アイスクリーム、ドーナツに、クレープ…

日替わりで美味しいおやつを頬張りながら、女の子どうしのお喋りに花が咲く。


お千ちゃんと小鈴ちゃんは島原女子高校の、私は薄桜学園の生徒。

男子ばかりの学校に通う私にとって、彼女らと過ごす放課後の時間は、かけがえのないオアシスなんだよね。



女子高生が口にする話題といえば、まず一般的には、異性との恋バナだろう。

しかし。

私たちが好んでとりあげ、盛り上がる内容というのは……



『BL』


いわゆるボーイズ・ラブ、だ。


幸い、私の周りにはイケメンの先生方やら先輩たちが複数存在する。

彼らをモデルに、脳内で様々な妄想を繰り広げては幸せな気分に浸っていた私が、それをマンガという形で表現し始めるまでに、そう時間はかからなかった。


想像して楽しむのは、土方先生が受けであれば、お相手は誰でも可。

だが、手作りのコピー本は今のところすべて、原田先生×土方先生で作成している。

読者である島原女子の皆さんに、そのカップリングが一番喜ばれるのだ。


描く自分も、読んでくれる読者さんも、みんなが幸せになれる――

そんな作品を生み出すことを目標に、近所のコンビニのコピー機を駆使し、今までに、12〜20ページほどのコピー誌を何冊か作った。

丹誠込めたそれらのほとんどは、お千ちゃんと小鈴ちゃん、それから、彼女らのお友達にお嫁入りしていったのだった。





そんなある日のこと。
担任の原田先生から、放課後、体育科教官室に来るように、と呼び出された。


提出物はきちんと出してるし、居眠りしてる教科もないし…まあ、大した用じゃないよね。

何の心当たりもなく、のほほんとドアをノックした私を、この後あんな悲劇が襲うなんて、誰が想像できただろう。



「お、来たか」


立ち上がった原田先生は、私の方に歩み寄ってきた。


「これ、おまえが描いたんだよな?」

「…………へ?」


いきなりの直球!!

原田先生の手にしている冊子を認識した途端、私は声にならない叫びを上げた。


「(ひいい〜!?)ちょっ…なっ……それっ…」


背筋を冷や汗が流れる。
しかしとにかくあれを取り戻さねば!と手を伸ばす私を、先生はヒョイとかわしながら、表紙を開いた。


ああ、穴があったら入りたい…ってのは、まさにこんな時のためにある言葉だろう。
もう、頭を抱えて顔を真っ赤にすることしか出来ない。


余裕の態度でページをめくっていた原田先生は、手を止めるとニヤリと笑った。

彼が開いてこちらに見せたページには、二人の男性が熱い抱擁を交わしつつ、互いの名を呼ぶ場面が描かれていた。



「トシゾウとサノスケ…土方さんと俺がモデルってことだよな?」

「………」


原田先生はもちろん、掲げられた自分の作品も直視できない。
カアーッと血の上った顔が熱い。


今にも昏倒しそうな私をよそに、彼は続ける。


「確かに、土方さんは美人さんに違ぇねえけどな」

「そ…そうですよねっ」


思わず身を乗り出した私に、「おいおい、そんなに目を輝かせんなよ」と言いつつ、原田先生は色気たっぷりに笑った。


「悪いな、俺はノーマルなんだ」

「痛っ」


突然降ってきたデコピンに、大げさな声をあげてしまったが、さほど痛くはない。

さすが原田先生、紳士でいらっしゃる。



「このくらいで勘弁してやる。
だからもう、実在の人物をモデルにすんのはやめとけ」

「……………(ヤメラレルワケナイジャナイデスカ)あの…このこと、土方先生は」

「ああ、知ってるぜ」

「ええぇっっ!!!?」



私の顔面は、蒼白なのに違いない…けど…
いや、まさかね…中を全部読んだ、なんてことは、ないよね、うん。


続いて原田先生の口から発せられた言葉は、あくまでも希望的観測を試みる私を、奈落に突き落とした。



「奥付けまで、ちゃあんと読んだぜ。
サノスケじゃなくて、俺としちゃあ残念だったが…」

「なっ!?!
う……いや、そ…そもそも、どうしてこれが、先生の所に?」


くらくらしそうな頭で必死に踏みとどまり、平静を装って尋ねる。


「いやぁ…山南さんの親戚が、島原女子に通ってるらしくてな」

「はぁ……」



もう、詳しくは聞くまい。

すっかり戦意喪失、魂が抜けたように憔悴しきった私は、気付けば、原田先生に頭をポンとたたかれていた。


「これで、俺の説教は終いだ。
あとは…頼んだぜ、土方さん」



ん?今、土方さんって聞こえたような…

ひっ、土方先生!!!?


なぜ、このタイミングで?
というか、原田&土方の、あまりにも絶妙なコンビネーション。
やっぱり、愛の力かしら?
さすがだわ〜…



なんて妙な感心をしていたら、開いたドアから土方先生が入って来るのと入れ替わりに、原田先生は軽くウィンクして、部屋を出ていった。

ちょっと、原田先生!
待って、行かないで〜…





静まり返った部屋で、土方先生と向かい合う。

気…気まずい……


目を合わせず俯いていると、先に口を開いたのは、土方先生だった。


「ったく…なんだってんだ、おまえは」

「な…なな、なんのことでしょう?」


あくまでもシラを切ろうとする私を見下ろしていた先生は、眉間にシワを刻みながら、微かなため息を漏らした。


「みいこ、おまえは、てめえの惚れた男が、同性とはいえ他のやつと深い関係になっても、構わねぇっていうのか?」

「!!」


ああ、やっぱり……。


今回、私は調子に乗りました。
なんと、奥付けに書いてしまったのだ。
『リアルトシゾウが好きすぎて、この本を作りました!』的な一文を……。


あれさえ無ければ、土方先生を想う自分の胸の内は、誤魔化し通せたかもしれないのに…
なんて考えを巡らせていると(人はそれを後悔と呼ぶ)、突然私の左耳を何かが掠めたと同時に、ドンッと衝撃音が聞こえた。



土方先生の腕。
私の背後には、体育科教官室の壁。

……これって…
いわゆる『壁ドン』ってやつですか!!?



「どうなんだ?黙ってちゃ、わかんねぇだろ……って、おまえ一体、なにやってんだ?」

「え、いやあの…腕の角度とか、顔の位置とか、普段から難しいなって思ってたんです。壁ドン。
だから、ちょっと参考にさせていただきたいなと…わっ!?」


なんとか壁ドン画像を撮影できないものかと、スマホを取り出した私だったが、反対側の壁にも伸びた土方先生の腕により、身動きできなくなってしまった。


うわあ、両手で壁ドン!

っていうか、この状況は、なにごと!?



パニックに陥る私を前に、土方先生は、苦笑いのような顔でつぶやく。


「ったく…みいこ、おまえは、大人しく俺のそばにいりゃいいんだよ」

「そんなの無理ですっ」

「あぁ?一体ぇ何が不満だってんだ!?」


思わず返した言葉に、土方先生の声色が鋭くなる。



違う…土方先生のそばにいられるのなら、不満なんかある訳ない。
けれど、大好きな先生が相手でも、これだけは譲れない。
ひるむな、私!



「だって…私には、使命があるんですっ!
お千ちゃんたちに“萌え”を供給するという、大切な使命が!!」

「…………」



しばしの沈黙の後で、土方先生は、大きなため息をついた。


「んなもん、実際てめえが経験しなけりゃ、描ける訳ねぇだろ」

「う……」


それは正論。
正論すぎる。


でも…だからって、どうしろと…



声にならない抗議の声を頭の中でぐるぐる反芻していると、タバコの匂いがやけに近くに感じられた。

ハッと現実に引き戻された私の目に映ったのは、至近距離まで近づいた、土方先生の顔。



「俺が、実地でレクチャーしてやる」

「えっ…えと…そんなお気遣いいただかなくても結構で……ひゃあ」



両肩をつかまれ、思わず身をよじって逃げ出そうとしたけれど、大人の男性の力に敵うわけがない。


完全に思考の止まった私に起こった出来事。

それは……土方先生からの口付けだった。



「俺にだって、選ぶ権利ってもんがある。
そういうことをするんなら、野郎相手より、惚れてる女の方がいいに決まってんだろ?」





お千ちゃん…次の本のタイトルは、『ゆめうつつ』にしようと思う。

夢と現の間で翻弄されながら、けれど、転んでも(?)ただでは起きない私をほめて…




そんなこんなで、相変わらず、私は原田×土方のBLマンガを描いている。

おかげさまで、新刊『夢現』も好評だ。


お千ちゃんいわく、『艶やかさが増して、官能的な描写に磨きがかかったわね!』


R15レベルの内容とはいえ、やっぱり、想像だけで描くのとは深みが違うのね…と納得しながら、私は熱くなった頬に両手をあてる。


土方先生とのお付き合いが始まったこと、そろそろお千ちゃんたちに報告しなくちゃね…


そう思いながら、増刷分の冊子を携えた私は、今日の女子会会場であるドーナツショップへの道を歩むのだった。

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