テニスの王子様

□月が綺麗ですね
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「なぁ、赤也」

「なんすか」

「お前、I love you.ってどう訳す?」












「え、いきなりなんすか」

「いや、この前さ、白石が
『丸井クン、知っとるか。
I love you.をどう訳すかで文才が問われるんやで』って自慢気に言ってきてさ。
だから、お前の文才を測ってやろうかと」

そこまで言うと赤也は小首を傾げた。
額にはうっすら汗が滲んでいる。
その様子に俺は嫌な予感を感じざるを得なかった。

「…お前まさか、いくら英語苦手でもI love you.くらい分かるよな?」

そう言うと赤也は図星のような顔で慌てだした。

「そそそそそそんなことないっすよ!馬鹿にしないでくださいよ!」

「じゃあやってみろよ」

俺は赤也の目をじっと見つめる。
微かに泳いでいるアイツの目がおかしくてたまらなかったが、何とかこらえた。

「…私は…」

「うん」

「…あなたを、ぁい…して、ます?」

「つまんねーな。3点」

「え、ひどいっすよ!」

そのまんまじゃねーか。
意味は分かったとしてもつまらない答えを捻り出した赤也に冷たい目を向ける。
赤也はムキになって俺を睨み返した。

「じゃあ、丸井先輩は何て訳すんすか」

「俺か?俺は…」

そこで、ふと国語の授業を思い出した。
夏目漱石の面白い話を思い出したからだ。
夏目漱石は英語教師だった。
ある日、漱石の弟子が『I love you.』を『我、汝を愛す』と訳した。
それを聞いた漱石はこう答えたそうだ。

「月が綺麗ですね」

…と。
そうすれば、伝わるから、と。
昔の人は不思議なもんだな。
赤也はぷっと吹き出し、

「どこの詩人っすか」

と笑っていた。
ばぁか、そんなんだから文才がないんだよ赤也は。
そう思いつつもこうして言葉にしてしまう俺もそうとうロマンチストなのかもしれない。
だって、こうでもしないと好きな奴に気持ちを伝えることすら出来ない。

「月が綺麗ですね」

俺はもう一度、言葉にした。
伝われ。
今、俺の横にいる鈍感に。
口元だけ緩め、俺は笑った。
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