テニスの王子様

□雨の表情
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次の日も、雨でした。

俺はほんとのことをちゃんと話そうと思いました。
嘘ついてたことも、好きなことも。
このままじゃ、赤也のためにならないからです。
赤也の枷になるなら、俺達は今日から“先輩”と“後輩”に戻ろうと思いました。
そして、いつもの電車に乗りました。
相変わらずの人混みで、何度も外に押し出されそうになりながらも俺は必死で吊革に掴まっていました。

「はよっす」

突然後ろに赤也の声がして、びっくりしながら振り向きます。
赤也はいつもの通りにこやかに微笑んでいました。
その笑みとは裏腹に、俺の心は酷く怯えていました。

「お、はよ」

歯切れの悪い返事しか返せません。
俺はいつ言うか、ずっと考えていました。
早い方がいい。
絶対、早く言った方がいい。
また、言えなくなる前に。
俺はそう思って、口を開きました。

「あの、な。
俺、言いたいことがあるんだ」

思わず声が震えます。
赤也は心配そうに俺の顔を覗き込みます。
それが、余計緊張しました。

「俺…嘘、ついてた。
実は最近、体調良くなって…
全然、大丈夫になったんだ。
なのに、具合悪いフリして、ごめん!」

思わず泣きそうになります。
電車の走るスピードがやけにじれったく感じました。

「ぇ…そうだったんすか?
良かったじゃないっすか。
そんな体質不便でしか無いですもん。」

赤也の反応は普通でした。
でも、その反応がとても怖くて仕方ありませんでした。

「ぁ、とね… 





俺、赤也が、好きです」

目をぎゅっと瞑った。
もう、赤也の顔が見たくありませんでした。
赤也からの反応は、返ってきませんでした。
今、どんな表情をしているのか。
軽蔑でしょうか、動揺でしょうか。
頭に浮かぶものは全て否定したくなるようなものでした。

『◯◯駅〜◯◯駅〜…』

その時、ちょうど電車が停車しました。
立海大の最寄り駅ではないのですが、今は学校なんてどうでも良かったのです。
ただ、その場から消えたかったのです。
俺は、人混みに紛れながら上手く外に出ます。
赤也は気付いてるのか、気付いてないのかは分かりません。
ただ、ひたすら逃げたかったんです。



降りた駅は、普段は降りない駅なので良く分かりませんでした。
ただ、雨を防ぐための傘を持っていなかったので既に髪は濡れていました。
睫毛にかかる雨がうっとおしくて、優しく拭うと。
これは、雨ではないことに気づいてしまったのです。

それはひたすら溢れて、止まることを知りません。
拭っても拭っても、冷たくて、痛くて。
この胸に宿る焦燥感をどうすればいいかがわかりませんでした。

ふらふらと歩くと、教会がありました。
何故か導かれるように俺の足が動きます。
重い扉を開くと、ステンドグラスが優しく俺の顔を照らします。
大きなロザリオの前にしゃがむと、キリストが微笑んで俺を見ています。
そう言えば、カトリックは同性愛は禁止だっけ…
そう思いながら、俺は両手を合わせて目を瞑りました。

「神様…俺は、罪を犯しました。
愛してはいけない人を、愛してしまいました。
俺を、許して…くださ、いっ…」

また、涙が溢れました。
今度は、後悔の涙でした。
俺は今、嘘をついたことを気に病んでるのか、恋したことを気に病んでるのかが分かりませんでした。
『俺のこと、優しく殺して。』

声にならない声が溢れました。













 
「…許しますよ、俺は神じゃないっすけど」

その時、後ろから声がしました。
その声は優しくて。
そして、何より、愛しかった。

「…ぁ、か、やっ…」

思わず身体が崩れます。
赤也は走ってこっちまで来ると、俺に膝枕をしてくれました。

「…ど、して」

「そんなの、ほっとけるワケないでしょ。
しかも、嘘なのなんとなく分かってましたし。
でも…俺も先輩といたかったから、ずっと甘えてました。
すんませんっ」

…俺はあまり状況が理解出来ませんでした。
どういうことかが、分からなさすぎて首を傾げます。

「ぇ…っ…。っだ、から!
俺も、丸井先輩が好きなんですよ!」

その言葉に、やっといろんなことを理解しました。
そして、同時に顔が熱くなりました。

「…マジで?」 

そう聞き返すと赤也はやや照れながら俺の頭を撫でます。

「もちろんっすよ。
こんな状況で嘘言える程俺もメンタル強くないっすから」

優しく笑う後輩が、まるで神様に見えて。
ステンドグラスに移る雨の影と共に。
俺達は、小さく口付けをしました。

雨なんて、嫌いだったのに。

赤也のせいだよ、ばか。
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