岩男
□その手でも救える
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博士の命令で、おれはまたあの街を破壊しにきた。
破壊の任務なのに、ヒートは一緒じゃない。珍しい。今日はクイックとだ。おれはクイックが苦手だ。博士の命令を無視したり一人で勝手に行動していていつも一人でいるから、"おれの知るクイック"はデータでしかなかった。
大好きなビル壊し。それだけに専念していればいいってクイックに言われた。それで言われた通りにビルを壊していたら、クイックは大きなブーメランサーベルでポリスロボや色んなものを壊していた。どれもこれも急所を狙った攻撃だっておれにでもわかった。クイックはすごくて強い。データにある通りだ。おれもあれくらい正確に攻撃ができたら。一瞬ちらついたこないだの記憶に蓋をする。
そのとき、おれは耳にしてはならない音を聞いてしまった。
手を止めて、遠くでまだ逃げまどう人間たちへ目をやる。その中に動かない人影。小さい。座り込んでいる。
「…………!」
座り込んだあの子が泣いている。
足元に落としたボムが爆発した。
聴覚センサーを下げて、あの子を視界に入れないように破壊しようとしたビルをそのまま放置して隣のビルへと移った。まだ微かに聞こえる泣き声を聞きたくなくて、クラッシュボムを乱発した。カチカチと点滅していつもの破壊音。面白くない。
そこで、視界に入ってたはずのクイックがいないことに気付いた。また別行動をしているのかもしれないと思って辺りを見渡すと、後ろにいた。「あの子の近く」で暴れている。
「――――!」
気付けばおれは飛び出していた。
クイックに向けて撃ちだしたクラッシュボムは、どれも当たらずに建物を破壊した。おれが気にしているのをわかっているのか、あの子に向かって飛ばされるブーメラン。間に入って、全部両手のドリルで弾き飛ばす。
絶えない破壊音。変わらない泣き声。おれが泣かせてるのか、それともクイックが泣かせてるのか。いや、どっちもだ。クイックが煽るようなことをするから、こんなにもわかりやすく泣かせる羽目になった。
――よくも狙いやがって!!!
ぶちんと何かが切れて、気付いたら建物なんてものはなくなっていた。おれが破壊し尽くした後で、クイックはいつの間にか呼び出していたメカドラゴンに乗って一人で帰っていくところだった。残骸と廃墟と死体がごろごろする中、おれは変わらないものを一つ見つけた。
ゆっくりと後ろを振り返ると、そこにはさっきまでと変わらずに座り込むあの子がいた。よく見ると、小さいがれきに足を挟めている。ぜんぜん気付かなかった……。
「…………」
おれは真正面に膝をついて、それから
自分のしようとしていることに緊張した。持ち上げた自分の腕が重い。おそるおそる片腕をその上に降ろした。そして、ぴしりと割れる音。
「…………!」
「あ……あの……」
だいじょうぶ?と言いかけたけれど、こんな目に遭わせたのはおれじゃないかと口をつぐんだ。
「おれ……その……」
「…………」
「…………!」
基地へ帰る途中も帰ってからも、おれはあの子に向けられた目を忘れられずにいた。
おれを怖がっていたのは間違いない。けれども、それがチャラになるほど温かいものをおれは受け取っていた。それを表す言葉をおれは知らないけれど、なんだかしあわせな気持ちになれた。
だって。あの子の住んでいた場所は壊したけど、あの子は壊さずに壊させずに守れた。
次はもっとちゃんと笑った顔が見たい。今度、何もない日にこっそり行ってみよう。でもおれの場合は誰かについてきてもらわないといけない。そういうきまりだから。
E缶を取りに倉庫に向かっていると、ずっとさっきにおれを置いていったクイックが向こうから歩いてきた。ちらりと見上げてみたけれど、あいつはおれのことなんて眼中にないのか真っ直ぐ前を向いている。さっきのことだってもう覚えていないかもしれなかった。
やっぱり苦手だと下を向いたら、すれ違いざまに鼻で笑われた。けれども馬鹿にされたような気は全然しなくて、おれはそのまま倉庫へと向かった。