岩男
□fake
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この両手に手錠がかけられるのを、他人事のように見ていた。
「署までご同行お願いします」
手錠よりも先に言っておくべきであろうその言葉に頷くと、腕を掴まれた。ずるずると引きずられるに違いないと自分でも歩き出す。部屋着のまま玄関から外へ。
辺りには、少しの雪が降り積もっていた。冷たくて硬いコンクリートにもそこの肩にも帽子にも、それから私の肩にも同じように。白くて冷たい、はらりと指先に触れたそれは。
「罪状はなに?」
私は尋ねる。返事はない。雪は静かに降り続いている。さくさくとそれを踏み締めて、人気のない街角を歩いた。時折道路を通る車のライトはやはり眩しく、この場には似つかわしくないように感じる。電燈はおろか月明かりもないこの夜という闇。光と呼んでいいのかさえわからないおぼろげな白いもの、雪だけが私に伝えた。地面の凹凸のありか、生身には堪える寒さ。警官も私に伝える。遅い返事だった。
「罪状は、器物損壊です」
「私が何を壊したっていうの」
「あちらを」
差された指の先を見る。路地裏の薄暗がりの中。そこでは、隣と同じ姿のものがいくつも折り重なるように倒れ込んで山を築き上げていた。どれも五体不満足でショートしているのだと雪が照らす。
「私、何もしてないよ」
「いいえ、しました」
「じゃあ、勝手に壊れたんだよ」
「いいえ、貴方が壊したのです。私だけが残りました」
そう言って、警官――フェイクマンはその路地裏へ入る。ミシリと掴まれた腕が音を立てたので、私も仕方なく早足で連れ込まれた。数歩入ったところで、くるりと突然振り返られる。
「貴方が壊したのです」
そこでようやく、その帽子の下が見えた。どろどろと欲に溶け込んだ緑色。この夜という闇の中ではそれだけが本物だった。
肩を掴まれて、煉瓦の壁に突き飛ばされた。グリグリと右腕の銃口をこめかみに押しつけられて、軽く後頭部を打つ。思わず顔をしかめたけれど、両手が塞がっている以上私にできることはもう喋ることくらいのものだった。
「!!」
その大きな左手がシャツにかけられ――そこでようやく気付いたらしい。一瞬の間の後に一気にボタンを引きちぎられ……そして、つるりとした半球体が顔を出した。鈍く光る剥き出しのコア。私の新しい心臓。
「残念でした」
酷く動揺の見えるフェイクマンに私は告げた。
「きみに壊されたくないから、人間なんて止めちゃった」
吐く息が白くないから気付いたのだろう。拘束されたままの手で銃を象り、フェイクマンへ向ける。そんな私の指先にはまだ、輝く雪の結晶があった。