うんだよなぁ。
何か、『愛』っていうのとは…
違う気がする。
俺、こんなんでいいのかなぁ…?
**************
「一人?ジロー」
廊下を眠い目を擦りながら歩いていると、滝が現れた。
ぎょっとして目が覚めてしまった。
「こ、れから移動教室なんだよー…」
相変わらず苦手だし、準レギュラーのことがあってから少し気まずかった。
「へぇ…。
…ジロー、いい加減慣れようよ」
また肩が震える。
これは条件反射なんだから仕方ない。
「ぇ、へ、なんのことだC〜…」
咄嗟にごまかしてみても、同時に逸らした目線が怪しさを物語っていた。
これは無理だ。
逃げ切れない。
がっくり肩を落とすと、俺は疑問を唱えた。
「…滝は、俺のこと嫌い?」
「うん、嫌いだよ」
おそろしいスピード。
早すぎてむしろ笑いがこみ上げてきた。
「やっぱり…滝、初対面から『お前なんて嫌いだ』オーラ出まくってたもの」
「え、ホント?
これでもかなり紳士的に接してたつもりなんだけどなぁ…」
おかしいな、と言いたげに滝は首を傾げた。
そこまではっきりされるとどう対応していいか分からなかった。
「俺ね、跡部が好きなんだよ」
…え。
俺はその場で三回くらいまばたきをすると、滝の顔を凝視した。
滝は誰に対しても同じような態度だから全然わかんなかった…。
「フフッ、驚いた?もちろん、likeじゃなくてloveだよ。
俺も最初はびっくりした」
滝の英語がすごく発音良くて、少し感動してしまった。
いやいや、今はそれどころじゃないんだけど。
「だからね、構ってもらえるジローが羨ましかったんだよ。
嫉妬してた。
しかももう告白したし。」
「えぇ!?」
今度は、声を上げて驚いた。
おれっ、跡部からそんな話聞いたことない…!
「勿論、結果はふられたよ。
『俺はジローが好きだ。すまねぇ』ってね。
別に謝んなくていいのに。
惨めになっちゃうじゃん…」
そこで、滝の声が震えた。
本当に、本気で跡部のこと好きだったんだ。
俺は、ほんとに跡部が好きなんだろうか?
ほんとの気持ちがわからない。
「だから、幸せになんないと怒っちゃうよ」
滝はそう言うと俺の肩を優しく叩いた。
その途端、何かが弾けた音がした。
何かが…?
いや、違う。
そんな、曖昧なモノじゃなくて。
もっと、具体的で、体温が感じられるもの。
…感情?
「滝っ…!俺、滝が、好きっ…!」
気がつけば、俺は滝に抱きついていた。
滝の驚いた顔が視界に広がる。
「…ぇ、?
どうゆうことだい?」
滝は状況がつかめてないのかなんとも言えない顔をしている。
俺、わかっちゃったんだ。
滝が最初はほんとに怖かったけど…
だんだん、その瞳で見つめられるのが嬉しかったんだ。
嫉妬でも、なんでも。
俺を見てくれることが嬉しかったんだ。
でも、さっきの言葉がなんとなく“別れ”を意味しそうで、怖くて…
「俺、滝が好き…
応援なんてしないで、奪ってよっ…」
俺の中の、“愛”が弾けたんだ。
滝の“愛情”を欲して。
「…ジロー、俺はジローが嫌いなんだよ?
なのに…」
「嫌いでいいから、絆されてよ!
…跡部じゃなくて、滝が良いの…」
滝は戸惑いを隠せない表情を浮かべながら、俺の手を引いた。
そして、歩き出す。
俺は何も言わなかった。
着いたのは準レギュラーの部室だった。
やけに広いその部室は、あまり俺は入ったことがなかった。
そして、部室のソファーにいきなり押し倒される。
「…ジロー。
俺を好き、なんて言ったらジローを利用するかもしれないよ?
例えば、キスしたりだとか、跡部への対抗心で鎖骨にキスマークを付けたりだとか、男同士で最後までやっちゃったりとかされるかもしれないよ?」
滝の顔は本気だった。
いつもより少し低めの声色がそれを物語っている。
「…別に、いい。滝になら、いいよ。
酷くされても、ぐちゃぐちゃでワケわかんないくらいにされても。
俺は、滝が好きだから」
これが、俺の答えだった。
滝は驚いた顔をしながら、俺の耳を舐めた。
「…ほんっと、馬鹿だね。
…いいよ、これからも、ずっと絆されてあげる」
やらしい声で囁かれながら、快感を求めた。
そこには、確かに跡部との行為にはない、あったかさがあった。
これが、きっと愛なんだと俺は滝の腕の中で達しながら思った。
ごめんね、跡部。
愛してあげられなくてごめんね。
こんな俺を許して。
きっと、俺はひどい奴だ。
だから幸せになれやしない。
だから、ばいばい。