テニスの王子様2

□ロンリーバタフライ
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世界には、『幸せ』と『不幸』という言葉がある。
俺は思うんだ。
『幸せ』と『不幸』は紙一重なんだと。













「あ」

近所の公園で、俺は一人美術の課題をしていた。
なんでも、風景画だとか。
絵なんか面倒だし、さっさと終わらせたかったから、色鉛筆を使いながらスケッチをしていた。
すると、突然一羽の蝶が俺のスケッチブックに乗ったのだった。

「ちょ、避けてくんねぇと描けねぇだろぃ」

鉛筆の先で軽くつついたもんだから蝶はこっちに興味を示して乗ってきてしまった。
これでは余計に課題を進め辛いだけじゃないか。
はぁ、と溜め息をつくと俺は暫くその蝶を眺めることにした。
正直何度追い払おうとこの蝶は逃げてくれない気がする。
何だか蝶に負けたというのも変な話だが、この際気にしないでおこう。
ちかちかするような色でもなく、寧ろ青い色が神秘的な蝶。
生物にそこまで興味がある訳でもなかったから、こいつが何の蝶かは分からない。
ただ、無垢で、何も考えず飛び回れる蝶が羨ましかった。
もしも、俺がここで鉛筆に乗っかっている蝶の羽を摘み上げて、スケッチブックに寝かせて、羽の上から色鉛筆を塗ってやったらどうなるんだろう。
羽の上に色を乗せようと尖った鉛筆を突き立てる。
痛くて、鉛筆から逃れたくても俺の指の力が強くて動けない。
俺は、そんな蝶の姿を尻目に、セロテープでスケッチブックの中の公園に蝶を貼り付ける。
密閉した空間で、どんどん呼吸が苦しくなる。
もがけばもがく程テープの粘着面が身体にまとわりつき、自由を奪われていく。
やがて、抵抗する力も無くなって動かなくなってしまう。
俺は、愛おしそうに笑いながらその風景を課題として提出するんだ。
その、異常な光景を。











う、わぁ。





背中がぞわっと粟立った。
今、すごい自己嫌悪をした。
いや、何にって蝶に。
俺の想像の中の蝶は、まるで俺みたいだ。
俺も、恋人に同じ様なことをされている。
殴られて、蹴られて。
切られて、抉られて。
いたぶられて、血塗れになって。



キス、されて。



最後の最後に甘い、ハニートラップとか言う奴を与えられるもんだから、ずるい。
ずっと、別れようと思っているのに。
なんだか、ずっと俺の鉛筆に止まっている蝶が俺のように思えて仕方がない。

「…ッあっち行けよ!」

声を荒げて蝶を無理矢理追い払う。
蝶は慌てて飛翔し始めた。
俺は、というと息を乱して仁王立ちしていた。
俺は、駄目な奴だ。
赤也から与えられる甘い快楽に、溺れて抜け出せなくなっている。
だからせめて、あの蝶だけは自由の羽を広げて欲しかった。
俺みたいにならないように。
そこまで考えて、俺はふと生物の授業を思い出した。
蝶には、『蝶道』という道があると。
決まった道を飛翔する蝶。
とすれば、明日同じ時間にここに来れば、また蝶はここを飛んでいるのか。
はぁ、とまた溜め息をついた。

「…俺達、仲間だな」

どんなに怖い思いをしても、最後にはここに戻って来てしまう。
『幸せ』と『不幸』は紙一重だと俺は思う。
だって、どんなに不幸でも、その状態が幸せだと、錯覚してしまうから。
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