戦国部屋

□女の節句(宗茂×ギン千代)
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梅の花の盛りは過ぎて、桃の花の盛りがもうじき訪れようとしている頃。


立花ギン千代は柳川城内の侍女たちや城下の女子衆が俄かに浮ついた風情でいるのを見咎めては叱責していた。



ようやく戦乱の世は終わったとは言え、これからは復興のために性別関係なく努力しなくてはならない。

けれどそう言うと現当主であり夫でもある宗茂はぬるい笑みを浮かべてギン千代にこう言う。
『ギン千代は真面目だな。俺よりも当主としての気概が備わっている』
その言葉は冷やかしのように聞こえて、彼女を堪らなく不快にさせた。

けれどもう『当主の座を返せ』とは言わない。

亡くなった父が認めた男であるし、何より戦ではほんの少〜しだけ@鰍閧ノなる男だからだ。
実際、戦場では助けられた事もある。


宗茂の事をぼんやりと考えながら、少し暖かい縁側を歩いているとギン千代のお気に入りの侍女がいた。

ギン千代は己にない可愛さ∞女らしさ∞家事全般が得意≠ニいう美点を持つその侍女を敬愛していて、常に自身の身の周りの事をさせていたの
だ。

「華!一体何をしているのだ!」

ギン千代は縁側近くの畳に座る華という侍女に声をかけた。
畳の上には何とも愛らしい色柄の端切れたちが広がっていた。


桃色、紅色、紫色。
色とりどりの端切れは、ギン千代が身につけたことのないような愛らしい模様ばかりだ。


おそらく華が着物を仕立てた時に出来た端切れなのだろう。
華ならばこの愛らしい柄がとてもよく似合う。

ギン千代は瞳をキラキラと輝かせて華の前の縁側に座った。
「まあギン千代様!そんな所に座らないでこちらへお座りくださいませ!」
華は可愛らしい顔を怒らせて、ギン千代を室の上座に導く。
「そこでは見えぬ!」
華は若干ふくれっつらになったギン千代に苦笑しつつ、せめて畳の上にお座りくださいと促した。
夫の言うことはあまり聞かないが、侍女の華の言葉には耳を貸すギン千代は大人しく畳の上に座った。
そしてギン千代は紅色の生地に、赤色白色桃色の大きな牡丹の描かれた端切れを手に取った。

ギン千代は頬を緩めてその端切れを眺めながら華に尋ねる。
「何をつくっているのだ?」
「もうじき桃のお節句でございますでしょう?ようやく平和な世を迎えたのだから雛人形を飾るだけではなく、もう少し派手に飾り立てましょうと侍女たちで話し合いましたの!そして城下の女子衆にもそれを広めて皆で祝おうということになりました!」
平和な世になったからと言って気を抜くな≠ニ叫びだしたかったが、ギン千代の大好きな愛らしい華がニコニコ笑うさまをみてしまえば、すっかり気がそがれる。
「ギン千代さまの雛人形ももう並べてありますし、ギン千代さまだけの特製の飾りも侍女たちで真っ先に作らせていただきました!少し早いですが、今宵宗茂さまとご覧になってはいかがですか?」
ギン千代は思わぬ名前が挙がったことにうろたえて、紅色の端切れを取り落とした。
「なっ、なぜあいつと!?」
華はウフフフと笑いながらギン千代の手に紅色の端切れを置いた。
「だって女雛はいらっしゃるのに、男雛がいらっしゃらないのはおかしいでしょう?」

ギン千代は華を姉のように慕ってはいるけれど、意味深な表情や意味深な言葉を口にする彼女がとても苦手だった。

なぜならそんな時の彼女には逆らえない何かがあって、一騎当千と謳われるギン千代でもその押しに負けて、彼女の為すがままになってしまうのだ。

しかし逆らえない一番の理由は、ギン千代が物心ついた頃から変わらぬ愛らしい華から躾られて育ったからかもしれない。
彼女の年齢が一体幾つなのかという疑問は立花家では公然の秘密となっていた。


「そうそう。今ギン千代さまが手にしていらっしゃる生地で打掛を仕立てましたので、そちらを着て宗茂さまと雛遊びをなさってはいかがですか?少し早いですがギン千代さまの大好きな菱餅もご用意させていただきますので」
「菱餅!」

ギン千代は菱餅≠ニ聞いて瞳をキラキラさせる。
菱餅≠フ可愛らしい色合い、そしてそのかたちが大好きだった。

ギン千代の脳裏からは小袖∞宗茂∞雛遊び≠ニいう不穏な言葉たちは一切消え去ってしまうのだった。
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