長い話
□story3
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o。◯。side柳o。◯。
ある日、そいつは現れた。
確か、夜の8時頃。
ふらりと店に入ってきては、俺にそっと耳打ちした。
『俺を雇ってくれんかのぅ。今困っとるんじゃ』
おそらく土佐の方の訛りを流暢に扱いながら揺れる銀髪はなかなか美しいものがあった。
「雇うのは構わないが…何か出来るのか?」
銀髪は前髪を掻き分け、俺の顔を直視すると自信有り気に口元を緩めた。
『まぁ、多少は。』
どこからくるのやら、その自信。
だか人手があるのは嬉しい。
ひっそりとしたバーなので客は決して多くないが、時々一人で店を回すのは無理があった。
俺はその男の申し出を受けた。
『俺はニオウ。
今日からよろしくナリ。マスター』
「…あぁ」
その時、ニオウと名乗った男の目に、確かに憂いを感じた。
その憂いの正体は、のちのち知ることになる______________。
「恋、したいのぅ」
そう零したのはニオウだった。
その時、俺は理解した。
あぁ、これが憂いの理由か。
俺はニオウの中にどこか人間らしさを勝手に見いだしていた。
「お前は顔がいいから、恋なんてすぐ出来るんじゃないか?まだ若いんだし」
そう返すと、ニオウは眉をひそめた。
「違うんじゃ。もっと、なんか…運命?的なのがええ」
案外、顔の割に子供みたいなことを言うんだなと感じた。
もう20代も後半に差し掛かった俺には今一つ理解に苦しむ。
「出来るといいな」
俺は、とりあえずその言葉をかけることにした。
「こんばんは、ニオウさんはいますか」
来たのは、うちの店の常連客の柳生だった。
前から割とうちをご贔屓してくれていたが、ニオウが入ってから余計にうちへ来るようになった。
全然構わないが。
「すっかりニオウの客だな。」
少しからかい混じりに柳生に声をかける。
ニオウといるときの柳生はとても楽しそうだ。まさか、恋でもしてるんではないかと疑ったこともあったが、柳生はどちらかと言うと友人感覚だった。まぁ年が同じだといろいろ合うんだろう。
「いえ、そんなつもりは」
あくまで冷静な柳生の声を聞くと、本当俺より年下とは思えない。
社交性等も、きっと仕事柄身についたのだろう。
柳生とはなんだか気が合いそうだ。
「あ、柳生さん!いらっしゃいませナリ」
そこで、ニオウの登場だ。
ニオウは柳生を見るなり目を輝かせていた。
…もしかして。
頭の中でニオウの放った言葉を反芻する。
『恋、したいんじゃ』
『違うんじゃ。もっと、なんか…運命?的なのがええ 』
「こんばんは、ニオウさん。
また、来ちゃいました」
「毎日来てくれると俺も嬉しいぜよ。
柳生さんと一緒にいるのは楽しいからのぅ」
もしかして。
「じゃあ、今日は…またカクテルで」
「分かったナリ。また腕によりをかけて作るぜよ」
るんるんと鼻歌を歌いながらカクテルを作る準備をするニオウに、俺は近付いた。
「なんじゃ」
隙だらけのにやけ面のニオウに、出会った頃のニオウと同じことをしてやる。
「“恋”はきっともう出来るぞ。
お前の近くでな」
ニオウは、理解し難い、というように首を傾げていた。
それを見て、俺は愉快な気持ちを押さえきれなかった。