その毒をください5題

□2.緩やかにいま墜ちてゆく
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「謙也さん、これ飲みます?」

そう言って財前は俺にジュースを差し出した。
何の、変哲も無い飲み物なのだが、何だかそれをくれる財前の顔が怪しかった。

「…それ、なんか入ってたりする?」

恐る恐る聞くと、財前は顔を変えずに、

「さぁ?飲んだらええんちゃいます」

と言ってきた。
最近、ずっとこんな感じなのだ。
最初は怪しまずに飲んでたのだが、もう一週間になる。
いくら鈍感な俺でも分かるっちゅー話や。

「…財前、白状しぃや」

「やぁですよ。誰が謙也さんなんかに」

こう流されてしまっては俺としても話が続かない。
いくらトークスキルの高い関西人でも、空気が読めない訳ではない。
しかも財前、頑固やし。
俺は溜め息を吐くとジュースを受け取った。

「謙也さんこれまで飲んできて、なんも無かったでしょ?
そないに怪しまれたらこっちだってかないませんよ。親切でやってんのに」

財前の膨れ面を見ながらジュースを一口飲む。
相変わらず、ジュースとはいっても何のジュースか分からないのが変なことだ。

「…ねぇ謙也さん。美味しい?」

「んー、ふふう」

普通、と言おうとしたのだか飲みながらなのでちゃんと喋れない。
その様子を見て財前は嬉しそうにしている。
訳わからん。

「…ぁー、ご馳走さん。これ何のジュースなん?」

「ただのトマトジュースですよ」

「なんやそれ。コーラの方がええねんけど」

「謙也さん如きにコーラなんて出すわけないでしょ」

「ひどっ。財前冷たいやんか」
 
また、いつものようにくだらん会話を続ける。
このままやとまた財前の家で寝落ちかな。 
ま、それも楽しいし、ええか。
















「…謙也さん」

俺の部屋で無防備に寝ている謙也さん。
俺が、今謙也さんに抱えてる想いを伝えたら、きっと怯えるんやろうな。
軽蔑して、震えて、逃げ出す。
その様子を思い浮かべて背中がゾクッとした。
このジュースだって、実はトマトジュースに俺の血を僅かに混ぜている。
しかも、日に日に量を増やして。
今度は何を入れようか。
媚薬?
睡眠薬?
どれにしても、楽しそうだ。

「…謙也さん、愛してますわ」

さらさらの金髪を撫でる。
ゆっくり、ゆっくり時間をかけて。
緩やかに。
謙也さんを、俺の世界に墜としてあげる。
早く、壊れる謙也さんが見たい。
俺は口角だけを少し上げた。

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