花は咲き種は唄う

□第3章 誰が為に
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暁の空をバックに、オーブのマスドライバーは天へと高く伸びていた。

システムオールグリーン。
出発準備を完了させたクサナギの管制乗組員は、新しい指揮官を見上げる。
氏族ではない指揮官が司令の席に座る、それは西暦を終わらせた第3次世界大戦以降初めてのことだった。

司令官の席から一段下がったところにいる髭の大将が即す。
「准将、号令を」

窓から真っ直ぐ入る朝日の光を受けてアスランは凛とした声を響かせた。
「クサナギ、発進する」

モーター音が大きくなり、クサナギはマスドライバーを登る。
オーブの新しい時代を予感させる船出は、戦闘になるのではないかという懸念をはらみつつ滞りなく進んでいった。





一方、もう一隻、発進準備をしている艦があった。

艦長席にいるマリュー・ラミアス大佐は考え顔で下を向いている。

「艦長がうつむいてちゃ駄目だろ」
マリューが顔を上げると、ムゥが笑い顔が目に飛び込んできた。
「・・・ねぇ、本当にこれで良かったのかしら」

「まだ言ってる。アスラン司令官殿のお願いだぜ?若い司令を俺たちが支えてやらなきゃ」

「俺たち、ね」
マリューは周りを見渡した。
かつてのアークエンジェル乗組員たちが生き生きと、せわしなく発進準備に明け暮れている。

「そうよ。私たちはアスランが無茶しないように見ててあげなくちゃ。カガリの代わりにね」
いつの間にか傍に来ていたミリアリアが、快活に言った。
「ジャーナリストとして真実を報道するため、乗艦をお許しいただき感謝いたします艦長殿」

ムゥが管制席をチラッと見る。
「とか言って、本当はあそこに座りたいんじゃないの?ミリアリア」

マニュアルを開きつつ次々設定を進めていく管制席のシンを見て、ミリィは笑った。
「艦に乗らないかって連絡を貰った時は、召集されたのかと思ってビックリしたけれど・・・もう何年も管制から遠ざかっている私じゃお役に立てませんよ」

マリューの顔が曇る。
「何年も・・・戦いに出ていないアークエンジェルで何処まで対処できるのかしら。もう博物館行きでもおかしくない艦よ。現役は引退したと思っていたのに」

ミリィは不思議そうに質問した。
「月へは話し合いに行くだけですよね?私からしてみればどうして2隻も戦艦が必要なのかしらって感じましたけれど」
ミリィはシンから視線を移し、隣に座るルナマリアを見て少し目を細める。
ディアッカと特に進展はないが、彼と連絡を取り合う年下の女の子の存在は面白くない。

ムゥがポツリと言った。
「博物館クラスの1隻だけであろうと、アスランが今欲しいのは心から信頼できる仲間だ」

その言葉を受けてマリューは決心したように頷く。

「それ、どういう意味・・・」
言いかけたミリアリアの言葉は遮られた。

「準備、完了しました」
ノイマンの声に、マリューはハッとして顔を上げた。

艦長の傍の席に着くムゥと視線を合わせてから、懐かしい声を響かせる。
「アークエンジェル、発進します」





夜明けの空遠く、きらりと光る点は、どんどん上昇して行った。
無人島の海岸線で呆然と天を仰ぐカガリは、言いようのない不安に駆られる。

あくびまじりでウィリアムはひとつ背伸びをし、寝床からのそのそとはい出してきた。
「おはようございます。早いですねカガリさん、」
カガリの視線の先に光を見つけ、彼は一気に目が覚めた。
「あれは戦艦?宇宙へ出るところですよね」

「オーブのマスドライバーから打ち上げられた宇宙戦艦だ」
顔面蒼白のカガリだが、目だけは燃えるように怒りを浮かべていた。
「おそらくクサナギ。司令官は誰がやっているんだ」

「それはアスランさんでしょう?事実上オーブ軍ナンバー2なんですから」
当たり前だというようにウィリアムは言った。

「オーブ軍はそんなに寛容じゃない!!」
はき捨てるように言ったカガリの言葉に驚いて、彼はおずおずと質問する。
「じゃぁ、クーデターを起こした張本人のキサカ大佐が?」

「そういうことじゃない!オーブ軍は、オーブは、」
カガリはグッと拳を握り締めた。
「・・・氏族以外がトップに立つ事は、ない」

ウィリアムは表情を曇らせる。
「代表不在の非常時でも?」

非常時を引き起こしている自分をふがいなく思いながらカガリは答えた。
「そうだ」

はぁっとひとつため息をついて、彼は遠慮のない物言いで真実をつく。
「西暦以前の考え方だ。先進の中立国家が聞いてあきれる」

カガリは恥ずかしさにうつむいて答えた。
「全くだ。返す言葉もない」

(普段の代表なら言い返してくるのに)
ウィリアムは覇気のないカガリにはっぱをかけるつもりでわざと怒らせるような言葉をかけた。
「貴方は国家の代表でしょう。悪習を変えようとは思わなかったんですか?」

「思ったけど」
カガリはストンと砂浜に座る。
ウィリアムに顔を見られたくなくて背を向けたままごにょごにょと話し出した。
「なかなかできなくて、少しずつ進めようとしていた。氏族の代替わりを待ち協力者を少しずつ増やせたらと」

「のんびりやってたら抵抗勢力にトップを奪われてあっという間に元通りになっちゃうかもしれません。僕なら今という好機を逃さずいっきに攻めますけどね」

その言葉を聞いてカガリはガバッと後ろへ体の向きを変えた。
「今、いっきに攻める?」

「えぇ。今ならカガリさんとラクス・クライン議長が仲良しですし、アスランさんやヤマト准将という人材もいます」
少し元気になったカガリに安心しながらウィリアムは話し続ける。
「今を逃したら古い考えの世代に逆戻りしてしまうかもしれないから、オーブと協力するのなら今推し進めるべきだとプラントの議会で話に上がった事があると、父が話していました」

カガリは考え顔でつぶやいた。
「プラントの議会が、そんなことを?」

ウィリアムはニッコリ微笑む。
「期待されているんですよ。カガリさんも、ラクス様も」

若い年下の男の子に政治の手腕をほめられ気恥ずかしくなってきたカガリ。
(いやいや、考えろ、私)
ぶるぶると顔を左右に振る。
(さっきウィリアムの言葉に引っかかった事)

百面相をしている代表をじっと見つめていたウィリアムはふと空を見上げた。
(あれ?あの鳥、たしか昨日もいた)
カガリの頭上高くクルリと回っている一羽の鳥がいる。

カガリは考えを整理する。
(キサカの耳にプラント議会の話が入ったら、アイツも今だと思うんじゃないか?頭の固い氏族を引きずりおろすのは今だと)

カガリの視線の先に、ふたつ目の戦艦の光が見える。
(2隻目?何をする気だキサカ。まさかお前・・・)

ウィリアムが突然叫んだ。
「カガリさん、あの鳥って!」

彼が指差す方向を見たカガリは驚いて大きな声を出す。
「トリィ!お前私について来ていたのか!?」
アスラン作トリィ2号機は名前を呼ばれ、ご主人の下へ真っ直ぐと降りてきた。
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