花は咲き種は唄う

□第2章 国崩し
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面会謝絶の集中治療室、たくさんのチューブにつながれているカガリの体はピクリとも動かなかった。
ガラスの向こう側にある包帯に包まれた身体を見つめるアスランは、彼女にふれることさえかなわない今の状況に呆然と立ち尽くしている。

「・・・スラン、アスラン」
キサカは先ほどから何度も話かけているが、アスランは放心したように病室の中で横たえたカガリを見つめるばかりで返事をしない。

アスランの瞳に憎悪が浮かぶ。
(どうして、何があった?君をこんな目にあわせたのは誰だ・・・!!!)
崩れ落ちるように床にひざをついた。

アスランの横に立つキサカがつらそうに目を細める。
打ちひしがれるアスランを気遣う様にそっと小さな声で話した。
「すまん。お前の留守中、カガリを守れなかった」

アスランの眉がピクリと動く。
「謝らないでください・・・オレなんて彼女が危ない時に、傍にいる事さえできなかったんです」

それを聞いたキサカは身をかがめ、アスランの顔を覗き込んだ。
「それは、俺がお前に仕事を頼んだからだ。自分を責めないでくれ」

アスランはキサカの視線に目を合わせず、首を振る。
「カガリを護れなかった。ずっと傍で守ると決めていたのに」

いつもの凛とした空気をまとう准将はそこには居なかった。
後悔に打ちひしがれた青年が、床に座り込み失意のどん底でおぼれそうになっている。

普段の姿からは想像もできない今のアスランの様子を目の当たりにして、キサカはつらそうに目をそらした。
しばらくしてグッと拳を握り締めてから、キサカは声を絞り出す。
「代表襲撃犯を捕まえたい。追跡班を組む」

アスランが顔を上げた。

アスランの目に力が戻ったことを確認して、キサカは話し続ける。
「これから氏族が集まって今後の国の体制について話し合う予定だ。俺とお前にも召集がかかっている。すぐに行けるか?」

アスランは立ち上がった。
「行きます」
色白の顔から更に血の気がうせて、アスランは真っ青になっている。

青ざめた鬼気迫る彼の表情を見て、キサカは不安そうに病室を後にした。



ふたりは急いで車をとばし、官邸へ駆けつける。
氏族の面々は既に会議室に集まっており、遅れて入ってきたキサカとアスランは注目の的となった。

「これはこれは。二人揃って重役出勤だ。われわれを待たせることに何の躊躇もないらしい」
駆けつけた二人に投げつけられた氏族の言葉は辛らつだった。
アスランとキサカ以外、会議室には氏族しかいない。
国のこれからを話し合う場に氏族以外の人間がいる事を面白く思っていないという雰囲気が会議室中に満ちていた。

アスランが深々と頭を下げる。
「遅れて申し訳ありませんでした。プラントから急ぎ駆けつけました」

「里帰りかね。家が恋しくなったのか?」
氏族の何人かがバカにするように小さく笑いをこぼす。

カガリの叔父であるホムラが異論を唱えようと腰を浮かせたが、それより早くアスランが切り返した。
「私の生まれ故郷も家も、大戦で消失しました」
アスランの良く通る声で、会議室のざわめきが止まる。
「私が帰るところは、もうオーブだけです」

「よく言った!」
髭の大将が大声を張り上げた。
奥方の忘れ形見のオルゴールを修理してからというもの、髭の大将のアスランに対する嫌悪感はほとんどなくなったように見える。
「皆聞いたな?ザラ准将はもう完全にオーブの人間だ!わしは彼に任せたいと思う」

(任せる?)
会議の流れが見えないアスランは、心の中で髭の大将の言葉を繰り返した。

キサカが質問した。
「アスハ代表襲撃犯の追跡部隊を、アスランに任せていただけるのですか?」

「そんなことなら、皆すぐに承諾している」
先ほどからやたらと文句を言う、色眼鏡をかけた若い氏族が割って入った。
「髭の大将はいまだかつて無い人事を発案した。狂気の沙汰だ」

髭の大将は若い氏族をにらみつける。
「ザラ准将はオーブを守る。それがカガリ様の意思だからだ。彼はカガリ様の理想を共に追う未来のよき伴侶となる男。問題なかろう」

若い氏族も黙ってはいない。
「おおありだ!軍の最高指令は代々氏族の人間と決まっている」

アスランは耳を疑った。
「最高指令・・・!?」

髭の大将は席を立ち、アスランの傍に立つ。
「婚約が調えばザラ准将はアスハ家に入る。そうだな准将?」

「はい・・いえ、あの」
アスランは何と答えてよいものか迷った。
「プラントから帰還した後、婚約の許しを氏族の方々に願い出る予定でした。しかし、代表は今・・・」

若い氏族が苦言する。
「代表は動ける状態ではない。とてもじゃないがザラ准将をアスハ家に迎え入れる手筈を整えるのは無理だろう」

ホムラが発言した。
「私が手配する。代表が目覚めた時にサインひとつでアスラン君をアスハ家に迎え入れる様に準備しよう」

「アスハの家長はカガリ様だ。ホムラ様ではありません。準備が整わないうちにザラ准将が軍の最高責任者となれば、氏族ではない一般人が軍を動かすことになる」
不満をありありと顔に浮かべ、若い氏族は立ち上がった。
「最高指令は今までどおり氏族の人間がやる。その上で最高指令代理の軍人を立てればいい。ザラ准将には時期尚早だ」

ホムラは落ち着いた声で、若い氏族の真意を探るように聞き返した。
「キミが最高指令に就くとでも言いたそうだな。アスラン君が駄目だというのなら誰を最高指令代理に立てたいのだ?」

色眼鏡の位置を少し直しながら若い氏族が提案する。
「私は、長くオーブに貢献してきたキサカ大佐を推薦する。そのために彼をここに呼んだんだ。余計な若造まで一緒に来てしまったが・・・」

「ザラ准将を呼んだのはわしだ!准将を若造呼ばわりしておるが、お前と歳はそう変わらんぞ」
髭の大将がからかった。
「ザラ准将はお前の言うことをききにくそうだから、他の人間を代理に立てたいという訳か?」

髭の大将と若い氏族はお互い譲らず、会議は平行線となる。

(このままでは長引きそうだ)
ホムラはため息をついて、アスランに話しかけた。
「アスラン君が氏族となるための証明書を、カガリが準備しておいてくれれば良かったのだが・・・」

アスランは少し考えてからホムラに質問した。
「それは、私がアスハ家の祠を抜けた証明書でも代わりになりますか?」
最初の大戦の直後アスランがアスハ家の祠の試練を抜けた証明書を、カガリは作成しているはずだ。

ホムラは目を見開き、大きな声を上げた。
「あるのか!?カガリが作成した証明書が」

ホムラと髭の大将は色めきたったが、若い氏族はあわてて反論する。
「アスハの証明書がひとつあったところで、他の氏族全員の承諾が無ければ無効だ!私は認めない」

髭の大将が大声を上げる。
「ならば今からザラ准将に我が氏族の祠を攻略してもらうか!?ふたつの氏族の試練を抜けたものは、氏族全員の承諾を必要とはしない。カガリ様の襲撃犯を追うのに一刻を争うというのに、さっきから貴様グダグダと文句ばかり言いおって!」

(もうひとつの証明書・・・)
アスランは瞳を閉じる。
髭の大将の言葉で光明が見えた気がした。
その手を使うのはアスランにとって抵抗はあったが、今はカガリの襲撃犯を追う方が先決だと考える。
「もうひとつ、他の氏族の証明書を持っています」

アスランの言葉に会議室全員の目が一点を見る。
全ての視線を受け止めてアスランが訴える。
「カガリが作成し、ユウナ・ロマ・セイランが署名した証明書があります」

会議室にいる人間全員が信じられないという表情を浮かべて息を呑んだ。

ホムラがいち早く動く。
「保管場所はアスハ家の重要書類の金庫か?」
アスランが頷くと、ホムラは走って会議室から出て行った。

髭の大将は勝ち誇ったように若い氏族を怒鳴りつける。
「書類が揃ったら、好きなだけ筆跡鑑定でもなんでもするがいい!もう文句は言わせんぞ!!」

にわかに会議室はあわただしくなる。
髭の大将が中心となって指示を出し、各方面への根回しに氏族たちが動き出した。

「ザラ准将!」
髭の大将に呼びつけられて、アスランは背筋を伸ばす。

「キミのオーブに対する忠誠心をワシは信じる。襲撃犯の最重要容疑者が誰であろうと、全力で捕まえるんだ」

アスランは力強く頷いたが、近しいものならいつもの彼に比べて迫力に欠ける感じを覚えたに違いない。
彼は仕事に集中してはいたが、本当ならカガリの傍にいたい気持ちで一杯なのだ。

だが髭の大将の発した言葉が、アスランを更に追い詰めていく。
「最重要容疑者はザフト赤服、ウィリアムとかいう少年兵だ!」
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