岩男2

□服毒
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 酷く息苦しさを感じて目を覚ますと、薄暗がりの中に黒い影があった。フォルテが私の上に馬乗りになっている。やがて、低い声が地を這うように私の耳へ届いた。

「……起きたか」

「ん、おかえり」

「遅い」

 とっとと起きろと口に指が突っ込まれる。そういう割には無理に起こすようなことはしてこなかったと、お腹に圧迫感を感じながら優しいのか優しくないのかわからなくなる。スーパーグリップグローブのその凹凸が直に伝わる。その指先は舌を追いかけて口内を滑り、そのせいで呑み込めない唾液が溜まっていく。

 指が引き抜かれて、私は咳き込む。口元を覆おうとした手を掴まれて、代わりにフォルテの唇が宛がわれる。作り物の唇から伸びてきた作り物の舌が私を捕まえた。フォルテの口内から直接流れてきた潤滑油が唾液と混ざり合って、口端を流れた。

「げほっ……はっ、はっ……」

 肩で呼吸をしながら垂れた液体を拭う私を、フォルテは意地の悪い笑みを浮かべて見ていた。

「起きるのちょっと遅かっただけなのに、趣味悪いよフォルテ」

「悪いのは趣味じゃなくて、起きないお前だ」

「ごめんね」

「謝るな、腹が立つ」

「……ん」

 フォルテの手に重ねた私の手は同じくらい白くて小さくて細くて、わかりきった現実を私に叩き付けてきた。それをへし折るかのように掴み上げて、フォルテは声高々に宣言をする。

「いいか!お前は俺が殺す。俺以外に殺されることは許さねえ!」

「……だから、ワクチン探しに行ってくれているんだよね」

 今日はどこの研究所が破壊されたのだろう。収穫は無かった。人体にのみ影響を及ぼすウイルス。ロボット――それも戦闘用ロボットがそこへ押し入るなど、他に類を見ない程に容易いことで。

 けれどももう薄々感づいている。彼らがワクチンなどハナから用意していないこと。それを作るための技術を持ち合わせていないこと。たとえ出来上がったとしても、私は間に合わないだろうということ。

 私にはもう力がない。胸部からの鈍痛が異常を訴える。視界も極端に狭まっていた。フォルテがいなければ、移動することすらも困難。起き上がれもしないのだ。

 当たり前だと吐き捨てると、フォルテは再び私の唇を貪るように食んで潤滑油を流し込んだ。私だって、得体の知れないものになんて殺されたくない。殺されるなら、その手にかかりたい。でも、根っこのところで優しいフォルテはそうしてくれなかった。毒を盛られることを選んだのは私だった。
 

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