シリーズ

□それだけで良かった
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「ところで姉ちゃん、結局言彦に負けてたけど……一体何を賭けたんだ?指?」

「指だと?……ふうん、君は指で言彦が満足するとでも思っているのか?だとしたらそれはとんだ誤算だな、ダイゴさん大誤算……いや、今のは無かったことにしてくれッ。つい……言いたくなっただけなんだ。ほら、分かるだろう?一介のニコ厨ならッ!」

「ニコ厨じゃなくてもポケモンが好きなら言うだろ」

「だがな幻実くん、そうなるとどれだけ好きかっていう──」

 今の幻実は、まるで昔の名前みたいだとつくづく思う。

 二人の会話を傍観しながら、僕は耽った。

 言彦に会う前の名前は、傀儡をお兄ちゃんと呼んでいた。今の名前からは信じられないことだけど、本当だ。

 それが今じゃ一番むかつくやつ扱い。それでも笑顔で接し続ける傀儡は凄いと思う。

「──そうだ、錯悟くん。私は君より年上だ。だから、私のことはお姉ちゃんと呼びたまえ!」

 ……うん、僕個人としては助かったけど。

 でも、失われたものはあまりに大きかった。前を知っているから、その大きさがよく分かる。途方もないくらい膨大だって。

 しかも、無自覚にその原因に懐いているものだから、余計に質が悪い。でも言彦は二度と名前を壊さないはずだから、これで良かったのかもしれない。

 僕のこの考えは、名前の感情の一部の喪失をも含めての「良かった」。冷たいだの何だの言われようと、僕はこの考えを改めないだろう。

 でも本当に──幻実が知らなくて良かった。

 前を知らない幻実達は、少なくとも傀儡ほどの絶望を背負ってはいないだろうから。
 
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