戦国部屋

□女の節句(宗茂×ギン千代)
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ギン千代は先程華が作っていた小さな毬の飾りをぎゅっと握ったまま、着物を着せられていた。

女性用の着物など久し振りに着るので、彼女のふっくらとした唇はへの字に曲がっている。

細帯を締めてくれていた華が顔を上げて、まるで童のようなギン千代の表情を見て困ったように笑う。
そして最後に赤い打掛けをギン千代に着せた。
「そのようなお顔をされずともお似合いですから笑顔になって下さいませ!」
「……こんな可愛い打掛けが……私に似合うわけないだろう……」
華は打掛に馴れないギン千代の手から毬を奪い、代わりに打掛の褄を片手で持たせる。

「随分とお久しぶりにお召しになったので忘れていらっしゃるかもしれないですが、ここを持って歩けば少しだけ裾が上がり歩きやすいですからね」
華はまるで幼子に言い聞かせるようにしてギン千代を見つめる。
「……っ……わかっておる!」
プイッとあらぬ方向を向いたギン千代に苦笑しつつ、華は彼女の空いている方の手をそっと握った。

「ではギン千代さま。雛壇と“さげもん”を飾り付けている間へご案内致します」
「“さげもん”?」
首を傾げるギン千代を見て華はくすっと笑う。

「雛壇の周囲に吊るす飾りの事です。“さげるもの”だから“さげもん”です」
合点がいったのか、僅かに目を瞬かせギン千代は期待の眼差しを華に向けた。
「菱餅!」
ギン千代は唇を尖らせて駄々っ子のようにねだる。
華は思わず笑みを溢した。
「わかっておりますとも!菱餅と白酒もご用意しています!」
途端にギン千代が瞳を潤ませて嬉しそうな笑みを浮かべる。
「華!早く!」
ギン千代はいつもの鎧姿の時のように歩こうと大きく足を踏み出し、躓きそうになるのだった。





ギン千代は身体が強張りそうになりながらも華に案内されてある一室へたどり着く。
華が襖を開けると奥に大きな雛壇があり、その周囲に幾つもの美しい“さげもん”が吊り下げられていた。

遠目で見ても、色とりどりの“さげもん”は美しく愛らしい。

引き寄せられるように奥に入っていくと、“さげもん”には様々な形の飾りが取り付けられていた。

赤い紐と白い紐に吊るされた動物、虫、植物、そして毬を象った飾りはギン千代の心を激しく揺さぶった。

「あ……愛らしい……ではないか……」

うっとりと見惚れているギン千代の肩に大き
な手がそっと乗せられ引き寄せられる。

「ああ、愛らしいな(ギン千代が)……」
「きっ、貴様!……宗茂……いつの間に!」

華によって着せられた女物の着物は身動きが取りにくく、宗茂の手を払えない。
それでも並の女子よりは身体能力が高いので、何とか腕から逃れて数歩歩いた。
しかしため息をついた宗茂によって打掛けの裾を踏まれてしまい、前のめりに転んでしまう。
「宗茂!痛いではないか!」
「逃げようとするギン千代が悪い。そもそも俺にその気はなかったのに……そう言う気にするとはな……」
転んだギン千代の目の前には愛らしい“さげもん”がぶら下がっていた。
愛らしいそれを避けて仰向けになり、侍女の華はどこだと探してみるがいつの間にかその姿は消えていた。
彼女の代わりに宗茂の端正な顔が近づいてくる。
仰向けで倒れているギン千代の上に伸しかかってくるのだ。
「な、何用だ!……そ、それ以上……近づくな!」
顔を真っ赤にして狼狽えているギン千代を見て宗茂は笑みを浮かべる。
二人の顔の間では吊るされた赤い毬が揺れていた。
「何用も何も……節句だからギン千代の(性的な)健康と(性的な)幸せを願おうじ
ゃないか……」
ギン千代は言っている意味がまるでわからないと言うように、睨み付ける。
「貴様に願われたくないっ!それに早く退けっ!……私は菱餅が食べたいのだ!」
「後でひな飾りを見ながら共に食べよう……」
赤い毬を手で払いながら宗茂が近づいてくる。
ギン千代は不穏な空気を感じ取って、夫の顔を払い退けようと片手を振りかざした。
「私は今食べたいのだ!宗茂!あっちへいけっ!」
「俺も今、ギン千代を食べたい」
ギン千代の大きな丸い瞳がさらに丸くなる。
「はっ?貴様は食人鬼だったのか!?」
宗茂はやれやれといった様子で深いため息をつきながら片手でギン千代の手を掴み、残りの手を額に当てた。
「……そう……そうだな。ギン千代ならそう思うか……はっきり口に出さなければわからないな」
ギン千代に真っ直ぐ向き直った宗茂はとても真面目な表情で囁いた。
「ギン千代、今から子を為そうか?」
それはとても穏やかで優しい誘いだった。
大きな瞳が幾度も瞬きし、やがて顔全体から耳まで発火してしまうのではないかと思われるほど真っ赤に染まる。
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