テニスの王子様

□柔らかい爪
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お前が、きらきらした目をこちらに向けながら小指を突き出してきた。
俺は、その景色をどこか遠目で見つめていた。

「ねぇ、約束しましょうよ!
来年も、二人でお祭り行きましょうね!」

赤也は笑顔だ。
まるで、来年も一緒だと言うことを信じて疑ってないようだ。
俺達の関係なんて、ほんの爪の薄さ程しか繋がっていないのに。
俺には、理解出来なかった。
だいたい、思春期は気の迷いだ、なんてよく言ったもんで。
俺達のこの甘ったるい関係だって気の迷いかもしれない。
だって、俺達男同士だもん。
好きに、なっちゃったんだもん。
赤也はぼーっとしている俺の顔を心配そうに覗き込む。
そして、そのまま口付けをした。
一体、付き合ってから何度目のキスだったんだろう。
それさえも、忘れるくらい愛を確かめ合った、のに。
どうしてこんなに不安なんだろう。
俺ばっかり、赤也が好きみたいで。
俺ばっかり、赤也にのめり込んでいきそうで。
いつか、捨てられるんじゃないかって、怖くて。
そんな悲しい思いをするくらいなら、俺から告げた方が、ずっとずっとマシだった。

「ねぇ、赤也。
…来年は約束出来ねぇわ」

ぽつり、と放った言葉はその場の空気を凍らせた。
赤也が眉を寄せて、俺の手を掴む。
抵抗はしなかった。

「…なんで、っすか。
約束くらい、いいじゃないですか…
夢くらい、見たっていいじゃないですか…っ」

夢、か。
赤也もこんな関係にハッピーエンドが来ることなんて考えてないんだな、と自分で考えておきながら悲しくなった。

「ねぇ丸井先輩。俺丸井先輩が好きなんですよ。
ずっと、ずっと好きだったんですよ。
知らないでしょ?
俺が丸井先輩のことどんな風に想ってたかなんて…
今更、離す気なんかないっす。
俺が、丸井先輩を幸せにしますから!」

その言葉でさえも、今の俺には気休めにしかならなかった。
嬉しいけど、その言葉の裏を疑ってしまう自分がいる。
なによりも、その存在を認めたくなかった。

「赤也、俺ね、怖いんだ。
いつか、捨てられるんじゃないかって。
だからね、さよならしよう。
これが、一番俺達にとって幸せなんだよ」

心の中のその奥に潜んでいる感情を無理矢理パンドラの箱に詰め込んだ。
その感情が、常に俺を振り回してきたんだ。
そんなわがままな感情は、今だけはいらなかった。

「…じゃあ、何で泣いてるんすか。
俺が泣かせてるんすか?
…ごめんね、丸井先輩」

赤也は酷く悲壮な顔をして俺を抱き締めた。
ふわりと赤也の匂いがして、俺は目を瞑った。
きっと、これが最後なんだ。
俺は直感で感じた。

「…赤也、ごめんね。
愛してる…っ」

思わず本音が漏れる。
どうやら俺のパンドラの箱は欠陥だったみたいだ。
愛おしい、という感情が溢れ出して、止まらなかった。

俺達は、まだ中学生だから。
大人みたいに、何でも出来ないの。
愛してる、その言葉を疑ってる訳じゃないんだけど。
今の俺には何もかもを捨てて赤也を選ぶ覚悟がなかった。
愛してるだけじゃ、ダメだった。
だって俺子供だよ。
おかしいかもしれないけど、人並みに幸せな恋愛してたんだよ。

「…いつか、俺が立派になって、丸井先輩の辛さとか、苦しみとか全部包み込めるくらい大きな男になったら、その時はまた丸井先輩に告白してもいいっすか?」

「…待ってる、ずっと、ずっと。
赤也のこと待ってるよ」

赤也の目を見ながら優しく微笑む。
泣くな、俺。
だけど一度流れる涙は止まらない。
微笑んでるのに泣いてるというなんとも不格好な顔になってしまった。

「…さよなら」

「…ばいばい」

赤也まで泣きそうな顔していた。
俺が頑張って笑うと、赤也も少し引きつった笑みを浮かべながら俺の頭を引き寄せた。
そして、熱く、激しくキスをした。
これで最後だ。
俺はこの温もりだけで生きていけるよ。
そう思いながら降ってくるキスの雨を全て受け止めていた。











赤也がいなくなってから、ふと自分の爪を見ると無残にも割れていた。
そこで、初めて自分がずっと拳を握っていたことを知った。

「爪って…柔らかいんだな」

そう、まるで恋心のように。
荒く扱えば壊れてしまう。
ケアしなければボロボロになっていく。
自分の爪を見て自嘲気味に笑った。 
まるで、俺のようだ。
自己嫌悪は感じないけど、なんだか無性に悲しくなった。
そして。
俺は小指の爪を剥いだ。
小指からは血がぼたぼたと溢れ出した。
繋げなかったこの意気地なしな小指にはこのくらいが丁度いい。
俺はさっきとは違う意味で笑うと、赤也の帰った方向とは逆方向に歩みを進めた。
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