花は咲き種は唄う

□第1章 沈黙のクーデター
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初夏のオーブは天候が不安定になる。
その日の夜は身に突き刺さるような大雨が降っていた。

アスハ邸の前に男が立っている。
傘もささず、雨に濡れることなど気にしていないその男は、黒く沈んだ瞳を2階の窓明かりへと向けている。





アスハ邸の2階。
自分の部屋でくつろぐカガリは、微笑を浮かべ携帯端末でアスランへのメールを打っていた。

部屋にドアをノックする音が響き、少年の声がする。
「アスハ代表、着替えてきました」

声を聞き、嬉しそうにカガリは扉を開ける。
「わぁ・・・!どうぞ、入って」
少年を部屋の中に招き入れた。

ウィリアム少年が遠慮がちに部屋へ入る。
夜遅く女性一人しかいない部屋へ、男である自分が入ることをためらっている様だ。

今日からアスハ邸に滞在することになったウィリアムは、家長であるカガリのリクエストで軍服に着替え、まだ真新しさの残る制服姿を見せに来たのだ。

私服のウィリアムしか見た事の無かったカガリは、彼の金の髪と赤い軍服のコントラストに感嘆の声を上げ、ウィリアムの足元から髪の先までジッと見入っている。
「うん、凄く似合ってる」

「・・・ありがとうございます」
カガリに遠慮なく隅々まで見つめられて、彼は恥ずかしそうに頬を染めた。





戸外では思いつめた様子の男が、長年我が家のように通いつめた温かな明かりのともる邸宅を前に、今、ひとつの決意を持ち、セキュリティカードを通して正門をくぐる。

玄関を開けて出迎えたマーナは、雨でずぶぬれになった訪問者を見て驚いた。
「まぁ、こんな時間にどうしたのですか?」

「アスハ代表に至急の用件で」

普段彼は気さくに「カガリ」と呼ぶのに、「アスハ代表」とわざわざ格式ばって呼んだことに違和感を覚えながら、マーナは男を招き入れるために扉を大きく開けた。




2階の部屋で、カガリはウィリアムに携帯端末を向ける。
「写真、撮ってもいいか?」

ウィリアムは怪訝な顔つきで異論を唱えた。
「何のために?」

「金の髪に赤服って凄く映える。ウィリアム君の晴れ姿をアスランにも見せてやろうと思ってさ」

(こんなくだらない事でメール?ホントお二人は仲良いんだな)
ウィリアムは少しあきれている。
「僕の写真をザラ准将に送るつもりですか?」

「うん。アスランの奴、ウィリアム君が赤服だって知らないだろうからビックリするぞ」
カガリはイタズラ顔でニヤッと笑った。

(代表って案外、子供っぽい)
アスハ代表はザラ准将をからかう写真をご所望のようだ。
「じゃぁ、こんなイタズラはいかがです?」
ウィリアムは上着を脱ぎ始めた。




1階の戸口でマーナが目を見開く。
扉が開くと同時、ずぶぬれの男の背後から黒の戦闘服で身を固めた武器を持つ軍人が複数、アスハ邸の中に乗り込んできた。

黒の覆面をした戦闘員が口を封じようとマーナに向けてスタンガンを突き出す。
スタンガンが当たるまでのほんの一瞬、長年アスハ家に使えるマーナがとった対応は、近くにあった大きな花瓶に向かって自身の体をひねるという忠義に満ちた行動だった。




アスランへのイタズラ作戦実行中のウィリアムが携帯端末でカガリを激写した瞬間。

ガシャーン

階下で大きな物音がする。
驚いたウィリアムの手元は狂い、写真は書きかけのメールと共にアスランへと送られた。

「何だ?今の音・・・」
カガリは物音に耳を澄まし、階下の様子を伺う。
あんなに大きな音がしたのに、家のものが誰も当主の自分に報告をしにこない。
(おかしい)

異常を感じたのはウィリアムも同じだった。
彼はカガリを自分の背後にガードし、戸口を見据える。

ウィリアムの対応にハッとしたカガリは、彼が先ほど脱いだ赤服を彼にまとわせた。

ウィリアムは腕を上着の袖に通し、カガリに携帯端末を渡した後、胸元から銃を取り出す。




1階では、物音を聞きつけたアスハ邸の使用人達が玄関へ駆けつけようとしていた。

「代表を狙う族が侵入した!武装の無いものは部屋から出るな!!」

聞きなれた声の主の忠告に、使用人たちは足を止め、SPたちの邪魔にならぬよう部屋の中でそっと息を殺した。

館内の異常を察知した護衛が応戦に出てきたが、黒い戦闘服の族が消音装置付きの銃で次々とSPを沈めていく。
なぜかいつもより人数が少なく配置されていた護衛は、あっという間に侵入者に制圧されていった。



やがて屋敷内の電気が全て消えた。

ほぼ反射的にカガリはアスランに連絡を取ろうと携帯端末を操作した。
ワンコールだけつながったが、すぐに携帯端末が使えなくなる。
(・・・通信妨害!!)
ベッドに駆け寄りサイドテーブルから護身用の銀色の短銃をとりだしたとき、部屋の前に人の気配を感じ、カガリは銃口を部屋の扉に向けて構えた。

ウィリアムもカガリをかばうように立ち、扉へ銃を向ける。

カガリの部屋の扉がゆっくりと開いた。
見慣れた男が一人、部屋の戸口に立っているのが窓から入るかすかな光で見える。

男の姿を見て安心し、銃をおろそうとしたカガリだったが、幼い頃その男に言われたことを思い出し銃口を向けたまま話し出した。
「疑わしきは警戒を怠るな、だったか?昔オマエに言われたっけ」

男は一歩、部屋の中に足を踏み入れる。
「・・・そうだ。よく覚えていたな、カガリ」
男の低い声は、かすかに緊張しているようだ。
「そのまま、少し俺の話を聞いてくれ」

カガリは男に銃を向けたまま、小首をかしげた。
「お前がくれた誕生日プレゼントの銃を向けたままでか?おかしなことを言う。何の冗談だ」

彼女はこの時、まだ事の重大さに気づいていなかった。
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