四月半ば。

桜もすっかり散った薄桜学園の裏庭には、授業中であるにも関わらず、ベンチで寝転ぶ男子生徒の姿があった。


授業をサボって、欠伸を漏らしているのは、二年生の土方トシゾウ。


学園長の近藤の遠縁にあたり、家庭の事情で、近藤の所に居候している身だ。


彼の生活態度は、あまり褒められたものではなかったが、成績は優秀であり、特に他人に迷惑をかけている訳でもないため、そのことを強く咎める者はいなかった。

だが、ただでさえ忙しい近藤に、余計な心配をかけることのないように…と、保健医の山南や、数学教師の永倉などは、普段から、何くれとなく土方を気にかけていた。




「…たく、かったりぃ。
こんな陽気に、おとなしく授業なんざ聞いてられるか」


気怠そうに体を起こした土方は、タバコを取り出して口にすると、脱ぎ捨てられた学ランのポケットをまさぐって、ライターを探す。


と、突然、くわえていたはずのタバコが消えた。

「!!?」


驚いて辺りを見回し、顔を上げると、上から覗きこむ、紅い髪の男が目に入った。


「なんだ、原田か。
驚かせんじゃねぇよ」

土方は、小さく息をつくと、何事もなかったかのように、新しいタバコを取り出そうとした…が、それは箱ごと、原田と呼ばれた男に没収された。



「いや、そこは素直に驚けよ。
未成年が校内で喫煙なんざ、他のやつに見つかったら、シャレになんねぇぞ」


これは俺が預かっとく、そう言ってタバコの箱をズボンのポケットに押し込みながら、原田は続ける。


「っつーか、おまえなあ…呼び捨てとはなんだ。
俺は、仮にも教師だぞ」



土方の隣に腰をおろした原田は、先に取り上げたタバコをくわえると、その先端を「ん」と土方に向けた。



「はぁ?」


顔をしかめる土方に、原田はタバコを指で挟むと目を細めた。


「火。点けてくれよ。
ライター持ってんだろ」

「教師がこんな所で喫煙かよ…ってか、それ、俺のじゃねぇか!?」

「まあまあ、細かいことは気にすんな」


再びタバコを口にした原田は、ライターを握ったままの土方の手をとると、自分の口元に近づけた。


「おいっ…なに勝手に…」


苛立たしげな土方の態度にも、原田は動じない。
催促するように、土方の顔をじっと見つめている。



「わかったよ、点けりゃいいんだろ?」



間接キス。
そして、重ねられた手の温もり。



それらの事実に、明らかに動揺している自分を、土方は認めざるを得なかった。

『俺は乙女か!?』と、心の中で突っ込みを入れてみたものの、胸の高鳴りがおさまる様子はない。


震えそうな手で、何とかライターの火を点すと、原田はようやく土方の手を解放した。



美味そうにタバコを燻らす原田の横顔に、土方の目は、自然と惹き付けられる。



「ん?どうした?」

「!!…な、なんでもねぇよ」



プイッと顔をそむけた土方に、原田はクスッと笑ってみせた。


「見とれてたか?」

「なっ…んなわけ…」


むきになって否定するのは、図星をさされたから。



波立つ土方の心中などお構いなしに、原田はゆったりと紫煙を吐く。




互いに無言のまま、並んで空を眺める。

ことさらゆっくり煙を吐き出すと、原田が思い出したように口を開いた。


「今度から、授業サボる時には、体育科教官室に来いよ。
表じゃ、誰に見られてるかわからねぇだろ」

「…いいのか?」


驚いたように顔を向けた土方を一瞥すると、原田は葉の茂り始めた桜に目をやった。


「あそこは、俺一人しか使ってねぇからな。
早弁しようが、ソファで寝てようが、文句言うやつはいねぇよ。
タバコはちょっと、いただけねぇがな。
まあ、俺がいる時なら、コーヒーくらいは出してやるさ」



午前の授業の終了を告げるチャイムが鳴る。



原田は、携帯灰皿を取り出してタバコをもみ消すと、立ち上がった。

土方の瞳に、名残惜しげな色が浮かぶ。



「5時限目の体育はサボるなよ」

「…わかってる」

「お、今度は殊勝な態度じゃねぇか。
絶対ぇ、来いよ」

――おまえをずっと見ていられる、貴重な時間なんだからな――


その言葉は飲み込んで、原田はヒラヒラと手を振ると、校舎の中へと消えていった。





翌日から、昼休みや放課後、体育科教官室でくつろぐ土方の姿が、頻繁に見られるようになった。

そして今日も、土方は、机に向かう原田の後ろで、ソファに寝転んでいる。


彼は、弄っていたスマホを、床に置いた鞄の上に放ると、天井を眺めながらつぶやいた。


「あんたは、言わねぇんだな」

「ん?何をだ?」


仕事が一区切りつき、伸びをしていた原田が、ソファの方を振り返る。



頭の後ろに手を回した姿勢のまま、土方はポツリポツリと答える。


「近藤さんに心配かけるなって…
みんな、二言目にゃあそればっかりだ。
けど…あんたは、言ったことねぇよな」

「いいんじゃねぇか?
男は、やんちゃなくれぇがいいと、俺は思うぜ」

「……」


想定外の答に、ゆっくり起き上がった土方は、ソファの脇に移動し淡い笑みを自分に向ける原田の顔を、まじまじと見つめる。


視線が交わり、一瞬頬を染めた土方の頭を、原田はクシャリと撫でた。


「大人に心配かけるってぇのは、子供の特権だ」

「子供じゃねえっ」


土方は、原田の手を払いのけた。


「俺はもう、ガキなんかじゃねえ。
子供扱いするな」



呆気にとられていた原田は、腕組みすると、うんうんとうなずいた。


「来月の頭で十七…まあ確かに、大人っていやあ大人だな」

「来月って…なんで、んなこと知ってやがる?」



土方の誕生日は、五月五日。

だが、そのことを原田に話した覚えはない。
担任でもない、保健体育を担当しているだけの原田が、そこまで細かい個人情報を目にする必要があった、とも思えない。



「はは、つい口を滑らしちまった」


悪びれる様子もなく、愉快そうに笑う原田は、土方の頬に指先で触れた。


「惚れた相手のことなら、なんでも知りたいって思うのが、人情だろ?」

「惚れ……?」


怪訝そうな顔でつぶやく土方の耳元に、原田は唇を寄せた。


「ああ、そうだ。
俺は、おまえに惚れてる」

「っ!!?」



耳朶を甘噛みされ、反射的に後退った土方だったが、ソファの背もたれにぶつかり倒れ込んだ。



部屋の入り口に歩み寄った原田は、ドアを背に立ち、土方の退路を絶つと、後ろ手に鍵をかけた。



ようやく体勢を立て直した土方は、錠前のガシャリという冷たい音に、呆然とドアを見つめる。

が、再び近付いてきた原田に、我に返ると、押し殺した声で言った。


「俺は、男だぞ…わかってんのか?」

「別に、構わねぇさ。
男だろうが女だろうが、俺は、自分の欲しいもんを手に入れる。それだけだ」

「…なんだよ、それ」



抑揚のない声で自分を見据える原田から、土方は思わず目をそらした。


「ふざけんなっ…
俺は…おまえにとって都合のいいオモチャになんぞ、ならねぇ……っ!!!」



原田に両肩を押さえ付けられた土方が、ソファに沈み込んだ。



「誰に都合がいいって?」


原田の刺すような眼差しが、土方を射抜く。


「俺は、本気だ。
こんなに真剣に、誰かを欲しいと思ったことは、今までなかった」



いつもの温厚でフランクな印象の原田とは、まるで別人だ。


――こいつが怖い――

土方の背筋を、冷たいものが流れた。


だが、両手で頬を包まれれば、嬉しさに心臓が跳ね、体の芯が熱くなる。


土方を見下ろす原田が、自嘲的な笑みを浮かべた。


「おまえも、俺のことを憎からず思ってくれてるんじゃねぇかって気がしてたんだが…俺の自惚れだったか?」

「あ…」


思わず目を上げた土方は、決心したように口を開いた。


「いや…自惚れなんかじゃ、ねぇ」


掠れそうな声で、原田への想いを紡ぐ。


「近頃…あんたのことばっかり考えちまってた…。
側で見ていてぇ、触れてぇ…って……んっ!!」



口付けで言葉を封じられた土方は、再び、上体を強くソファに押し付けられた。


「ん……ふ…は、原…」


貪るような口付けの息苦しさに、覆い被さる胸を押すが、体格のよい原田は、びくともしない。


やがて唇を離した原田が、土方の黒髪を撫でながら、瞳を合わせて微笑む。


「好きだ…トシゾウ」



戸惑うように目を伏せた土方の首筋を、原田の舌がなぞる。


「ん…原田…あぁっ…」


ワイシャツをはだけられ、あらわになった胸の頂を摘ままれると、まるで自分のものではないような、甘い声が漏れる。



「原田っ、やめ…」

「そいつぁできねぇ相談だな。
こんなになるまで煽ったんだ、責任とってもらうぜ」



妖艶な笑みを浮かべる原田は、土方の手をとると、ズボンの上から、硬く屹立した自身に、その手を当てた。


「トシゾウ、おまえは俺のもんだ」



やがて、学生ズボンのベルトが外され、原田の手が土方の下半身を這う。



――これは…夢なのか?――



執拗なほどの愛撫を受けながら、霞がかった思考の中で、視線を窓の外に投げれば、夜の帳が下り始めている。



――たとえ夢だったとしても、焦がれた相手に抱かれるんなら、悪かねぇ…――



原田に組み敷かれながら、土方はそっと目を閉じた。


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