テニスの王子様

□雨の表情
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「丸井先輩!?大丈夫っすか!」

聞き覚えのある声がしました。
顔を少しだけ上げると、そこには後輩の切原赤也がいました。
赤也は人を押しのけて俺の元にやってくると、俺の手を引っ張りました。

「ぁ、かや?」

力無く彼の名前を呼ぶと赤也はこちらを振り向かず前に進みます。
赤也に身を任せていると、赤也は俺を優先席に座らせようとしました。
咄嗟に俺は力を入れ、手を振り払おうとしました。
しかし、手はふりほどけません。
仕方なく、口で反論します。

「駄目だって…!
ここ、優先席じゃん!」

「でも、先輩だって体調悪いんでしょ!?
ここ使ったって怒られませんよ!」

赤也はそう言うと半ば無理矢理優先席に座らせました。
俺は抵抗するのを諦めると、はぁと溜め息をつきました。
赤也は依然、手を離しません。
俺はとりあえず呼吸を落ち着けるために深呼吸を数回繰り返します。
すると赤也は目を伏せながら、質問してきました。

「…丸井先輩、いつもこうなんてすか?」

やっぱ、聞かれるか。
俺の中ではある程度予想していたので、別に不思議でもありませんでした。

「…体質、なんだよ。
気持ち悪くなんの。
雨の日だけ、すっげぇ貧血になんの。」 

どんな反応が返ってくるのか怖くて、俺は顔が上げられませんでした。
でも赤也から返ってきた反応は。

「大変っすね…
俺、いつもこの線で乗ってるんで良かったらまた頼ってください!
俺で良ければまた助けますんで」

へへっと得意気に笑う後輩を見て、こう思いました。

“かっこいい”と。












それからと言うもの、赤也は会えば体調を気遣ってくれました。
俺はいつもそれに甘えていました。
情けない、とか悔しい、とかそーゆー感情よりも赤也に頼れるという嬉しさが勝って、いつも赤也にくっ付いていました。
その瞬間だけ、雨が少し好きになれました。
そんな、ささやかな幸せは、
長くは続きませんでした。

俺の体質が、治ってしまったのです。

いつの間にか治っていて、それに気付いたのは赤也に介抱してもらうようになってから半年くらいのことでした。

もう赤也の介抱はいらない。
もう、赤也に甘えられない。
そう思うだけで、俺の胸の辺りがぎゅっと掴まれたみたいに痛くなって、じんじんと熱を帯びます。
きっと、これは恋なんだ。
俺はその時、初恋を知りました。
でも、その恋は叶わぬ恋です。
だって。
男と男。
先輩と後輩だからです。
俺は静かにこの感情を忘れ去ろうと思いました。

けれども。

やっぱり電車で会うと仮病を装ってしまう俺がいます。
こんなくだらない真似、早く止めたいのに。
心と身体が一致しません。
こんな俺、自分でも見たくありませんでした。
そんな、理解されない悩みを抱えたまま俺は部室へ向かいます。
中には数人部員がいるのか話し声が聞こえます。

「なぁ、赤也。お前ホモなの?」

ふと、耳をついた言葉がありました。
どうやら、中に赤也もいたみたいでした。

「は?ちげーよ、何言ってんだよ」

赤也が否定します。
さぁ、と血の気が引くのが分かりました。

「ふーん、じゃいつもいつも丸井先輩となにしてんだよ」

ぴくり、と耳が動きます。
これ以上聞きたくないのに、また身体が言うことを聞きません。

「丸井先輩?あぁ、丸井先輩は雨の日だけ、すっげぇ貧血体質になるんだって。」

「はぁ?そんなんあり得んのかよ。嘘くせえな…
あ、もしかして丸井先輩お前に気があんじゃね?」

「ねぇって。これ以上丸井先輩の悪口言うな。
だいたい、ほんとにいつも具合悪そうなんだって。
ほっとけねぇよ、俺も」

「はいはい、お優しいでちゅね赤也くんはー」

「うるせぇよばーか」

…俺のして来た事が全て否定された気がしました。
これも、嘘付いた罰なんでしょうか、その日は赤也の顔がちゃんと見れませんでした。
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