《冬》

□Merry Christmas2016(趙雲夢)
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クリスマス・イブの夜。






例に漏れず、恋人と二人だけの夜を過ごしているのだけど…。

何が不満かって言えば、ここはオフィスで恋人の顔を見る暇もないくらいパソコンの画面から目を離せない事と、朝からずっと仕事以外の会話が出来ない程忙しい事だ。

とんでもなくブラックな企業とブラックな恋人に捕まってしまったのだと、今更ながら理解してしまった。

窓の外に乱立するオフィスビルにも思ったより多くの明かりを確認して自分を慰める事しか出来ない。

この業種で三本の指に入る大手企業に入社して3年、秘書課に配属されてからずっと憧れ続けてきた趙雲課長から告白されて1ヶ月。

業務が忙しすぎてキスもハグも手を繋いだ事すらなく、少々個人的な会話をしたくらいで、付き合っているという実感が全くない。

彼からの告白は夢だったのではないかと思ってしまう程だ。

(ここ半年は忙しかったから…白昼夢でも見てしまったのかな…)

集中力が途切れた彼女はパソコンの隅の時間を見て、今日は終電決定だと確信した。

(電通みたいに、労基署の査察でも入ればいいのに…って私が過労死しなきゃ駄目か…
)

そんな呪いの言葉を心中で吐き捨てながら、ライバル会社の軽薄な秘書室長からの勧誘を思い出す。

“うちは曹操社長の趣味である人材収集のおかげで有能な人材が多いから、数人の優秀な人間だけに業務が偏ったりしないよ”

“ホワイト企業ランキングの上位に入るくらいだから、福利厚生は完璧だ。今時五ツ星ホテル並の保養所を保有してるのはうちだけだよ。貴女にオススメの場所があるんだ。私と素敵な夜を過ごしたくなるような所だよ”

あの軽薄な男特有のフェロモンが思い出されて、彼女は頭を激しく横に振った。


「どうした?何かトラブルでも起きたか?」

端正な顔立ちがすぐ近くにあって驚いた彼女は、椅子ごとひっくり返りそうになって慌てた。
しかし趙雲が支えてくれたおかげで事なきを得て、安堵のため息をついた。

「…あっ…ぶなかったぁ…は〜っ…課長、ありがとうございました!」

膝をついた趙雲の端正な顔が先程よりも近くにあり、心臓が止まりそうになった。

「…ふあっ…」

妙な声を出してしまい、彼女は顔を真っ赤にした。
対して趙雲はなぜか嬉しそうに笑っている。

「少しは私を意識
してくれたようで嬉しいよ。付き合ってからもお前はずっと変わらなかったから」

少し砕けた彼の口調から察するに、告白は白昼夢ではなかったようだ。
嬉しいような悔しいような複雑な気持ちだ。

(ずっと好きだったんですけど…それに付き合ってから、一度も二人で過ごす時間はなかったので普段と違う姿なんて見せられないかと思うのですが…)

男性にしては綺麗な長い指が彼女の顎を捉えて持ち上げる。

視線が重なれば、例えブラックな恋人でも構わないと思ってしまう程の魅力的な男(ヒト)。

これは目を閉じなければいけない雰囲気だと悟らせる彼のテクニックも中々のものだ。

手慣れているのかもしれないと思いながら、彼のソレに乗って瞳を閉じれば、やはり柔らかな唇が優しく、繰り返し触れる。

それは次第に深くなって、思考を奪うほどの威力を発揮した。

意識を奪われるほどのキスの後、ぼんやりと目を開けると、いつもの穏やかな表情が間近に在った。
しかし瞳はそれに反して発情期の獣のような激しさを浮かべている。

長い指が彼の唇の代わりに、彼女の唇を優しく触れる。
それはまるで唇を食まれ、吸われているよ
うな感覚に近くて、彼女を惑わす。

「私と結婚して下さい」

涼しげな声が静かな夜のオフィスに響く。
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